第1部 交易都市ルインズ編

ライラの章①

第17話 ルインズとお兄ちゃんと

「ほう、此処がルインズの街か! なかなか活気がある街ではないか!」


 ワシはルインズの街の様子に、思わず感嘆の声を上げた。


 ルインズの街は、アドラステア王国の東の辺境に位置する交易都市である。

 辺境とはいえ、東にあるマジャール王国との交易により街は栄えており、人口は王国内で五本の指に入るほどの大規模都市である。

 また、交易都市という性質上、街を行き交う種族も多様であり、それもあって街は異国情緒漂う雰囲気となっている。

 これも、アドラステア王国が他種族に寛容な風土があることが最も多い。


 他の国では、他種族、特に獣人族に対してかなりの偏見を持っている国が殆どだ。

 そして、奴隷制がある国では、犯罪奴隷を除き、獣人族が過半数を占め、人族の奴隷は一部の国を除いて皆無に等しい。 此処、アドラステア王国は先々代の王の時代に奴隷制度は廃止されているものの、他種族を忌避する人や地域も一部には残っている。


 ……というのを、全てギデオン殿達に教わった。


 確かに話に聞いたとおり、様々な人種がいるようだな。

 お、あのウサギような耳と尻尾が生えている人間は、獣人族だな。ふむ、耳と尻尾以外、見た目は人族と特に変わらんな。


 やや! やたら奇麗な女子がいるぞ!

 だが、耳が長いな。ということは、あれがエルフ族か。確かに、残念な胸が全てを物語っておるな……。

 うおう! あのエルフ族の女子、こっちを睨んでおるぞ!?

 まさか、人の心を読むスキルでも有しておるのか!?


 ……あまり女子を眺めぬ方が良さそうだな……。


 ルインズの街をキョロキョロと眺めながら、荷馬車に揺られていると、周辺の建物と比べ、大きめな二階建ての建物の前で停車した。


「ようし、無事到着だ。みんなお疲れ様。積荷を降ろしたら、確認と番頭のチェックを受けてくれ」


 ラーデン殿が、御者達にテキパキと指示を出す。

 すると、建物から数人出てきて、その内、三つ編みをした小さな女の子が近づいてきた。


「今帰ったよ。留守中、何かあったかい?」


 女の子は、ラーデン殿に軽く頭を下げた。


「若旦那、お帰りなさいっす。特に問題はありませんでしたっす」

「それは何よりだ。今積荷を降ろさせてるから、数と状態のチェックを頼むよ」

「分かったっす」


 そう言うと、女の子は建物から出てきた他の者達に指示を出し、積荷をチェックし始めた。

 しかし、あの女の子、顔の周りに何やら靄がかかっているような……うん、気のせいか。


 それよりも。


「ラーデン殿、此処は何処なのだ?」

「ん? ああ、すまない。此処は僕の店だよ」

「ほう、そうなのか。なかなか立派な店構えだな」

「ははは、ありがとう。支店とはいえ、一応この街では一番大きな店だからね」


 ラーデン殿は店を眺めながら、少し胸を張った。


「街一番とは凄いではないか! 何を扱っているのだ?」

「うちは何でも扱ってるよ。武器でも服でも雑貨でも。食料も保存食なら取り扱ってるしね。あとは、他国で買い付けたものや魔物の素材の仲卸なんかもやってるね」

「ほぼ全てではないか!」

「凄いだろう? こんな商売をしてるのは、王国でもうちの店ぐらいだよ!」


 ラーデン殿がますます胸を張り、ムフーッと鼻息を荒げていると、ギデオン殿とミミ殿が此方に近づいてきた。


「旦那、ギルドに報告に行くから、依頼達成証明と推薦状をくれ」

「ああ、そうだったね。証明書と推薦状を書くから、店の中で待っててくれないか」


 ラーデン殿が店の入口に入ると、ワシ達に手招きしてくるので、ワシ達三人は、ラーデン殿の後をついていった。


 店の中は外から見るよりもかなり広く、活気に溢れていた。

 また、店内は取り扱う品物ごとに区割りされており、買い物客は求める商品が置いてある区画で、店員と話しながら買い物を楽しんでいる。

 代金の支払いは、品物の種類に関わらず、入口にある受付で行うようだ。


「成程、様々な品物を一か所でまとめて購入可能にすれば、客は一々店を回らなくて済むし、店側も客の購買意欲を煽り、大量購入に繋げられるという訳か。ううむ、良く考えられているな」

