第29話 ラーデン殿と商談と

「す、凄い……僕も正確な鑑定眼がある訳じゃないからはっきりとは言えないけど……この赤い宝石はひょっとして、『女神の血』!? こっちの黄色の宝石は『覇王の卵』か!? じゃあこの緑の宝石は、『シルフィエール』!?」


 ラーデン殿は、宝石を手に取っては驚嘆の声を上げるが、正直ワシにはさっぱり解らん。

 そもそも、ヴリトラの奴に適当に貰っただけだからな。


「シシ、シード君! この中のどれか一つだけで良いんだ、ぼ、僕に売ってはもらえないだろうか!」


 ラーデン殿は興奮し、テーブルから身を乗り出しながら、頼み込んできた。

 元より宝石をラーデン殿に買い取ってもらおうと考えていたから、こっちとしても願ったり叶ったりである。


「うむ、勿論良いぞ。で、どれにする?」

「え、ええと……ちょっと待って……ククルー! ククルー!」


 悩んでるかと思ったら、突然大声でククル殿を呼んだ!?

 すると、駆け足がの音が聞こえてきて、扉が勢いよく開いた。


「なんなんすか若旦那。ウチは今、シードさんに最高級のお茶を用意してたところっすよ」

「そ、それどころじゃないよ! 兎に角、急いで宝石鑑定士の手配と、ああそうだ、今すぐ用意出来る現金は幾らある?」

「っ! 直ぐ確認するっす!」


 捲し立てるようにラーデン殿がククル殿に指示を出すと、只事ではない雰囲気を感じ取ったのか、直ちに行動に移し、急いで部屋を出た。

 ラーデン殿は引き続き宝石をまじまじと見つめているが、ワシは暇であるので、ボーッとしながら窓から景色を眺めていた。


 暫くすると、ククル殿が鑑定士を連れて部屋に入ってきた。


「若旦那、連れてきたっす!」

「ありがとう! 早速すまないが、テーブルにある宝石の鑑定を頼む!」


 促されたククル殿と鑑定士は、テーブルにある宝石な数々を見て、驚きのあまり一瞬固まった。

 だが、直ぐに我に返って、鑑定士は宝石の鑑定を行う。

 その様子を、ラーデン殿とククル殿は固唾を飲んで見守っている。


 そして、


「……全て本物です。私も一度だけ現物を見たことがありますが、ここにあるものは、それよりも純度も高く、サイズも大きい……今、この世界で知られているものは、全て国宝級ですが、これらはそれ以上の価値があります……」


 鑑定士は、感嘆の溜め息を吐いた。

 さて、それで結局、これは一体幾らになるのだ?


「……若旦那、今直ぐにこの店で集められる額は、白金貨三〇枚っす……多分、この宝石一つにも満たないっす……そうっすよね?」

「そうですね……敢えて評価額を付けるとすれば、白金貨五〇枚は固いですね」


……ちょっとこの金額は予想外である。

金貨一枚くらいになれば良いな〜くらいに考えていたので、逆に恐縮しきりである。


「……シード君、頼む! 足りない分は必ず準備する! だから、白金貨三〇枚を手付けにして一つ譲ってくれ!」


 ラーデン殿が懇願する。正直世話にもなっているし、これからも迷惑をかけることもあるだろう。

 だから、ワシは逆に提案した。


「ラーデン殿、さすがに店の金全部では、経営にも支障が出るだろう。ということで、値段は白金貨一枚で良い。後は、ワシの服は一張羅ゆえ、同じ背広を何着か仕立ててくれると助かる」


 ラーデン殿達が唖然としている。


「ほ、本当にそんなので良いのかい!? 王族のコレクターとかに売ったら、下手をすれば白金貨一〇〇枚で売れたりするんだよ!?」

「構わん。別にこれで商売をしたい訳ではないしな。今後のことを考えても、多過ぎるくらいだ。で、どれにする?」


 ワシは両手を広げて促す。

 ラーデン殿は、顎を摩りながら、宝石をまじまじと見つめる。


「ううん……『シルフィエール』ならエルフの女王は喉から手が出る程欲しがるだろうし、『覇王の卵』は新興国の”グロズヌイ帝国”、『女神の血』だと“パルメ大聖国”や西方諸国が挙って名乗りを上げるだろうなあ……うう、迷うね……」

「ならば、『女神の血』にした方が良いのではないか? この国も西方諸国な訳だし、買い手もつきやすいと思うが」


 だが、ラーデン殿は渋い表情をした。


「……いや、やっぱり『覇王の卵』にするよ……『女神の血』は、教会やタチの悪い王族、貴族に狙われる可能性が高いから……」


 ふむ、何とも世知辛い話だな。


「分かった。では、『覇王の卵』をラーデン殿に譲ろう」

「ありがとうっ!」


 ラーデン殿はワシの右手を両手で強く握り、ブンブンと上下に振る。

 これ程喜んでもらえて何よりだ。ワシの懐もウハウハだしな。


「では、契約書と代金を用意するっす! 少し待ってて欲しいっす!」


 そう言って、ククル殿は部屋を出た。

 あれ? 鑑定士は出て行かなくてよいのか?


