第100話 格付けと決別と

■メルザ視点


「すいませんが、貴女の相手は私ですよ」


 “ミューズ”とシードさんの間に立ち塞がり、彼女を煽る。


「なっ!? メルザ殿! 今直ぐ退くのだ!」


 シードさんが慌てて私を止めるけど、私はそれを聞くつもりはない。


「ふふ、大丈夫ですよシードさん。シードさんに直していただいた私が、この程度の相手に後れを取るようなことはありません。かすり傷一つ負うことはないですよ」


 私は出来る限り余裕の表情で、シードさんを説得する。

 そうじゃないと、貴方が心配してしまうから。

 だから、私は絶対に彼女に無傷で完勝して、且つ、出来る限り彼女を傷付けないようにしないといけない。

 だって、シードさんはそう望んでいるはずだから。


「……廃棄処分の不良品の癖に、随分と思いあがっていますね。私の“ミューズ”に、貴様程度の者が相手になる筈がないだろう! やれ!」


 その言葉を合図に、彼女は再度此方へと突っ込んでくる。馬鹿の一つ覚えもいいところだ。

 私はメイスを振り被り、タイミングを合わせて横薙ぎに払う。

 彼女は、上へと飛んで躱し、その勢いのまま私へと刃を振り下ろす。


 けど。


「甘いですね」


 私は返す刀でメイスをかち上げる。

 空中に逃げてしまった彼女は、私のメイスを躱すことが出来ないことを悟り、咄嗟に防御型の腕を交差させ、メイスの直撃を受ける。

 彼女は吹き飛ばされ、天井に減り込んだ。


 ギギ、と軋む音を立てながら、他の四本の腕を使って天井から身体を抜き、床へと降りた。

 彼女の防御型の腕は無残に潰れ、只ぶら下がるだけの状態となっている。

 すると、彼女は近接戦闘型の腕に付いた刃で、潰れた両腕を切り離した。


 そして、接近戦では分が悪いと感じたのか、今度は砲撃型の両腕を展開し、その先端を此方へと向けた。


 ……私の[竜の咆哮ドラゴンブレス]で掻き消されたのを忘れてしまったんだろうか。


 そう思いながら彼女を見ていたが、どうやら先程とは違うようだ。

 何故なら、彼女の両腕によって収束された魔力の球体は、先程とは比べ物にならない程の大きさまで膨れ上がっていたのだから。

 そして、それは今にも襲い掛からんと、明確に此方へと照準を合わせている。


 なら、私はそれを超えるだけ。


 私は背中の魔力炉をフル稼働させ、口元に魔力を収束させる。

 過剰とも思える程の魔力を集めるため、魔力炉がゴウン、ゴウン、と唸りを上げる。


 そして、彼女から魔力の球体が発射されたのを見て、


「[竜の咆哮ドラゴンブレス]」


 彼女の両腕目掛け、魔力を圧縮させた光線を射出した。


 私と彼女の丁度中間地点で、球体と光線がぶつかり合う。


 先程は簡単に掻き消せた球体が、今度は拮抗している。

 その先には、次の球体を発射しようと、再度魔力を収束させる彼女がいた。


 そんなことはさせない。


「ッァァァアアアアア!!!」


 私の叫びと共に、更に魔力を絞り出す。

 光線は勢いを増し、押し返していた球体を突き破る。


 そして、収束させていた球体諸共、光線は砲撃型の両腕を破壊した。


 ゴウン……ゴウ、ン……。


 けたたましい音を立てていた背中の魔力炉は、細く消えて行く光線に合わせ、静かになる。


 彼女に残された腕は近接戦闘型二本のみ。

 接近戦でのお互いの格付けも済んでいる。


「……さて、アウグスト司教の命令を素直に聞いている貴女ですから、私の言葉も解りますよね」


 私は一息吐く。


「そして、今の貴女に、私を倒す手段はありません。どうです? この辺りで止めにしませんか?」


 出来る限り彼女に優しく語り掛けた。

 元々“被害者”である彼女をこれ以上傷付けるつもりはないし、何より、シードさんもそれを望んでいない筈。

 揺さぶりを掛けるため、私は次の言葉を投げ掛ける。


「それに、貴女にも待っている人がいるのではないですか?」


 すると、彼女の瞳が僅かに揺らぎ、おずおずと此方を見つめる。

 これならまだ説得出来る、そう思った。


 後ろにいるシードさんへと振り返る。

 だけど。


 シードさんは、唇を噛みながら静かにかぶりを振った。

 ……もう彼女は救えない、ということですか?


