第34話 採集と【転移】と

 結局、ワシ達はあれから一睡もしなかった。


 じゃあ何をしていたかといえば、くだらない話をしたり、ふざけ合ったり。


 あと、折角なので【転移】をライルに披露してやった。

 ライルの奴、目を丸くして驚いていたな。だが、それ以上に何時何処にいても妹弟達の世話が出来ると言って、喜んでもいたが。


 で、ライルは今、朝食の準備に取り掛かっている。

 今日も朝から「腕によりを掛けるからね!」とか言って張り切っていたからな。


 ワシ? ワシは特にすることもないので、目の前の山を見上げ、ボーッとしている。


「シードーッ! ご飯出来たよー!」


 全く、そんなに叫ばんでも聞こえるというのに。ワシの相棒はしょうがない奴だ。

 側まで近づくと、昨日の夜と同様、大量の料理が並んでいる。


「えへへ。朝だから、野菜多めにして、さっぱり味にしてあるからね!」


 ライルが得意げに朝食のコンセプトを説明する。


「うむ。いただきます」


 ワシは手を合わせ、料理に手を付けようとすると、ライルが此方をジーッと見ている。


「どうした?」

「あ、いや……昨日も思ったけど、シードってご飯を食べる前、必ず手を合わせて”いただきます”って言うよね?」

「ああ。故郷ではご飯を食う前にそうするのが礼儀というか習慣というか……兎に角、そういったものだ」

「へえ〜、何か意味があるの?」


 何故かライルは興味津々のご様子。真面目に答えるか。


「これはな、食材に感謝を込めているのだ。ワシ達ま……人族は、何かを食わねば生きて行けん。だが、“食う”ということは、魔物にせよ植物にせよ、命を奪うということだ。だからこそ、その“命をいただく”者として、感謝と敬意を込めて、食う前に、お主の命を“いただきます”と言うのだ」


 ライルはワシの話を聞き入り、うんうん、と頷いた。


「僕も、それって凄く大事で、素敵なことだと思うよ」


 そして、ライルは同じ様に両手を合わせ、


「いただきます」


 と言うと、此方を見て微笑んだ。


「さ、さて、では朝食を食うとするか!」


 そんなライル笑顔を見て、不覚にドキッとしてしまったワシは、誤魔化すために朝食へと手を伸ばし、勢いよく口に入れた。


「うむ、やはり超美味い」


 ライルが、美味いものを食べてホクホク顔のワシを見て、満面の笑みを浮かべながら、此奴も相変わらず凄まじい速さで料理を平らげて行く。


 気が付けば、朝食もあっという間に食べ終わった。


 二人で手分けして後片付けをする。道具や食器、ついでにテント等も片付けてしまおう。

 ザックに入れて一纏めにしたら、【収納】の中へ放り込んだ。


「さて、じゃあいよいよマグの葉採集だね」

「うむ! とうとうワシも冒険者デビューである!」


 ワシは腰に手をやり、高笑いした。


「よくよく考えたら、シードって冒険者になりたてだったんだよね……何だかシードが色々凄いから勘違いしちゃうけど……」


 ライルは感心したような、或いは呆れたかのような何とも言えない表情で呟いた。


「ふっふっふ、さあ“相棒”! マグの葉の生えている場所へ行くぞ!」

「えへへ、何だか“相棒”って呼ばれると、こそばゆいね。じゃあ案内するからついて来てね」


 そう言うと、ライルは踵を返し、マルヴァン山の奥へ颯爽と進んで行った………あ、コケた。



 ワシ達は、マグの葉が群生している崖の下に到着した。


 崖はかなりの高さがあるようで、真下からだと見上げても崖の頂上が見えない。

 ついでに言うと、マグの葉どころか、草一本生えてないんじゃないか?


「なあライル、マグの葉は何処に生えているのだ? ワシには斜面の岩しか見えんが……」

「ええー、一杯生えてるよ? ほら、あそことか、あっちの岩陰の辺りとか」


 ライルは崖の斜面を次々に指差すが、ライルよ、ワシには只の岩にしか見えん。


「うーん、素人のシードにはまだ難しいかな〜。やっぱり先輩である僕がしっかり教えてあげないといけないかな〜」


 ライルがニヤニヤしながら、チラチラと此方を見る。何か悔しいぞ。

 ポンコツのくせに、ポンコツのくせに。


「やれやれ、しょうがない。大人なワシは、子どもみたいに先輩風を吹かす相棒の自尊心を満たすために、敢えて教わってやるか………ではライル、ワシにマグの葉の採集方法を教えてくれるか」

