第35話 帰還と換金と
「え? え? ここ何処!?」
「ワシが借りている宿部屋だ」
ワシ達は【転移】によって、宿の部屋へと戻って来た。街中に【転移】したら、間違いなく面倒なことになるだろうが、部屋の中なら誰かに見られることもないからな。
ライルも驚いているが、まあ、来たこともない場所にいきなり【転移】した訳だから、それも当然だろう。
「へえ〜、こじんまりとした部屋なんだねー」
「まあ、寝るだけだから不便もないし、借りてもらった、というのもあるしな」
「借りてもらった?」
ライルが不思議そうに首を傾げる。
「うむ。そもそも此処は、友人であるギデオンとミミ殿が常宿としている宿でな。この一部屋をワシのために借りてくれたのだ……ほら、今は工面して金があるが、それまで文無しであったからなあ……」
「ああ……」
ワシが遠い目をしてる横で、ライルが残念なものでも見るかのような目を向けてくる。そんな目をせずとも、ワシとて理解しているぞ。
「でも、凄腕冒険者のギデオンさん達と友達だなんて、やっぱりシードは凄いんだね……その、ギデオンさん達とはパーティーは……?」
「ああ。誘われたが断った」
ライルが恐る恐る尋ねてきたので、不安に思わぬよう、断った事実をはっきりと伝えた。
ライルは複雑な表情を浮かべているが、その目からは不安の色は消えていたので、やはりちゃんと言って良かった。
「おっと、遅くならぬよう、早くギルドに行ってマグの葉を換金しよう。妹弟が待っているのだろう?」
「あ、うん。そうだね」
ワシは【収納】から頭陀袋二つを取り出し、肩に抱える。
そして、ワシ達は部屋から出て階段を下り、そのまま宿のカウンターを通り過ぎた。
カウンターにいた宿屋の親父は、「あれ? なんでいるの?」と言いたそうに、此方を指差して呆けていた。
宿を出て真っ直ぐギルドへ向かうと、直ぐに建物の中に入った。
昼過ぎという時間帯は、冒険者達は依頼の真っ最中のため、ギルド内は比較的落ち着いていた。
お、メルザ殿発見! 今日もカワイイぞ!
どうする? マグの葉の査定をお願いしつつ、自然な感じで会話に持ち込むか?
いやいや、ここはライルをネタにして笑いを取るか?
……うん、どれもワシには無理だ。
だが、ワシはメルザ殿と楽しくお喋りがしたいのだ。特に、今回の初任務を褒めて貰いたいのだ。
「……シード?」
何とかしてメルザ殿と接触せねば。何なら、ギルドで騒ぎを起こして気付いてもらうか?
だが、そんなことをすれば、メルザ殿に嫌われること請け合いだ。
「シード!」
「何だ、ワシは今忙しいのだ」
メルザ殿と話す方策を考えているのだ。一々邪魔をするでない……おや、ライルの頬がパンパンに膨らんでいるぞ?
肩も小刻みに震えておるな。
「……ねえ」
「う、うむ。何だ?」
何故だろう。このギルド内が途轍もなく冷気に包まれているように感じるのは。
すると、ライルはワシの両頬を両手でギューッと押さえ、そのままライルの顔の前まで引き寄せる。近いんですけど。
「僕が呼んでたのに無視するし、邪険にするし。何か別のこと考えてたでしょ」
「い、いや。た、大したことではない」
ワシはライルのあまりの剣幕に、思わずたじろぐが、ライルのその両手がガッチリ固定されていて、それを許さない。
何故此奴がここまで怒っているのか分からんが、何を考えていたか素直に言ってしまうと、ライルの逆鱗に触れてしまい、刈られてしまうのではないかという予感がする。いや、きっとそうだ。
「へええええ、“大したことない”、ねえ……。じゃあ、その“大したことない”内容を聞かせてよ。勿論、“大したことない”んだから、話しても問題ないよね?」
うわあ、笑顔なのに目が笑ってない。寧ろ、冷たい表情に笑顔が張り付いている、と表現した方が合っているかもしれん。
「あ、そうそう。当然、嘘ついたりしないよね? ていうか、嘘ついたら分かってるよね?」
何で? 何でワシ、ライルにこんなに追い詰められてるの?
