第36話 説明と散歩と
さて、と。
ワシはこれからどうするかな、などと考えていたら、待合室の入口でメルザ殿が此方を見ていた。
目が合うと、軽く会釈をして此方へと近寄って来た。
「シードさん、少しお話ししてもよろしいですか?」
「も、勿論! ささ、どうぞ此方へ」
ワシは慌てて席を立ち、先程までライルが座っていた場所へと誘導する。
「失礼します」
メルザ殿がチョコンと座り、ワシも元いた席に座り直す。めっちゃカワイイ。
「で、は、話とは?」
「あ、すいません。いくつかありまして……先ず先程の話ですが、あれ、嘘ですよね……?」
ヤバイ、バレてる。
それもそうだ。いくら馬が速いとはいえ、昨日の昼から今までの間で、あの量を採集して戻れる訳がない。
だがどうする? このままシラを切るか?
いや……出来れば、メルザ殿に対して、ワシは誠実でありたい。
「……メ、メルザ殿、これから話すことは、秘密にしていただけると……」
「は、はい。誓って」
ワシは俯き、ふう、と一息つくと、改めてメルザ殿に向き直った。
「……ワシが全ての属性の魔法を使える、ということは、冒険者登録の際に話したと思うが、実は……正確には、魔法ではなく、“魔術”を使うのだ」
「……“魔術”……?」
メルザ殿が訝しげな顔をする。
「う、うむ。ワシの故郷で使われておる。この“魔術”は、魔法と同じく“火水風土光闇”の六属性があるが、こ、この他に“空”と“無”の属性がある。一方、“聖”と“邪”の属性がないのだが……ワ、ワシは、共通の六属性と、その二属性の八属性が使え……ます……」
ワシの告白に、メルザ殿は目を見開き、驚きの表情を浮かべる。
「……俄かに信じられません……」
「だと思う……少し場所を変えよう」
そう言うと席を立ち、メルザ殿をギルドの裏へと連れて行く。
メルザ殿は、益々不審な目を向けるが、お願いだからそんな目で見ないで欲しい。お陰でワシのメンタルは崩壊寸前である。
兎に角、早々に”魔術”を見せて、メルザ殿の目を、何時も柔らかな眼差しに変えて貰わねば。
「……で、ではメルザ殿、今から“魔術”をお見せ、しよう……【収納】」
ワシは【収納】を展開し、中からおたまを取り出した……おたま!? 何でおたま!?
……そういえば、調理道具とかテントとか、マルヴァン山に持って行ったもの一式、ライルに返すの忘れてた。
まあ、どうせ明日もライルと一緒にマグの葉を採集するから良いか。
「……コホン。えー、これは【収納】という魔術であって、空属性に該当す……します。特徴は、この穴に色々なものを出し入れでき、穴の中では劣化することはない。但し、生き物は入れることは出来……ません」
ここまで説明すると、メルザ殿は口をポカンと開け、呆けてしまっていた。
「ほ、他には、メルザ殿が疑問に思っていた移動方法だが、これは、い、一緒にしてみた方が解り易いかと……」
ワシは右手を恐る恐るメルザ殿に差し出した。
「その……右手を握っていただけると……」
「あ、は、はい……これでよろしいですか?」
メルザ殿はおずおずと、ワシの右手を握手するように握った。
「で、では、しっかりと手を握って……いて、ください。【転移】」
そう言うと、一瞬のうちに周囲の景色が変わった。目の前に現れたそこは、マルヴァン山で昨晩野営した場所だった。
「っ!? ……ここ、は……!?」
メルザ殿が驚愕のあまり目を見開くと、直ぐさまつないでいた手を切り離しざまにワシから距離を取って腰を低く落とし、警戒の色を露わにする。
ワシは、普段の和かな笑顔を見せるメルザ殿とのギャップに戸惑い、思わず怯んでしまった。
冷静になろうと身を正して深呼吸をし、改めてメルザ殿を見ると、普段とは違うカッコ可愛さに、逆に冷静ではいられなくなってしまった。
とはいえ、今後口を聞いて貰えなくなってしまっては悲しすぎるので、早々に誤解を解かねば。
「あ、あの、ここはマルヴァン山の麓で、ワシとライルが野営をしていた場所なのだ」
「マ、マルヴァン山!? あの一瞬で、こんなところまで来たのですか!?」
メルザ殿は信じられないといった表情で、引き続き警戒しつつ此方を見つめる。
「う、うむ。目の前の山を見て貰えば、信じて貰えると思う」
ワシが山へと指差すと、メルザ殿は山に視線を移した。
「……す……ごい……!」
メルザ殿は一言だけ呟き、山を凝視したまま固まってしまった。
暫くその状態が続いたが、僅かに硬直が解けると、メルザ殿は此方へと向き直り、そして、
