第18話 ソクラス正教と変態と
店を出たワシ達は、冒険者ギルドを目指し、大通りを歩いて行く。すると、やたらと大きな白い建物が目に付いた。
「ギデオン殿、あの白い建物は何だ?」
ワシは白い建物を指差してギデオン殿に尋ねた。
「ああ、あれか? あれは教会だな」
「教会?」
何だか聞き慣れぬ言葉だな。『人界の歩き方』にもそのようなものは載っていなかったしな。
「何だ、教会を知らねえのか?」
「うむ」
「うーん、これも文化の違いってやつか。いいか、教会ってのは、神様を祀ってる所だ」
「神様?」
「ああ。この国もそうだが、西方諸国は殆どが正神ソクラスをたった一人の神とした、ソクラス正教を信仰してる」
正神ソクラス、か……。
因みに、魔界は良くも悪くも力が全てであるため、神と呼ぶような輩なんぞに縋るような物好きはおらん。
「何だ、聞いてきた割に反応が薄いな。そうだ、良いことを教えてやる。実はな、病気や怪我とかした場合は、教会の世話になるんだ」
「何だそれは?」
病に罹ったり怪我をすれば、普通は医者にかかるではないのか? ひょっとしてその教会とやらに医者がいるのか?
そもそも、治療の考え方が魔界と人界で大きく違うのだろうか。
「いやな、この世界じゃ、治療する方法は、薬やポーション、或いは聖属性魔法なんかで治すんだがよ」
「ふむ……いやいや待て待て、薬は言わずもがな、聖属性魔法については教えてもらったから解るが、”ポーション”とは一体どういったモノなのだ?」
「おっと、ポーションも知らねえのか。いいか、例えば薬だったら、薬草なんかを材料に調合したもんだろ?」
「うむ」
ワシはギデオン殿の言葉に相槌を打つ。
「で、ポーションってのはな、それに加えて聖属性魔法で魔力を籠めた、所謂“魔法薬”と呼ばれるものに分類されていて、それを飲めば忽ち怪我が治るんだ。ま、怪我の度合いにもよるけどな」
横で、ミミ殿がコクコク、と頷く。どうやらギデオン殿の説明は間違っていないようだ。いや、別に今までギデオン殿の説明が間違っていたことはないのだが、妙に説得力がないというか何というか……。
まあ、とてもそんなことを本人には言えんがな。
「ふむ、成程。で?」
“魔法薬”というこれまた聞き慣れん単語が出てきたが、取り敢えずそれは置いといて、話を先に進めるようギデオン殿に促す。
「ああ、すまん、話が逸れちまったな。で、だ。教会の奴ら、聖属性魔法が使える奴を神託だ何だと抜かして、全員囲っちまうんだ。するとどうなると思う?」
どうなるも何も……。
「その聖属性魔法の使い手が、全員教会所属になるな」
「そうだ。そして、怪我なんかは聖属性魔法やポーションで治すのが一番手っ取り早いんだが、聖属性魔法の使い手は大半が教会所属だから、魔法で治療するにしても教会に頼るしかねえし、ポーションも聖属性魔法を籠めて作るから、教会の専売なんだよ」
そう言うと、ギデオン殿は少し顔を顰めた。
何故だろう、教会が嫌なのか?
「成程な。とはいえ、怪我が治るのであれば、別に教会であっても構わんだろう?」
すると、ギデオン殿が口元に手をやり、小声で話す。
「……お布施代とやらで、かなりの金を持ってかれるんだよ」
それでは、教会が権力と利益を得るために作ったような仕組みだな。
「なんとも生臭な……先ず問題なのは、聖属性魔法の使い手を教会が囲んでしまうことか」
ここで、もう一つの疑問をぶつける。
「神託とやらなんぞ、無視すれば良いのではないか? そうすれば、教会に所属する聖属性魔法の使い手も減るし、教会を介さずに治療が行えるようになるのではないか?」
すると、ギデオン殿が益々忌々しげな顔になる。
「それが、そうもいかねえんだ。神託を受けた時点で、受けた側は強制連行されちまうんだ」
「おいおい、強制連行とは穏やかでないな。さすがにそれはやり過ぎではないのか?」
「しょうがねえ、この国を含めた各国と、ソクラス正教の総本山の”パルメ大聖国”との間で、そういった協定が結ばれてやがるからな」
まさか国家ぐるみでその下らぬ仕組みに関与しているとは、思いもよらなんだ。
「そんな民にとって害にしかならん仕組みに与するとは、一体、人界の国々は何を考えておるのだ。魔界であれば暴動が起きるぞ」
「いや、それがそうでもねえのよ。西方諸国に住む奴の殆どが信者だし、言い方は悪いが、金さえ払えば確実に魔法で治療してもらえる。それと、教会によっちゃ貧しい者には格安かタダで治療や施しをしたりしてる所もあるからな」
成程、教会全てが悪い、という訳ではないのだな。
「うーん、なかなか難しいものだな。では、この街の教会はどうなのだ?」
「普通じゃね?」
「……この街の教会は適正価格。他にも孤児院を運営してたり、評判も良い」
「ミミ殿、詳しいな」
「……駆け出しの頃、ギルドの依頼で孤児院で子守をしたことがある。それ以来、偶に孤児院に顔を出してる」
どうやらミミ殿は、子どもが好きなようだな。隠れスキルに母属性でもあるのかもしれん。
ただ、ギデオン殿はそのことを知らなかったようで、少し驚いた様子だったが、暫く考え込んだかと思うと、何やら納得した表情を浮かべた。
「……そうか」
「……そう」
二人には、ワシの知らん何かがあるのだろう。
なんだがしんみりした雰囲気になってしまったようなので、ワシは話題を変えることにした。
「ところで、冒険者ギルドは何処にあるのだ? 大通りには、それらしき建物は見当たらんが」
「ああ、ギルドは街の入口の側にあるぜ。まあ、ある意味目立つから直ぐに分かるぞ」
はて? この街に着いた時、そんな目立つような建物あっただろうか?
「……街に入った時は東門だけど、ギルドは北門にある」
ワシが不思議そうに首を傾げている様子を見て、ミミ殿が補足してくれた。
「ま、見てのお楽しみってやつだ」
その後、下らない話をしながら歩いて行くと、冒険者ギルドに到着した。
ギルドは二階建てで、それなりの大きさではある。
それよりも……それよりもだ。
「……ギデオン殿、このピンクの看板は何なのだ? というか、建物自体、何故ピンクで統一されているのだ……?」
「……ギルドマスターの趣味だ……」
建物全体をピンクで統一するというのは、一体どのような趣味なのだろうか……。
む、入口から誰か出てきたぞ?
目を凝らしてよく見ると、出てきた“ソレ”は、とんでもなく異彩を放っていた。
身長は明らかに二メトを超え、筋骨隆々。
ウェーブのかかったセミロングの紫色の髪。
歴戦の勇士の風格を漂わせる顔つき。
落ち着いた佇まい。その動きの一つ一つが、全て流れるように繋がっている。
冒険者として、間違いなく相当な実力者なのだろう。恐らく、ギデオン殿やミミ殿よりも強い。
だが、それらを超える圧倒的なものに目を奪われた。
首から下の全身を網目のタイツで覆い、その上から大事な部分を隠す布の面積がかなり際どい白のビキニの上下。
真っ赤なエナメルのピンヒール。
耳には大きな深い赤色を湛えた宝石のイヤリング。
顔は、かなり濃い目の化粧をしている。
そう、正に“変態”が現れた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます