第19話 貞操と危機と
「……あれ? おかしいぞ? ワシの目に、何やら変態が見えるのだが……」
ワシは目をゴシゴシと擦り、再度、その物体に目を凝らす。
うむ、やはり変態だった。
だが、はて? 何故、冒険者ギルドに変態がいるのだ?
「ギデオン殿、つかぬ事を聞くが、間違ってなければ、アレは変態という奴だと認識しているが……」
「アレが、此処のギルドマスターだ……因みに解ってると思うが、男だ」
ギデオン殿が右手で顔を押さえ、何かを観念したかのように俯いた。
ギデオン殿の言葉に耳を疑ったワシは、その場で唖然としていると、変態のギルドマスターが此方に近づいてきた。
「あらあぁぁぁあっ! お帰りギデオンちゃん! ミミちゃん! 無事依頼は達成出来たかしら? と・こ・ろ・で、この可愛らしい坊やは誰かしら?」
変態はギデオン殿達に話しかけてるにも関わらず、本人達には目もくれず、思い切り至近距離でクネクネしながらワシを凝視してくる。
すいません、物凄く顔が近いです。お陰で鼻息が凄く当たってますが?
しかも、香水の匂いがキツ過ぎてクッサいです。
「マスター……頼むから、そいつから離れてやってくれ……あと服着ろ」
「……シードが辛そう……あと服着て」
「あらあら、“シード”って言うのね! 良い名前じゃないっ!」
助け船と着衣を促すギデオン殿達の意見には全く耳を貸さず、ワシの名前だけを的確に拾い上げ、会話を繋げようとしてくる。
「貴方の名前を伺っちゃったら、ワタシも名乗らなきゃダメよねえ? ワタシはアイリン=フリードリヒ、ルインズの冒険者ギルドでマスターをしてるわ」
ふむ、アイリン殿か。
取り敢えず、抱きつこうとするのは、やめていただきたい。
だが、名乗られた以上は、ワシも名乗らねばな。
ワシは、一歩後退りして、身を正す。
「ワシはシード=アートマンと言う。此処より東方の国『ダイワ皇国』より参った。よろしく頼む」
因みに、ラーデン殿から人界における魔王の伝説が与える影響を考え、ワシが魔界から来た元大魔王であることは秘密にした方が良いとの注告を受けた。
このため、東方にある『ダイワ皇国』出身ということにしている。
この国の人族は、ワシと同じ黒髪に黒眼らしく、カモフラージュするには良いとのことだ。
そして、ワシは名乗ると同時に右手を差し出そうとしたが、直ぐに引っ込めた。
だってアイリン殿が、右腕に絡み付こうとしてるのだから。
「まあ! やっぱり良い名前ねえ! アイリン=アートマン、良い響きだと思わない?」
思いませんが何か?
寧ろ、そんな未来は永遠に訪れませんから。
「……で、だ。そろそろ二人には助けてもらいたいのだが」
ワシはジト目で、離れて傍観している二人を見やる。
「お、おう。マスター、取り敢えずシードから離れてやってくれ……それと、今回の依頼達成証明とラーデンの旦那の推薦状だ。確認してくれ」
「……ふう、しょうがないわねえ……お楽しみを邪魔する奴は潰して折り畳むんだけど、可愛いギデオンちゃんの頼みだから、今回は此処までにしておくわ」
そう言うと、やっとアイリン殿が離れてくれた。
だが、名残惜しいのか、ワシの背広の裾を指でつまんでいる。
そんなことをしても、可愛くないからな?
「じゃあ、三人とも付いてらっしゃい。中で確認するわ」
アイリン殿は右手をヒラヒラさせながら、ギルドへと向かう。
ワシ達はその後に付いて行き、そのまま建物の中へと入った。
ギルドの中は、外観とは打って変わり、普通の内装だった。
また、ギルド内は冒険者達の喧騒で溢れており、ギルドに設置されているテーブルや椅子では冒険者達が雑談や打ち合わせに興じていた。
壁には色々な羊皮紙が掲示されており、一部の冒険者は繁々とそれを眺めている。おそらく、依頼内容が掲示されているのだろう。
入口から正面には、受付窓口が三箇所あり、それぞれに冒険者が順番待ちをしていた。
そして、ワシは戦慄した。
なんと、受付で対応している職員は、全て女子ではないか!?