「ムキーッ! すっごいムカつくー!」


 むふふ、ライルめ、ワシに弄られて怒り心頭の様子だ。顔は真っ赤で、頬は膨れ上がってパンパンだ。突っついてみたい。


「もう、見てなよ! 僕が凄いところ、見せつけてやるんだから!」


 ライルはプンスカしながら、のしのしと歩きながら崖へと着くと、かなりの勢いで崖をよじ登って行く。

 スルスルと上へと辿り着くと、腰からナイフと剣の中間くらいの長さの短剣を抜き、岩へと突き刺した。

 すると、岩に亀裂が入ったかと思ったら、ポコン、と音が聞こえそうな程、いとも簡単に岩の上の部分が外れた。

 ライルは外れた岩の一部を手に取り、肩から掛けている頭陀袋に放り込むと、また崖を滑り降りた。

 トコトコと此方に歩いて来ると、ワシの前で頭陀袋から岩を取り出した。


「ふふん、どうだい?」


 ライルはどうだ、と言わんばかりに胸を張り、ワシに感想を促す。


「うむ。崖の登り降りに関しては、さすが〈斥候〉だけあって見事だった。だが……」


 ワシはそこで言い澱み、ライルが持つ岩を見やる。


「依頼はマグの葉の採集であって、岩の採集ではないぞ?」


 ワシが指摘すると、ライルがやれやれ、とでも言いたそうな表情で肩を竦め、首を左右に振る。


「はあ、何言ってるんだい。これが“マグの葉”だよ。いいかい、見ててよ?」


 そう言うと、ライルは岩を指でつまんだ。

 すると、岩の表面がペリッと捲れた。


「ほら、このペラペラしているのがマグの葉だよ。まあ、素人のシードには見分けがつかないかな〜、ぷぷ」


 此奴め、今鼻で笑いおった!? 先程の仕返しか!?


「ふ、ふむ。確かにワシは冒険者になったばかりで素人故、その指摘は素直に受け入れよう。だが、その子どもみたいな態度は、冒険者の先達としてはさすがにどうかと思うがな」


 ワシが出来る限り皮肉を込めてライルを見ると、ライルはぐぬぬ、という顔で此方を睨んでいる。


「ま、まあいいよ。兎に角、これがマグの葉だってことは解ったでしょ? じゃあ今から、手分けして採集しようか。とはいえ、シードは素人だから、僕の半分も採れれば御の字かな〜」

「よし、その喧嘩買った」


 ライルめ、安い挑発をしたこと、後悔するが良い。


「……へえ、僕は別に良いけど。それじゃ、昼には切り上げる予定だったから、それまでにどっちが多く採集出来るか、勝負しようか」

「うむ。かかって来るが良い」


 ワシは指をポキポキと鳴らす。

 ライルも屈伸をして臨戦態勢だ。


「よし、じゃあ行くよ!」

「うむ!」


 ライルが崖へとダッシュし、ワシは【風脚】で一気に崖の斜面へ舞い上がった。



「……ズルいよシード……空を飛んで採集するなんて……」


 太陽は真上にあり、勝負終了となる昼となった。

 そして、ライルはワシの目の前でいじけている。



 ワシは【風脚】によって空から採集をしたものの、やはりマグの葉の見分けが難しく、採集に戸惑ってしまった。

 一方、ライルは慣れていることと〈斥候〉の特性を生かし、素早く採集を行っていたが、それでも崖の斜面の移動には時間がかかってしまった。


 結果、ワシとライルは、ほぼ同じ量のマグの葉を採集し、引き分けとなった。


「そう言うな。使えるものがあるならば、何でも使うべきだからな。だが、やはりベテランだけあって、ライルの手際は素晴らしかったぞ。ワシも見習わねばな」


 ワシは、素直にライルを褒めた。

 すると、今度は照れ臭くなったのか、ライルは頬を少し赤く染め、身体を竦めた。


「……えへへ、ありがと。シードもさすがだったよ。初めてだったのに、あんなに採集するんだもん」

「なに。崖の上の方は、マグの葉を採集する者がおらんから、採り易かっただけだ」


 実際そうだった。

 崖の下側とは明らかに異なり、上側はマグの葉が生い繁っていたため、見分けることが上手く出来ないワシでも、ある程度採集出来たのである。

 そういう意味でも、ライルの技術と経験は素晴らしいものだったと言わざるを得ない。


「で、これからどうするのだ?」


 採集を開始する前、ライルは昼で切り上げると言っていたからな。


「うん、取り敢えず一旦街に帰ろう。その後、ギルドでマグの葉を換金して、明日の朝までは自由行動ということでどうかな?」

「分かった。ワシもそれで良いぞ」

「決まりだね」


 ライルはマグの葉が詰まった頭陀袋を肩に掛ける。


「ああ、ライル。その頭陀袋を貸せ。【収納】に入れておくから」

「うん、ありがと」


 そう言うとライルから頭陀袋を受け取り、【収納】を展開して、ライルとワシの頭陀袋二つを放り込んだ。


「いやー、帰りの荷物を持たなくて良いだけで、物凄く楽チンだね。じゃあ帰ろうか」

「そうだな。ではライル、手を出せ」


 ライルは不思議そうに首を傾げるが、取り敢えず言われたままに右手を差し出した。


 ワシはその手を取ると、


「【転移】」


と唱えた。

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