第32話 豪勢と貞操と
いや、確かに【収納】について説明するとは言ったが、別に大声出して非難するようなことじゃないと思う。
「分かった分かった、テントを張り終わったら説明してやるから」
「本当だからね! 絶対だよ!」
物凄く念を押してくる。
やれやれ、と思いながら、テントを張ろうとするが、よく考えたら、ワシ、テントの張り方が解らんぞ。
「ライル、テントはどうやって張れば良いのだ?」
「あれ? シード、テント張ったことないの?」
「ないぞ」
腐っても、元大魔王だからな。
野営なぞ、する訳がない。牢屋には入るが。
「そっかー、じゃあしょうがないね。僕が教えてあげるよ!」
何故かライルは嬉しそうに、テントの張り方についてレクチャーしてくれた。
今日は此奴のポンコツ振りを見ていた所為で、教えながらテキパキと作業するライルに、ワシは少しだけ認識を改めた……少しだけな。
そして、今晩の寝ぐらとなるテントが二張り完成した。
「おおっ! 遂に完成したぞ! ライル、やるではないか!」
「いやあ、テント張ったくらいで大袈裟だよ〜、えへへ」
ワシが感嘆の声を上げると、ライルも照れながらも満更でもないようだ。
「じゃあさ! 次は晩御飯を作るからね! 腕によりをかけるから、楽しみにしてて!」
テント張りで褒められて気を良くしたのか、ご機嫌で食事の支度に取り掛かる。
何というか……チョロいな。
まあ、あれだけの食材や道具を持ってきたのだ。楽しみにするか。
…………【収納】の話は、もう良いのかな。
◇
「………………」
ワシは目の前で起こっている出来事に、驚愕のあまり言葉を失っていた。
そう、ライルが晩御飯の支度をしているのだが、凄まじいの一言に尽きる。
ザックを圧迫していた食材の数々は、正に“神の手”とでも言うべきライルの手によって、次々に素晴らしい料理へと変貌を遂げて行く。
これが“一流”という奴か。
ライルの冒険者ランクはD級であるが、料理の腕に関してはB級以上であると言わざるを得ない。
これ程感嘆の言葉を並べているにもかかわらず、B級以上という評価しか下さないのかというと、それはやはり、未だ食べていないからである。
だが、これらの料理が、味においても優れているのならば、即座にA級、いや、S級の評価を下すだろう。
そして、料理は全て完成した。
「さあ、出来たよ!」
今、目の前には数々の料理が所狭しと並んでいる。
だが、一つだけ言わせて貰いたい。
ワシ、こんな量、食べ切れんぞ。
「んふふ〜、僕、頑張っちゃったよ」
そして、ライルはやり切ったと言わんばかりに、満足気な表情を浮かべている。
「さあ! 遠慮しないでどんどん食べてね!」
遠慮も何も、これだけの量でどうやって遠慮しろと言うのか。
まあ良い。では、いただこうか。
「いただきます」
ワシは手を合わせると、フォークを手に取り、料理を口に運ぶ。
一口、二口と咀嚼し、飲み込んだ。
「ぬうっ!? 何なのだこれは!」
「え!? え!? な、何かおかしかった!?」
ワシが驚嘆の声を上げると、ライルが心配してオロオロしている。
違う、違うのだ。
「美味い! 美味すぎるぞ! こんな美味いもの、初めて食べたぞ!」
ああ、ワシの語彙力のなんと低いことか。
この料理の美味さを、上手く表現する言葉を持ち合わせていないとは。
だが、ワシのこんな拙い言葉であるにもかかわらず、目の前にいるライルは、目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
「んふふ〜、そうか〜。そんなに美味しかったか〜。沢山作ったから、どんどん食べて! 全部食べても良いからね!」
うん。全部は無理。
だが、やはりライルの料理人としての評価は、文句無しのS級だな。
脳内でライルのことをそのように評価したあと、並べられた料理をチラリ、と見やる。
……んん? 何だか料理が減ってないか?
いや、まだかなりの量あるにはあるんだが、食べ始める前に比べ、明らかに減っている。
どうしたことかと、料理を漠然と眺めていると……右端から順に、皿ごと次々と消えて行ってる!?
そのまま目で追って行くと、皿がライルの左手に吸い込まれ、盛られた料理は物凄い勢いでライルの口の中に運ばれて行く。
「あれ? 食べないの?」
ライルの食事する様子を見て唖然としているワシに、ライルはキョトンとして首を傾げる。
「い、いや……うむ、いただこう」
ワシは再び食事を再開しようとするが、ライルの凄まじさに、どうしても釘付けになってしまう。
いやはや、あの食材の量も成程、合点がいった。
ただ単に、ワシがライルという男を見誤っていたということだ。
うむ。万が一ライルと外食する時は、懐具合に気をつけよう。
そうして、瞬く間に食事は終了し、あれだけあった料理の数々は、綺麗さっぱり無くなった。
「うーん、もう少し作った方が良かったかな……シード、ご飯の量はちゃんと足りた?」
「……う、うむ。だ、大丈夫だ……」
「本当? だったら良いけど……」
彼奴は一体何を言っているのだろうか。
規格外の量の料理を胃袋に収めておきながら、それでもなお足りないとでも言いたいのだろうか。恐ろしい。
「明日の朝食も腕によりを掛けて作るから、期待しててね!」
「分かった」
うむ。こんな食生活を続けては、、ぽっちゃりを通り越して、確実にデヴになってしまうな。
「さてと。では、今晩はワシが見張りをしておこう。お主には美味い食事を作ってもらった礼もあるしな」
ワシは見張り役を買って出た。
何より、こうすればライルに襲われずに済むからな。
「うん、分かった。じゃあ四時間経ったら交代しよう」
「いや、ワシが朝まで見張っておくから、お主は寝ていて良いぞ。一晩や二晩程度、寝なくても大したことはない」
交代などしたら、寝たら最期、確実にライルに襲われてしまう。
「そういう訳にはいかないよ! ちゃんと交代するからね!」
「駄目だ。今晩はワシが最後まで見張りをする」
ライルが食い下がるが、ワシは断固として突っ撥ねる。
当たり前である。なにせ、ワシの貞操がかかっているのだからな。
「むー! なんでそんなに頑なに断るのさ!」
何やら、ライルは頬を膨らませてプンスカ怒っている。
改めて、ワシは言いたい。
夕食の件といい、今目の前での仕草といい、ライルは女子力が高すぎると思う。
おまけに顔は中性的で、女子と間違えられてもおかしくないほどであり、しかも間違いなく美形なのだ。
此奴が間違って女装などしたら、間違いなく全ての男を虜にしてしまうだろう。
……って、あれ? 何故か、ワシが間違いを起こしそうな流れになってないか?
いかんいかん、どうも調子が狂ってしまっているな。
「分かった、ではこうしよう。明日の晩はお主に見張りを任せる。だから、今晩はワシが最後まで見張りをするということで良いな?」
「……絶対だよ?」
ライルが小動物のように縮こまりながら、上目遣いで此方を見た。
「ああ、絶対だ」
「……分かったよ」
そう言うと、ライルはトボトボと自分のテントへと入っていった。
……やれやれ、やっと言うことを聞いてくれた。ライルの奴、なかなか頑固であるな。
まあ、これでライルに襲われることもないだろう。
では、しっかり見張りの役目を果たすとするか。
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