しかも全員、容姿端麗ときている!?
冒険者になるというのは、これ程までに至難であるのかと、思わず打ち拉がれてしまう。
だが!
ワシも魔界にいたあの頃とは違うのだ!
何せ、初めは目を合わせることすら敵わなかったミミ殿とも、今では二言三言、会話を交わすことが出来るようになったのだ。
しかも、容姿という点においては、ミミ殿は受付にいる職員達に引けを取らない。
そう、今なら職員達と会話しても、ここまでに鍛えたトークスキルで、職員達とキャッキャウフフと会話も弾み、あわよくば良い仲となって”リア充”を手に入れることも……!
すると、ふと、ポンと肩を叩かれた。
何なのだ、ワシは今、対ギルド職員戦をシミュレートして作戦を練るのに忙しいのだが……。
渋々振り返ると、ミミ殿が残念なものでも見るかのような顔をしている。
「……シード。気をつけないと、本当に捕まるよ」
隣では、ギデオン殿が腕を組んでウンウンと頷いている。
「な、何故だ!? ワシは何もしておらんぞ!?」
「……だけど、シードが舐め回すように見るから、受付嬢のみんな怯えてる。普段から柄の悪い冒険者を見慣れてる筈の受付嬢が」
「いや!? 普通に眺めてただけだが!?」
「……シードの目、犯罪者と同じ目をしてるから」
「ヒドイ」
嗚呼、ワシは、ただ綺麗な女子を見て、ささやかな夢を見ることすら許されんのか……。
「ほらほら貴方達、うちの娘達に見惚れてないの。見惚れるならワタシにして、コッチにいらっしゃい」
いつの間にか、受付の奥に入っていたアイリン殿が手招きする。
ワシ達は、受付横の通用口を抜け、奥へと進む。
通用口を通過する途中で職員達を横目で見ると、一斉に目を逸らされた……いや、一人だけ、クスクスと笑っている職員がいた。
その職員は、茶色の髪を三つ編みアップをバレッタで纏めており、眼鏡を掛けた優しそうな印象の小柄な女子だった。
だが、それ以上に、その職員は小柄であるにもかかわらず、その胸に聳え立つ二つの山は、凄まじい破壊力を秘めていた。
「……本当に捕まるよ?」
後ろからミミ殿の忠告を受け、慌てて視線を逸らし、足早に進んだ。
ギルドマスターの執務室へと案内され、いつの間にかピチピチのスーツを着たアイリン殿に促され、全員、椅子に腰掛けると、アイリン殿はギデオン殿から渡された封書を開け、ラーデン殿からの推薦状を取り出す。
「……ふむ」
推薦状に一通り目を通し、アイリン殿が一息つくと、まじまじとワシの顔を見る。
「……この手紙に書いてあること、本当なのかしら? 俄かに信じられないんだけど……」
「その推薦状には、何が書いてあったのだ?」
「貴方達が“白の旅団”に襲われたこと、シードちゃんがとんでもない〈魔法使い〉で、“白の旅団”を撃退したこと、旅団を率いていた男の背中に羽が生えたってことかしら。勿論、ギデオンちゃん達の評価もしっかり書いてあるわよ」
そう言うと、アイリン殿は溜息を吐く。
「推薦の話は置いといて、だ。その中身は事実だぜ。正直、シードがいなかったら、俺達は全員死んでたな」
「……(コクコク)」
ギデオン殿が肯定し、ミミ殿が頷く。
「そう……しかし、こんなに可愛いくて、おまけにとんでもなく強いだなんて……ワタシ、ワタシ……」
アイリン殿が俯き、肩を震わせる。
突然現れ、賊を退けたワシを不審に思ったのだろう。やはりアイリン殿も組織の上に立つ者。そう考えるのも仕方がない。
「どうしましょう! ワタシ、シードちゃんに惚れちゃったわああぁぁぁああ!」
ええええええええええっ!?
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