すると、受付で仕事をしていたメルザ殿が此方に気付き、駆け寄って来た。
おお、救いの女神とは正にこのこと。しかも、このまま会話に持ち込めるではないか。これぞ一石二鳥。
「こんにちは、シードさん。ところで、ギルドの入口で騒がれては、他の冒険者のご迷惑となりますので、そのような行為はお止めください」
ワシは、メルザ殿からそれはもう素晴らしい笑顔で、棘のある物言いで注意された。しかも、目が笑ってない。
「も、申し訳ない……用が済んだら、直ぐに立ち去る故……」
イヤだ。もっとメルザ殿とお喋りしたい。
だが、このまま印象を悪くしても得策ではない。今日のところは、一旦去り、改めて出直した方が無難だろう。
「あ、い、いえ、私も言い過ぎました……そ、それで、ご用件は何でしょうか……?」
先程の叱責を後悔するかのように、メルザ殿は申し訳なさそうに謝った。そして、話題を変えようと、此方に尋ねてきた。
「あ、ああ、そ「ちょっと査定窓口で換金する用事があったから来ただけですよ。静かにするんで、メルザさんは仕事に戻られたらどうですか?」」
ワシがメルザ殿と話そうとしたのに、ライルの奴が遮りおった!?
しかも、腹の底から凍えてしまいそうな程、無機質で他を寄せ付けないような声で!?
ナニナニ? メルザ殿とライルって、仲悪かったのか!?
「……そうですね。私は仕事に戻ります。では、少し依頼についてお聞きしたいことがあるので、シードさんをお借りしますね。ライル様は、査定窓口でどうぞ換金手続きをなさってきてください」
メルザ殿は和かな笑顔で、査定窓口へ手を向けてライルを促す。目は笑ってないけど。
「何言ってるんですか、メルザさん? マグの葉は僕達二人で採集したんだから、二人で換金するのが筋でしょ? ……ほらシード、行くよ」
ライルも笑顔で返しながら、ワシの袖を引っ張る。目は笑ってないけど。
だが、メルザ殿は今のライルの発言が気になったのか、
「あれ? 昨日受けられたマグの葉の採集依頼ですか? マルヴァン山は三〇ケメトの距離がありますから、あれから直ぐ向かわれたとしても、今日この時間の持ち込みというのは……?」
と、少し真剣な表情でライルに尋ねる。
「い、いや! 実は馬を借りたのだ。そのお陰で、往復の移動が早くて済んだのだ! な、な、ライル!」
ワシは慌てて言い訳じみた説明をし、ライルに相槌を求めた。すると、ライルはハッとして、首を縦に振った。
「? ……成程、そうですか……」
メルザ殿は訝しげな顔をするも、取り敢えずは引いてくれるようだ。
「では、マグの葉採集はこれで終了、ということでよろしいですか?」
「いえ。採集出来るピークを迎えるこれから一か月は、採集を続けますよ」
「そうですか……」
メルザ殿はライルの回答に、表情を暗くして視線を落とした。
「じゃあ、僕達は査定窓口に行きますんで。ほらシード、今度こそ行くよ」
「あ、う、うむ。メルザ殿、そ、それでは」
「あ……え、ええ」
ワシは軽く会釈して、査定窓口へ向かうライルの後を追った。
◇
「マグの葉の査定金額は、全部で大銀貨五枚と、銀貨四枚になります」
査定窓口の職員がそう告げ、お金の入った袋を窓口のカウンターに置いた。
「ありがとう」
ライルは礼を言って、爽やかな笑顔でそれを受け取ると、ワシの袖を摘んで、待合室へと引っ張って行く。
振り返って職員を見ると、両手で頬を押さえて惚けていた。チクショウ、ポンコツのくせに。ポンコツのくせに。
待合室に着くと、空いている席に座り、先程受け取った大銀貨等が入った袋を取り出してテーブルに置いた。
「さあ、報酬の分配をしようか。大銀貨五枚に銀貨四枚だから、半分づつで一人大銀貨二枚と銀貨七枚だね」
そう言うと、ライルは腰のポーチから銀貨一〇枚を取り出し、両替して折半した。
ワシは自分の取り分を受け取り、懐へと仕舞う。
「さて、ではこの後はどうする?」
取り敢えず、ライルに尋ねる。何だかんだで、ワシ達パーティーを仕切るのは、ライルが適任だろう。二人しかいないが。
「うーん、今日のところはこれで解散かな。シードの【転移】で日帰り出来ることも分かったから、これからは朝集合して、夕方解散ということでどうかな?」
「うむ、それで良いのではないか。だが、集合場所はギルドではなく、人気の少ないところが良いな」
「どうして?」
ライルが首を傾げ、不思議そうな顔をする。
「マルヴァン山は遠いのだぞ? 毎日顔を出していたら怪しまれる。それに、【転移】も使いづらいからな」
「ああ、そうだったね。さっきもメルザさんに疑われそうになったし」
「そういうことだ」
ライルは納得して、腕組みしながらウンウンと首を縦に振る。
「では、これにて解散としよう」
「うん……本当は、同じパーティーだから、行動は一緒にした方が良いんだろうけど……ゴメンね、僕が妹弟の世話があるせいで……」
全く。昨日、謝るなと言ったばかりだというのに。
「ライル、何度も言わせるな。お主は早く帰って、しっかり妹弟の面倒を見てやれ」
「うん……ありがとう」
ライルは席を立ち、手を振りながらギルドを出て行った。
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