第30話 魔術と出発と

「もう、どこほっつき歩いてたのさ!」


 案の定、店で待ちぼうけを食らったライルは、ぷりぷりと怒っていた。

 だから、頬を膨らますな。その怒り方、正に女子だぞ。


「とっくに必要な物も買い揃えちゃったよ」


 そう言うと、食糧などでパンパンになった大きめのザックを叩く。


「すまん、ちと野暮用でな。だが、資金は手に入れたので、代金の半分を支払おう。幾らだ?」


 ライルが半目でワシを睨みつける。何故!?


「……シード、遅れて来たのって、まさか……」

「おい。何か良からぬことを想像しておらんか?」


 ライルめ、ワシが犯罪を犯して金策に走ったとでも思っているのではないか?

 その答えは否、断じて否だ。


「これは、元々ワシが持ち合わせていた物を売り払って金に換えただけだ。決して疚しい金ではないぞ」


 ワシははっきりと言ってやった。

 こういうのは、堂々としていないと、益々疑われかねんからな。


「へえ〜、確かに身なりは良さそうだからね。ま、背広姿の冒険者っていうのはどうかと思うけど」


 む、そんな目で見るな。

 大体、ワシは〈魔術師〉なのだから、服装は何でも良いのだ。

 というか、この一張羅しか無いだけではあるが。


「兎に角、金を払うから、幾らかかったか教えてくれ」

「えーと……全部で銀貨三枚だけど、シードは後輩だし、毟り取っても可哀想だから、銀貨一枚で良いよ」


 ライルはそう言うが、ワシは敢えて銀貨一枚と大銅貨五枚を渡す。

 馬鹿にされて悔しいから、キッチリ払ってやる。


「ちょっと、先輩の言うこと聞けないの?」

「聞けん」


 ライルは口を尖らせてブーブー言うが、そんなものは無視だ無視。


「むう、可愛くない後輩だ……まあいいや、じゃあ早速、マルヴァン山へ出発しよう! …………………………重い」


 そこまで詰め込んだら、それはな。

 だが、少し非力過ぎはしないか?


「ふむふむ。ライル先輩殿は、この程度の荷物も持てんと見える。仕方ない、ワシが持つとしよう」

「フン! 僕の職業は〈斥候〉だから、力が無くても良いんだよ!」


 ライルは拗ねて、プイ、と横へ顔を背ける。

 やれやれ、しょうがないのでライルからザックを奪う、が。


 何だ!? やたらと重いぞ!?

 これ、一体何が入っているのだ!?


「……ライル。お主、この中に何を入れている?」

「え? 何って、水に食糧に、調理道具、テントに寝袋にランタンに地図にコンパス、あと着替えくらいだけど」


 うむ、特に変な物は入っておらんな。

 なら、何故こんなにも重いのだ?

 ワシは念のため、ザックの中を確認する。


「………オイ、この食材の量は何だ? しかも、この無駄に大きな鍋とか、多過ぎる包丁とかまな板とかおたまとか、皿とかフォークとかナイフとかどうするつもりだ?」

「何言ってるのさ! 冒険者にとって食事は重要だよ! 食事が不味いせいで、パーティーが解散したりするんだからね!」


 ライルが顔を真っ赤にして力説するが、はっきりと言っておこう。


「……ライル、ワシ達のパーティーは何人だ?」

「そんなの、僕と君だけに決まってるじゃないか!」

「じゃあこの食糧は何日分だ! 食器の数は何だ! おまけにこの鍋のサイズ! 一体何人分の食事を用意する気だ!」

「いや、シードも男だから、沢山食べるかと思って……」

「食えるか! それとも何か? お主はこれだけの量を食い切れるのか! 」


 ワシが捲し立てるように怒ると、ライルはシュン、として声がどんどん小さくなっていった。


「……だって、しょうがないじゃないか……僕だって初めてパーティー組むし、他の男と食事したこと無いんだから……」


 ライルはジッと俯き、肩を震わせて消え入るような声になった。


 何これ? 何でワシがライルを苛めたみたいになってるの?


 そして、ここでライルがとどめの一撃を放つ。


「……初めてパーティー組んで、仲間ができて、嬉しかったんだ……シードに、喜んで欲しかったんだ………………ぐすっ」


……………………………………………………………………………………グハッ!


 何なの!? もうコイツ何なの!?

 女子じゃん! 男のくせに女子じゃんよ!!

 そこまでしてワシに間違いを起こさせたいの!?


