第33話 散歩と結成と
夜も更け、辺りは静寂を増していた。
ワシは火が消えぬよう。焚き火に枯れ枝を焚べる。
「……静かだ」
辺りを見渡し、ふと呟く。
少し言ってみたかっただけだ。何故なら、こう言ったりすると、何だか格好良くない?
とはいえ、さすがに静か過ぎやせんか?
少しくらい、魔物や虫の鳴き声が聞こえても良さそうなものだがなあ。
——ガサッ。
お、などと考えておったら、物音が聞こえたな。
音のする方向へ振り向くと、そこには……って、お主かい。
「なんだライル。まだ寝ておらんのか」
「……気になって寝られない」
「ん? 何が気になるというのだ?」
すると、ライルは周囲を見回した。
「辺りが静か過ぎるんだ。何度も此処に来てるけど、こんなこと初めてだよ……」
そう言うと、ライルは両腕を身体に巻きつけ、不安そうな顔をしながら身を竦めた。
「ふむ? 確かに少し気にはなっておった。だが、周辺を確認したが、魔物や不審な者はおらんし、特に問題はないと思えるが」
ワシは、努めて大袈裟に、心配はないとアピールする。
実際、先程周囲を[紫煙の眼]で確認したが、魔力は探知しなかった。
魔物や人族などであれば、この魔力探知に引っかかる筈だからな。
「……ねえ、君の隣に座っても良い?」
「ん? 勿論構わんぞ」
ワシが了承すると、はにかみながら「ありがと」と言って、チョコンと三角座りをした。
「…………………」
「…………………」
何だか気まずい。
ワシとライルは、お互いに目の前の焚き火を眺めながら、一言も話さなかった。
さて、どうしたものか。
そういえば、【収納】の説明をしてなかったな。
だがこれ、後で説明すると言ったのは確かにワシだが、ライルの奴、説明しろとうるさいくせに、毎回聞くのを忘れるのだよなあ。
まあ折角だし【収納】を含め、ワシの魔術についてライルに説明しておくか。
「さて、ライル。丁度良いので、お主が聞きたがっていた【収納】について話してやろう」
ライルがガバッと勢いよく顔を此方に向けた。
「本当!?」
うわー、目が物凄いキラキラしてるんですけど。
「うむ。だが、【収納】を始め、ワシが使う術は我が故郷の門外不出の術でな。誰にも言わぬことを約束出来るか?」
ワシは真剣な表情で、ライルを見つめた。
本当は、【収納】は空属性“中級”魔術で、只の生活魔術なんだけど。ワシ的には別に誰かに言っても良いのだが、皆からは内緒にしておけと言われているし、面白いからこのままの設定でいこう。
だが、そんなワシの脳内を知らんライルは、戸惑いの表情を浮かべた後、口を横一文字にキュッと結び、静かに首を縦に振った。
「よし、では説明しよう。一度話しているが、お主も見た【収納】を含め、我が一族は魔法とは似て非なる“魔術”を行使出来る」
おいおい、我が一族って誰よ。自分で言ってて笑いそうになるな。
「で、この“魔術”は【収納】のほかに、空を飛ぶ魔術や空間転移、つまり、離れた場所に一瞬で移動する魔術などがある」
「ほ、本当に!? そんなの信じられないよ!」
「本当だ。どれ、では一つ実際に見せてやろう」
ワシは立ち上がると、ライルに右手を差し出した。
ライルが困惑しながら差し出した右手を掴むと、そのまま引っ張って立ち上がらせ、胸元に抱き寄せる。
「……あ……」
ライルは思わず軽い吐息を漏らして頬を赤らめると、俯いてそのままワシの胸に顔を埋めた。
いやいや、空飛ぶから危なくないように身体を固定したかっただけだからな?
なのに、何でそんな反応するの!?