「一目で解ってもらえるなんて嬉しいね! どうだいシード君、良かったら僕と一緒に商売をしないかい?」


 店の工夫を理解した上で、高く評価をしたことが余程嬉しかったのか、ラーデン殿が嬉々としてワシに絡んでくる。


「ラーデン殿、ワシの夢は冒険者になり、”英雄”と呼ばれる男になることだ。折角の誘いは有り難いが……」

「そうだったね。シード君の夢は、冒険者になって女性にモテることだったね」

「いや、言い方言い方」


 すかさずラーデン殿にツッコミを入れるが、事実だけにキレが無い。

 

 などと戯れあいながら店の奥にある部屋へと通された。

 

 部屋には、黒壇でできた上等な机と、革張りのソファーがあり、高級ではあるが品のある調度品が置いてある。


「じゃあ書類を用意するから、ソファーにでも座って寛いでてよ」


 ラーデン殿に促され、ワシ達三人はソファーに腰掛けた。

 次にラーデン殿が鈴を鳴らすと、メイド服を着た若い女子がティーセットを運んできた。

 メイドさんは、カップにお茶を注ぐと、ワシの右側からカップを置いてくれた。


 メイドさんから、すごく良い香りがした。


「……シード、鼻の穴がヒクヒクしてる」

「……うぷぷ、腹が……」


 その様子を見ていたミミ殿は、すごく残念なモノでも見るかのような表情を浮かべ、ギデオン殿は笑いを堪えているのか、俯きながら肩を震わせていた。


 メイドさんは、嫌そうな顔をして、素早くお辞儀をし、慌てて部屋を出て行った。


「……ふう、シード君。お願いだから、うちの従業員に変なことをしないでね……」

「い、いや、ワシ何もしとらんぞ!?」

「……どうやらシードは、存在そのものが女の敵のようね」

「ヒドイ!?」


 そんなやり取りをしているうちに、依頼達成証明書と推薦状が出来たようだ。


「じゃあギデオン君、こっちが依頼達成証明書で、こっちの封蝋がしてある方が推薦状だよ」

「すまねえな、旦那」

「すぐギルドに向かうのかい?」

「ああ。シードの冒険者登録もしてやりたいしな」


 ワシの冒険者登録と聞いて、顔をガバッと持ち上げる。


「本当か!?」

「何驚いてんだよ。街に着いたら、ギルドに連れてってやるって言ったじゃねえか」

「そ、そうであったな! いや、いよいよ冒険者になるかと思うと、つい、な!」

「まあ、浮かれんのは分かるけどよ」


 ギデオン殿がワシを生暖かい目で見ている。

 何このギデオン殿の抱擁力。超憧れるんですけど。


「うむ、では宜しく頼む。ギデオンお兄ちゃん」

「誰が”お兄ちゃん”だ!」

「……シード、良く解ってる。ギデオンの兄属性は半端ない」

「コイツら……」


 ミミ殿が此方に右手を突き出し、サムズアップしてくれたので、ワシもお返しにサムズアップする。

 女子との一体感に思わずドキドキする。

 ギデオン殿は何やら頭を押さえているが、気にすることはない。


「ははは、じゃあさ、冒険者ギルドで用事を済ませたら、大通りにある“春の陽亭”に来てくれないかい? シード君の冒険者登録のお祝いと、ギデオン君とミミ君のA級昇格の前祝いを兼ねてパーっといこうじゃないか」

「そいつはいいや! 当然、旦那の奢りなんだろ?」

「勿論だよ」

「……ラーデン殿、良いのか?」

「何がだい?」

「い、いや……さすがに、知り合ってまだ数日故…」

「何だい、遠慮してるのかい? 君はあの“白の旅団”から僕達を守ってくれたじゃないか。それにね、僕もこう見えて大勢の従業員を抱える身で、人を見る目には自信があるよ。少なくとも、シード君の人柄は信頼できるしね」

「そうだぜ、遠慮するなんざらしくねえぞ。それに、その、なんだ……俺も、少しばかりお前のことが気に入っちまったからな」

「……(コクコク)」


 ラーデン殿は笑顔で此方を見、ギデオン殿は言った台詞が恥ずかしかったのか、ぽりぽりと頭を掻きながら気まずそうにしている。

 ミミ殿は無表情ながら、フンスッと頷いている。


 人界に着いて早々、このような者達に出逢うとは、かなり幸運に恵まれているようだ。


 やはり、人界に来て良かった……。


「……すまぬ、では遠慮なく好意に甘えるとしよう」

「ったく、初めからそう言えばいいんだよ!」


 ギデオン殿がワシの頭をガシガシと乱暴に撫でる。

 全く……このお兄ちゃんめ。


「よーし、じゃあ冒険者ギルドに向かうとするか。お前ら行くぞ。じゃあ旦那、また後で」

「ああ、また後でね」

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