「っ!? メルザ殿!」


 ——ジャッ。


 シードさんが叫ぶと同時に、地面を踏み込む音が聞こえた。

 私は咄嗟に左足を軸にして、横へと反転して飛び退く。

 つい今し方私がいた場所を、彼女の腕の刃が空を切った。


「くっ! ハアアアアア!!」


 今度は右脚を軸にして、彼女目掛け、メイスをフルスイングした。


 ゴキッ、メキッ。


 彼女の身体から、骨が折れる時の乾いた音が響き、壁まで勢いよく飛んで行く。

 そして、そのまま壁に激突して壁にめり込んだ後、床へと崩れ落ちた。


 金色に輝いていた彼女の瞳が赤に変わり、そして、その光が消えると、ピクリとも動かない。その姿は、糸の切れた操り人形のようだった。


 彼女が完全に沈黙したことを確認し、シードさんへと向き直ると、シードさんは慌てた様子で此方へと駆け寄る。


「シードさん、その、すいません……かの」


 彼女を救えず、それどころか完全破壊してしまい、シードさんに謝罪しようと声を掛けようとして!? は!? あ!? へ!?


「ふ、ふああああああああああああ!?」

「っ! バカモン! お主に何かあったら、どうするつもりなのだ!」


 私の言葉は遮られ、シードさんに抱きしめられています!?


「あ……で、ですが、私は……」

「お主に何かあったら、ワシは、ワシは……」


 ……シードさんの身体が、微かに震えています。

 そんなシードさんを、私は出来る限り優しく抱きしめ返す。


「……私は、大丈夫ですよ?」

「ンン! ンン!」


 ……はあ、なんですか。今良いところなのに……。


「兎に角! メルザさんも無事だったんだから、二人共離れてよ!」

「ぬお!? ス、スマン!?」


 ライラ様の所為で、シードさんが離れてしまった。

 ライラ様……後で説教です。


「はあ、全く。結局は失敗作でしたか、とんだ無駄骨でしたね。まあ、思わぬ収穫もありましたが」


 アウグスト司教が溜息混じりに肩を竦めると、ツカツカと彼女の元へと歩いて行く。

 そして、彼女の頭を踏み付ける。何度も、何度も。


「っ!? 止めてください!」


 私はアウグスト司教に向かって大声で叫ぶ。


「何です? 私の所有物を私がどうしようと勝手でしょう。それよりも“ツヴァイ”」


 そう言って、アウグスト司教は相好を崩す。


「貴女には驚かされました。どうです? 神の名のもとに、今ならまだ貴女を許して差し上げます。此方に戻って来てはいかがですか?」


 ……この男は何を言っているのでしょうか。


「お断りします」

「そうですか? そんな男に付いて行くより、私に付いた方が遥かに良いと思いますがね。何より、私であれば貴女の望むものを提供できますよ? そうですねえ……例えば、貴女の村を襲った“実行犯”とか」


 アウグスト司教の言葉に、私は耳を疑う。


「……今、何と言いましたか?」

「クフフ、貴女が改めて私に忠誠を誓うなら、貴女の村を襲撃し、家族を殺した盗賊達を“差し出す”、と言っているのですよ」

「……何時から盗賊達のことを知っていたんですか?」

「んー? 何時からですかねえ? まあ、そんな些細なことは良いじゃないですか。それよりどうしますか? これが最後の機会だと思ってください。これを逃せば、貴女はその盗賊達への復讐が永遠に果たせない、ということだけは申し上げておきます」


 ——ふ、


「ふざけるな! じゃあ何? 貴方は彼奴等のことを知っていながら、ずっと黙っていたってことですか!」

「おやおや、心外ですねえ。そもそも、貴女の復讐を享受すること、お手伝いをすることは約束しましたが、そのことを言う“義理”はありません。で・す・が! 今まで通り付き従うなら、差し出すと言っているんです」


 本当に忌々しい!

 お母さん、お父さん、トマス、ノール、みんな……私、どうすれば……。


「メルザ殿!」


 背中越しに聞こえた私を呼ぶ声。

 振り返ると、心配そうに見つめるシードさんがいた。


 ああ……そうだった。

 大丈夫ですよ、シードさん。今の私には、貴方がいます。


 私はアウグスト司教に向き直る。


「お断りです」

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