「では鑑定士殿は、宝石の鑑定書の作成を頼むよ」

「かしこまりました、支店長」


 ああ、そういうことか。

 鑑定士はラーデン殿に一礼し、部屋を出た。


「うーん、さすがは“魔王”ってことなのかな。こんな凄い宝石をこんなに持ってるなんて」

「そうかなあ……ワシも部下に貰っただけだからなあ。宝石の価値も解らんし。まあ、これで金の心配をしなくても良いのは有難いが」

「いや、何言ってるの。お金の心配どころか、下手をすれば国一つ買えるくらいだからね?」


 さすがにそれは言い過ぎではなかろうか。

 なんだろう、人界ではなんでこんなものにそれ程の価値をつけるのだろう?


「お待たせっす! お金を用意したっす!」


 ククル殿は部屋の中へ意気揚々と入り、テーブルに白金貨一枚をテーブルに乗せる。


「此方が『覇王の卵』の購入代金っす! 確認して欲しいっす!」


 ワシはその一枚を取ると、ククル殿にそのまま渡す。


「? これは何っすか?」

「ああ、すまん。このままだと使いづらいので、両替を頼みたい。で、これはその手間賃代わりだ」


 徐に『シルフィエール』という宝石を掴み、ククル殿の前に差し出した。


「ちょちょちょちょちょちょちょちょっと!? 何言い出すっすか!? いや、さすがに受け取れないっすよ!」

「いやいや。多分、ククル殿にはラーデン殿以上に迷惑をかけそうだし、今後の詫びも兼ねてなんだが」

「それでもおかしいっすよ! そんな誰かに簡単にあげたりしちゃ駄目っすよ!」

「別に誰彼構わずやる訳ではないぞ? ククル殿だからあげるのだが」

「はわわっ!?」


 ククル殿が顔を真っ赤にして、変な声をあげた。

 正直、ククル殿への信頼の証なのだから、何も言わず素直に受け取って欲しいのだが。


「ももも、もしかして、そういうこと……っすか?」


 ククル殿がおずおずと尋ねてくる。

 そういうことって、どういうこと?


「よく分からんが、ククル殿には今後世話になるということだが……」

「っ!?」


 ククル殿はさらに顔を赤くし、モジモジしながら俯いている。


「……シード君、念のため確認するけど……ロリコ〇じゃない、よね……?」


 今ここでそれ聞く!?


「断じて違う!!」


 ここは全力で否定させていただく。


「……分かったっす。取り敢えず、『シルフィエール』は預かっておくっす。言っときますが、“預かる”だけっすからね?」

「速攻売り飛ばしてくれても構わんのだが」

「そそ、そんなこと、出来ねえっす……」


 ククル殿は、受け取った『シルフィエール』を布に包み、両手で大事そうに抱えた。

 なんだろう。たった今ロリコンを否定したばかりなのに、恥ずかしそうにするククル殿を見て、一人の素敵女子としてカワイイと思ってしまうワシがいるのだが。


「……では、これで一通り用事は終わったかな。ラーデン殿、これ以外の宝石についてもラーデン殿以外に売るつもりはないから、欲しい時には言ってくれ」

「い、いいのかい!?」

「勿論。売るなら信頼する者だけだ」


 やれやれ。取り敢えず、この店での目的は果たしたぞ。

 後は……………………………………………あっ!?


 いかん、ライルのことを忘れてた………。



■ククル視点


「……まさか、こんな代物を渡されるなんて、思ってもみなかったっす」


 ウチは、シードさんから預かったシルフィエールを机に置き、まじまじと見つめる。

 大体、売り飛ばそうが何しようが、ウチの好きにして良いなんて、おかしいにも程がある。何しろ、シルフィエールといえば、小さな国一つ買える程の価値のある宝石だ。特に、“エルフ族”にとっては。


 だが。


「……“精霊王”様、遂に見つけたっすよ」

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