第31話 道中と詰問と

 ワシとライルは一路、マルヴァン山へと向かう。


 マルヴァン山は、ルインズの街から北へ三〇ケメト先に位置する三千メト級の岩山である。


 岩山という特性から、植物はあまり群生しておらず、そのため、魔物達もあまり生息していない。精々ホーンラビットと呼ばれる魔物くらいである。

 そのような場所なのだが、何故か珍しい薬草などは、この辺りではマルヴァン山でしか採取出来ない。

 今回の目的であるマグの葉も同様に、マルヴァン山にしか生えていない。

 そして、マグの葉は見つけること自体は難しくないのだが、生えている場所が少々特殊だ。

 なにせ、崖の斜面に生えているのだからな。

 低い位置に生えているものは採集しやすいが、残念なことに、マグの葉はホーンラビットの大好物であり、粗方食い尽くされてしまう。

 このため、マグの葉を採集しようとすれば、必然的に崖に登って採集しなければならない。


 そこで、〈斥候〉の出番である。


 戦士系の職業でも身体能力が高いため採集出来なくもないが、素早く動ける訳ではないので、向いているかといえばそうではない。

 その点、〈斥候〉であればその器用さと身軽さで、崖であっても採集は容易である。

 このようなことから、マグの葉の採集依頼は、他の冒険者からは特に不人気であり、殆どライルの独占状態であった。

 だからこそ、この依頼へのライルの拘りも頷ける。


「……ということで良いのか?」

「うん……ていうか、改めて言われちゃうと、恥ずかしいね……」


 恥ずかしいなら、言わねば良いのに。

 まあ、聞いたのはワシだし、パートナーということで話してくれたのかもしれんし、言うだけ野暮か。


「そんなことよりさ、シードのことも教えてよ」

「うむ? ワシか? ワシは東にあるダイワ皇国出身だ。恥ずかしながら冒険者に憧れておったのでな。遥々この国にやって来たという訳だ」

「ふーん。家族とかいるの?」


 むむ。どう答えるか。

 まあ、ぼかして言えば、大丈夫だろう。


「一応、母と弟がいる」

「へえ、仲良いの?」

「残念ながら、家族関係は最悪だ。まあ、母と弟は仲が良いけどな。嫌われているのは、ワシだけだ」

「……ごめん……」


 ライルがシュン、としてしまった。

 全く。先程から言っては自爆しおって、しょうがない奴だ。


「気にするな。そもそも家族からどう思われようが、微塵も気にしておらんよ」


 ワシは何でもないといった様子で、手をヒラヒラさせる。


「……逆に気を遣ってくれて、ありがとう。僕にパーティーの誘いをかけて来た時から思ってたけど、シードって優しいよね」

「そんなことはないぞ? 嫌いな奴には容赦せんしな」


 そう言って肩を竦めてみたが、ライルは口元を押さえ、クスクスと笑った。


「ふふ、そんなことあるよ……声を掛けてくれたのも、本当は僕が困ってたからでしょ? しかも、あんな心にもない条件まで付けて」


 此奴は何を言っているのだ?

 そんなもの、イケメンに女子と話す秘訣を教わるために決まっているだろう……ほんの少しだけ、そういった部分もあるのか?

 兎に角、ちゃんと否定しておかねば。


「いや、ワシは……」

「大体、シードってモテるでしょ? 僕に女の子との話し方を教わりたいだなんて、おかしいもん」


 おいおい、本当に此奴は何を言っているのだ!?

 ワシが女子にモテるなどと……本気にするぞ?


「いや、ワシは女子にモテたことなど無いぞ」

「本当? ……だけど、メルザさんとか、明らかにそうだよね……」


 何をブツブツと言っておるのだ?

 大体、自分のことを棚に置いてからに。


「というか、ワシのことばかり根掘り葉掘りと聞きおって。そういうお主らどうなのだ。お主こそ、女子にモテまくって凄いことになっているのではないのか?」


 すると、ライルは辟易とした顔をして、ガックリと項垂れる。


「……正直困るんだよね。僕のこと、何も知らないくせにさ。この前も、家の近くまで後をつけて来たんだよ? 一歩間違ったら犯罪だよ!」


 コノヤロウ、嫌味か。


「それにさ、僕は別に女の子に興味無いんだよね」


 ん? んんん!?