「ど、どうして……どうしてこんなことが出来るんですか……!?」
と、震える声で尋ねてきた。
「あ、ああ。こ、これはワシの故郷の国のみに伝わるものであってだな」
ワシはライルと同じ説明をするが、メルザ殿の雰囲気に気圧され、しどろもどろになってしまった。
「……ダイワ皇国、ではないですよね……?」
「………………」
ワシは、はいともいいえとも言えず、無言で目を逸らした。
正直、メルザ殿に嘘を吐きたくないが、本当のことを言って、メルザ殿に避けられたくない。
この人界では一千年前、時の大魔王の手により、滅亡の危機に瀕したと”信じられている"。
ギデオン殿達は、元大魔王であるワシのことを色眼鏡を掛けずに付き合ってくれているが、誰しもがそうではない。寧ろ、ギデオン殿達が稀有なのだ。
ワシはその事実を心の中で反芻し、じっと口を噤む。
すると、急にメルザ殿から張り詰めた雰囲気が解け、先程までの不審なものを見るような目から、少し申し訳なさが混じりながらも、柔らかな眼差しに変わった。
「……ふう。変なこと聞いてすいません、忘れてください……誰でも、言いたくないことの一つや二つ、ありますよね……だから、お願いですから、その、そんな顔、しないでください……」
ワシは今、どんな顔をしているというのだろうか。
メルザ殿が、苦しそうで、今にも泣き出しそうな表情になっていた。
ああ、ワシは本当にダメな男だな。
「ワハハハハ! メルザ殿が何を言っているのか分からんが、ワシは何時もと変わらんぞ! 取り敢えず、ワシの魔術について知って貰えたと思うが、折角だから、もう少しワシの魔術に付き合ってみんか?」
ワシはメルザ殿の曇った表情を笑顔に変えようと、魔界で何時も張り付けていた仮面を付け(ワシは”大魔王モード”と呼んでいる)、敢えて満面の笑みを浮かべ、そんなことを提案した。
「あ、え、ええ」
メルザ殿はよく分からないまま、曖昧に返事をしたが、ワシの顔が笑っているのを見て、少し微笑んだ。
良かった。
「それではメルザ殿、少々失礼するぞ」
「え!? ふええ!?」
ワシは、メルザ殿の側へと行くと、そのまま横抱きにした。所謂お姫様抱っこというやつだ。
メルザ殿は、突然のことに目を丸くしている。
「メルザ殿、念のため、しっかり掴まっていてくれ」
「は、はい」
メルザ殿は不安そうにしながらも、ワシの言うことを聞き、ワシの首に腕を回した。
「では行くぞ! 【風脚】」
そう言って、マルヴァン山の上空まで一気に飛んだ。
「え、えええええええええっ!?」
今も上昇を続ける状況に、メルザ殿は驚きとも疑問ともつかない声を上げる。
そして、かなり上空まで来たところで上昇を止めた。
「ようこそ、空の世界へ」
ワシとメルザ殿の前には、マルヴァン山の頂と、どこまでも続く地平が広がっていた。
「す……凄い……」
メルザ殿は思わず感嘆の声を上げ、どこか恍惚とした表情で景色を眺めていた。
そんなメルザ殿の横顔に、ワシは只々見惚れていた。
「あ、あれ!」
メルザ殿が何かに気付いたかのように指を指した。その先には、一つの街があった。
「ああ、あの方角はルインズの街だな」
「……街を上から眺めたら、こんな風に見えるんですね」
メルザ殿は景色を、ワシはメルザ殿の横顔を堪能しながら、上空で暫く佇む。
すると、一陣の風が吹き、メルザ殿の髪が少し乱れたので、ワシはそっとメルザ殿の耳にかけ直した。
「あ……」
メルザ殿が少々の驚きと恥ずかしさからか、身体をビクッとさせ、顔を埋める。
ワシも、何故こんなことが出来たのか不思議に思いつつも、かなり恥ずかしくなったので、それを誤魔化すために顔を横に向け、虚空に目をやった。
「そ、そろそろ地上に戻りませんか?」
「あ、ああ、そうだな!」
ワシとメルザ殿は、微妙になった空気を変えるため、どちらともなく提案し、それに乗った。
ワシは上昇した時よりもゆっくりと降下し、地上に着地すると、メルザ殿を静かに降ろした。
「……はあ、こんな体験、生まれて初めてです……今日、空から見た景色は、一生忘れられそうにありません……」
メルザ殿は手を胸に当て、ほう、と溜息を吐いた。
「ご希望とあらば、何時でも喜んで」
ワシは右手を胸に当て、少々戯けて会釈した。
「うふふ、その時は是非お願いします」
優しく微笑んでいるメルザ殿を見て、空への散歩に招待して良かったと実感した。
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