「……兎に角、こんなに食材も調理道具も要らん。要らんが、捨てる訳にもいかんし……仕方ない、依頼を達成するまで、ワシが預かっておいてやる」


 そう言うと、グズっていたライルは、途端に機嫌が良くなり、パア、と顔を綻ばせた。ああ、もう。


「兎に角、荷物を持って店の裏に行くぞ」

「店の裏? 何で?」

「行けば分かる」


 ワシは大量詰め込まれたザックを両手で持ち上げ、店の裏へと移動する。重。

 ライルも怪訝な顔をしながらも、ワシの後をついてきた。


「ここで良いか」


 店の裏の人気の無い場所に来ると、ワシは【収納】を展開し、くっそ重いザックを【収納】の中に放り込んだ。


「ふう、これで楽になった」


 ふと、目をやると、目の前には唖然とした表情で立ち尽くしているライルがいた。


「シ、シード、それって何!?」

「ああ、丁度説明しようと思っていたところだ。ワシは、この世界にある魔法とは違う、“魔術”というものを使うことが出来る。これは、その内の一つで、【収納】という魔術だ」


 ワシの説明を聞いたライルは、ポカンと口を開けている。

 これを初めて見た者は皆この表情をするから、さすがに慣れたな。


「…………………ねえ」


 呆けた状態から復帰したライルが、低い声で呼び掛けてくる。


「む? 何だ?」

「何だ? じゃないよ! 荷物多くても全然余裕じゃないか! これじゃ僕、ただの怒られ損だよ!」


 どうやらライルは、【収納】があるにもかかわらず、ワシに怒られたのがお気に召さんらしい。


「いや、【収納】があるから大荷物でも良い、という話にはならんだろう。大体、【収納】が無ければ、食糧も道具も捨てるだけだったぞ」

「ぐう……」


 正論ぶつけたら、ぐうの音も出んようだ。だが、本当に「ぐう」なんて言うとは思わなんだよ。


「全く、ワシの斜め上を行きおる。まあ良い、マルヴァン山へと向かうとしようか」

「うう……釈然としない……」

「まだ言うか」


 はあ、やれやれ。此奴は……。


「では「ちょっと待って」」


 っ!? 何だ?

 ワシのノリノリの気分を害しおって……。


「何なのだ一体」

「……実は、シードに謝らないといけないことがあって……」


 ……まさか、まだ荷物を追加するとか言い出すんじゃないだろうな。

 その時は、断固拒否する所存。


「……何だ?」


 言いづらそうにしているライルが、唇をキュ、と噛むと、ポツリと言った。


「……今回の依頼の行程は、全体で一か月って考えてるんだけど……実は、街とマルヴァン山を週に四……いや、三往復させて欲しいんだ……」

「ふむ。ライル、マルヴァン山までの距離は、どれくらいだったか?」

「……三〇ケメト」

「歩いて片道五、六時間か」


 ライルは俯き、手をギュッと握りしめていた。


 確かに言いづらいだろうな。

 一週間のうち、歩いて三往復もしたら、合計四日も移動に潰れ、マグの葉の採集なぞままならんだろうからな。


 まあ、他の奴等ならばな。


 それよりも、だ。

 何故、三往復もするのか、理由を問い質さねばな。


「で、理由は聞かせてもらえるのか?」

「………実は、僕には一四歳の妹と、八歳になる双子の弟がいるんだ……両親が死んで、僕が妹弟の面倒をみないといけないから………だから、その……本当に……ゴメン……」


 ずっと顔を伏せたまま、たどたどしく、ライルが話した。

 ハア、全く……。

 ワシは溜息を吐くと、ライルに軽く拳骨をお見舞いした。


「痛っ!? 何するのさ!」


 ライルが、両手で頭を抑え、涙目で訴えてくる。


「バカモン。お主は家族のために敢えて往復するのであろう? ならば一々謝るな。胸を張れ。その程度、いくらでも付き合ってやる」

「っ! あ、ありがとう!」


 ライルは嬉しさのあまり、今にも飛びついて来そうになるが、ワシは手で制した。


「それよりもだ」

「?」


 ライルがキョトンとして首を傾げた。

 全く、コロコロと表情を変えて忙しい奴だ。


「やっぱり食糧も道具もそんなにいらなかったではないか!」

「うわあ!? ゴメン!」


 ふう、ライルはイケメンだから、さぞや“持っている”者だと思っておったが、よもやここまでポンコツだとは思わなんだ。

 これは、今後はワシがしっかりせねばな。


「よし……もうこれ以上言うことはないな?」

「え? 振りなの?」

「違う」


 ヴリトラに続き、お前もか。


「では今度こそ……いざ、マルヴァン山へ!」

「おー!」

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