 此奴、まさか……!?


「……シードさ、多分、失礼なこと考えてるよね?」


 ライルがジト目でワシの顔を覗き込む。

 だが、ワシは此奴が考えているよりも、そうに違いないと考えているし、遥かに身の危険を感じているぞ。

 うむ。今日は絶対に寝ないようにしよう。


「……ハア、もういいよ。兎に角、このペースだとあと一時間くらいでマルヴァン山に着くよ」

「うむ、分かった。で、今日はどうするのだ? 日が暮れるまで少しは時間があるようだし、着き次第採集するか?」


 ワシはライルに提案してみたが、ライルはかぶりを振った。


「ううん、崖で採集するから、さすがに陽が落ちると危険だからね。今日は野営だけして終わりかな」

「そうか。確かに、その方が賢明だな」


 ワシもライルの考えに異論はなかった。

 となると、重要なのはライルに女子との話し方を教わるのと、如何にしてライルの魔の手から逃れるかということだな。


「あ、そうそう」

「ん? 何だ?」

「寝るテントは別々だからね」


 何だと!?

 此奴はワシを狙っていたのではないのか!?

 だとすれば好都合なのだが……まさか、夜這いプレイを楽しみたいとかなのか!?


「ライル、ちと尋ねるが……テントに鍵を掛けることは可能か?」

「? 何言ってるの? テントに鍵なんかある訳……はっ!?」


 お、ライルが何かに気付いたようだぞ。

 本当はテントに鍵があればベストだったが、ワシがライルを警戒していることに気付いたのならば、よもや夜這いなどはしないだろう。

 ワシは胸を撫で下ろす。


「まさか!? 僕に夜這いするつもりじゃないだろうね!?」


 うおおおおおおおおおおおい!?

 何故そうなる!?


「する訳ないだろう! 何を考えとるんだ!!」

「ええっ!? 全否定!?」

「当たり前だ!」


 此奴め、ワシを何だと思っておるのだ。

 同性愛者のことを否定はせんし、自分では寧ろ理解ある方だと思っているが、ワシ自身はノーマルだぞ。


「ええー……それはそれでショックなんだけど……私って魅力無いのかな……(ボソッ)」


 ん? 此奴、今何と言った?


「おい、ライル。お主今……」

「いやいやいや! 何も言ってない! 何も言ってないからね! それよりも、もうすぐマルヴァン山に着くから!」


 ワシの話を遮るかのように、ライルが捲し立てて話す。

 だがライルよ。


「今、マルヴァン山の目の前だぞ」

「ふえっ!?」


 ライルが奇声を上げる。

 うむ。ワシも、ライルのポンコツ振りに慣れてきたな。

 出会った当初ならば、思わずドキッとしてしまっただろうが、今では少々のことではときめかんぞ。


「ほ、本当だね!? さあ、それじゃ崖に登ろうかな!?」

「おい、今日は採集はしないのではなかったか?」

「そ、そうだった! じゃあ崖から転がろう!?」

「何で!?」


 うわー、ダメだ。テンパって支離滅裂なことを言ってる。

 仕方ない。

 ワシは両肩をガシッと押さえる。


「んにゃっ!?」


 此奴の奇声は、バリエーション豊かだなあ。


「兎に角落ち着け。先ずワシ達がすることは、野営の用意だ。取り敢えずテントを張るぞ」

「へ!? 二人でテント使うの!?」

「落ち着けと言ってるだろうに。お主のテントと、それとは別にワシのテントだ」


 うん。ライルがテンパってると、ワシ超冷静。

 今ならどんな女子でも全方位対応可能だな。嘘ですごめんなさい。


 ワシは【収納】を展開し、中からテントを取り出す。


「あーっ!!」


 すると、ライルが此方を指差しながら大声で叫んだ。うるさいな。


「何なのだ突然」

「そういえば僕、コレのこと教えてもらってないよ! ちゃんと説明するって言ったじゃない!」


 いや、言ったけども。

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