いや、気にしたら負けだ……って、誰に負けるというのだ。
ワシは、ふう、と息を一つ吐く。
「ライル、しっかり掴まっているのだぞ……【風脚】」
ワシの両脚を中心に風が渦巻くと、身体がフワリ、と浮いた。
「え? え?」
ワシに抱き抱えられているライルは、初めての感覚に困惑し、不安げな表情を浮かべている。
だが、ワシはそんなライルの様子を敢えて見なかったことにして、そのまま上昇を続ける。
そして、マルヴァン山の頂上くらいの高さまで来ると、そこで停止した。
夜の上空だけあって、結構肌寒いのだが、ライルと身体を密着させている部分が余計暖かく感じた。
「……………うわあ……!」
ライルは、恐らく初めてであろう上空から見る夜の景色に、思わず感嘆の声を漏らした。
「ライル、寒くないか?」
「ううん、大丈夫」
そう言うが、ライルの吐く息は白く、付近の寒さを物語る。
だから、ワシは少し強めに抱きしめてやった……………あれ? ワシ、何で男相手にこんなことしてるんだ?
急に我に返り、思わずライルをぶん投げそうになるが、さすがにこんな高さから落ちてしまっては間違いなく死んでしまうので、仕方なく今の体勢を維持することにした。
「………綺麗……」
ライルがポツリ、と呟いた。
そのライルの表情が幻想的で、ライルが男だということを忘れ、只々見惚れてしまっていた。
なんかもう、間違いを起こしても良いんじゃね?
「……そろそろ、下に戻ろう」
兎に角、ワシはそんな感情を誤魔化すために、敢えて素っ気なくライルに告げた。
「あ………うん……」
ライルは少し名残惜しそうにするものの、静かに首肯した。
そして、ワシはライルを抱え、地上へと降りて行く。
どんどん地上に近づいて行き、直前で身体を浮かせ、フワリと着地した。
「ライル、着いたぞ」
腕の中にいるライルに声を掛けたが、ライルはワシの背広を強く握って、離れようとしない。
だが、直ぐに握る手の力を緩め、名残惜しそうにそっと離れる。
「……ありがとうシード。楽しかった」
そして、何時ものはにかんだ笑顔を此方に向けた。
「それは何よりだ」
ワシはライルの笑顔を魅力的に感じ、少し気恥ずかしくなった。
そんな様子を悟られないよう、その場を離れて焚き火の前へ向かい、そのまま座ると、ライルの方へと振り向き、軽く手招きした。
「ライル、空の上は寒いから、身体が冷えているだろう。早く此方に来て暖まったほうが良い」
「うん!」
ライルは笑顔で駆け寄り、空の散歩の前と同様、ワシの隣に腰掛けた。
「……シードって本当に、凄い〈魔法使い〉だったんだね。メルザさんが言ってた“白の旅団”を壊滅させた話だって、嘘だと思ってたんだけど……」
「ワシの故郷では〈魔法使い〉ではなく〈魔術師〉と呼ぶのだ。こう見えて、故郷の国では最強だったのだぞ?」
ワシは少し戯けながら話した。
そんなワシを見るライルは、笑いながらも少し切なそうな、何とも言えない表情を見せる。
「……ねえ、シード。臨時とはいえ、僕とパーティーを組んで後悔してない?」
「ん? 何故そんなことを聞く?」
「だって……」
ライルは俯き、言葉を続ける。
「……だって、気付いてると思うけど、僕は誰ともパーティーを組んでないし、普通、冒険者だったら魔物討伐とか遺跡探索とか、そんな依頼を受けるのが普通なのに、薬草採集の依頼ばかり受けてるし……他の冒険者から馬鹿にされてることも知ってる」
ライルを見ると、目に涙を溜めているのが分かった。
「なのに、シード程の実力者が「ライル」」
ワシは有無を言わせぬ声色で、ライルの話を遮った。
「お主が他の者と何故パーティを組まんのかは知らんが、事情があるのだろう? それと、薬草採集は素晴らしい依頼ではないか。ワシ達が薬草採集をすれば、それだけ怪我や病に苦しむ多くの者が救われるのだぞ。それに」
今度はワシが、ライルに出来る限りの笑顔を向けた。
「此処までの道中で、お主の人となりは分かった。お主は臨時のパーティと言ったが、お主さえ良ければ、正式にパーティーを組みたい、いや、是非ワシとパーティーを組んでくれ」
そう言って、ワシは右手を差し出した。
ライルは、目元に湛えていた涙を零すと、差し出した右手を両手で包んだ。
「うん………うん、僕も君とパーティーを組みたい。ううん、僕とパーティーを組んでください」
「ああ、これからよろしく頼む」
「うん、こちらこそ」
「ぷ」
「ふふ」
「「あはははははは」」
ワシ達は、大声で笑った。
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