第16話 幕間 シードと出会いと③
■ヴリトラ視点
「ふむ、あとは、アンギラス領と一部の諸侯の領を残すのみとなったか」
大魔王ブラフマンは、自身の部屋にて机に広げられた魔界の地図を見て呟いた。
地図は各地区ごとに境界線により区割りされており、その三分の二に“×”が記されていた。
「ふふふ、もう少しで魔界に巣くう諸侯どもを一掃出来る……」
ブラフマンという男にとって、自分以外の魔族は全て虫けらでしかなかった。そして、ブラフマンにとって最大の娯楽は、その虫けら共の絶望に歪む顔を見ながら、その悲鳴を聞くことであった。
蝋燭の炎が揺らめく薄暗い部屋の中、今後の展望を見据え、ブラフマンは口の端を吊り上げた。
「いやあ、下卑たオッサンが深夜に暗い部屋でニヤニヤしていると、絵面的に気持ち悪いな」
「む、ん、んん、まあそうかもしれんが……仮にも大魔王だぞ?」
「なら、尚更品がない」
突然、ブラフマンの後ろから男の声が聞こえ、慌てて振り向いた。
「っ! き、貴様等、一体何処から侵入した!?」
ブラフマンは突然現れたシードと俺に驚愕していた。
それはそうだろう。こんな深夜に、いきなり見知らぬ者が背後で普通に会話をしているのだ。驚かない訳がない。
「……貴様等、誰の差し金だ? しかし、そんな小僧を刺客に寄こすなんぞ、余程の人材不足のようだがな」
だが、さすがは大魔王というところか。ブラフマンは少し落ち着きを取り戻し、不敵な笑みを浮かべてを睨みつけている。
だが、どうやらブラフマンは此処にいる青年がシードであると気づいていない様子でもあった。
「……魔族全員から恨みを買っているんだ。それに、どうせ魔族の殆どを処刑する気なんだろう? だったら誰の差し金であろうと関係ないだろう」
「フン! 貴様等を送り込んだ馬鹿には、より苦痛を味わせてやらねばならんからな!」
「……そうか」
「誰の差し金か吐けば、貴様等は特別に許してやっても良いのだぞ?」
ハッ! どうせ殺す気のくせに、どの口がほざくのか。
ブラフマンを睨みつけるが、簡単に俺達を始末できると考えているのだろう。ブラフマンはそんなことは全く気にもせず、鼻で笑いながら一瞥する。
「はあ……一〇年振りに会ったが、安定の屑であるな。いやはや、どうにもならんぞコイツ」
何時の間にか右眼が緑の瞳に変わっているシードは、呆れかえった表情で溜息を吐いた。
「貴様、余に会ったことがあるだと? 貴様のような下賤の者が、何時余に会う機会があるというのだ? 夢と現実の区別がついとらんのではないか?」
心底馬鹿にするかのような目で、ブラフマンはシードを見やる。
「ふう、やれやれ。とうとう目も腐ったようだぞ。このような奴の血が繋がっているかと思うと、苦痛以外の何者でもないな」
今、此奴は何と言った? 余と血が繋がっているだと!?
シードの何気ない一言に、ブラフマンは自分の背中に冷たいものを感じた。
「ま、まさか貴様は……!」
「ん? ワシはシード=アートマン、お主の息子だ」
ブラフマンは目を見開き、口を半開きのまま、ワナワナと身体を震わせた。
何故此処にいる!?
あの結界は魔界最高峰の魔力阻害結界であった筈であり、あそこから脱出することなど、到底不可能である。そもそも、あの北東の塔で餓死したのではなかったのか?
だが、ブラフマンの目の前にいる青年は、はっきりと“シード=アートマン”と名乗った。その事実に、ブラフマンの頭の中は混乱を極めた。
「何故だ!? 何故生きているのだ!? それに、どうやってあそこから出ることが出来たのだ!?」
「普通に【転移】で」
「馬鹿な! あの場所は結界で魔術が使えん筈だ!」
「だが、使えたのは事実だからなあ。だからワシはここにいるのだし」
明らかにシードとブラフマンの会話が噛み合っていないが、ブラフマンの心境には少し理解出来る。
確かに、あの結界の中では魔術を使うことはおろか、魔力阻害の影響で満足に動くことすら不可能なのだ。但し、それはシードには当てはまらない。
俺は、我々とシードでは、魔力総量と放出量、魔術スキルのレベルが違いすぎることが原因であると考えている。
そして、だからこそブラフマンにとっての“恐れるもの”足りえるのだ。
「まあよい。それでは父上、いや、大魔王ブラフマン。これまでの自身の所業を噛みしめ、無に帰すがいい。なに、息子としてのせめてもの慈悲である。苦しまないよう一瞬で屠ってやろう」
「馬鹿め! あまり大魔王である余をなめるな!! 火の眷属よ、我に仇なす全ての者へ、その力をもって焼失させよ! 【紅蓮】!!!」
「はあ……己の力量も判断できんとは……。【龍波】」
ブラフマンが魔術を唱えると、シードを中心として青白い炎が渦巻き、シードを取り囲んでゆく。だが、シードが右眼を赤い瞳に変化させると、青白い炎は瞬く間に霧散した。
一方で、シードは右手から巨大な水龍が出現させると、水龍はその口を大きく開け、ブラフマンに襲い掛かる。
使用できる魔術の中で最大火力の【紅蓮】を放ったブラフマンは、魔術使用後の硬直により、水龍の攻撃を防ぐことも躱すことも出来ない。
「くそ! くそ!! くそおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
水龍の口はブラフマンを一気に咥えると、そのまま周囲ごと強烈な勢いで押し流して行く。
水龍は大魔王城の天井を突き抜け、そのまま夜空へと昇って行くと、そのまま水龍は咥え込んだブラフマンごと消え去った。
その様子を、俺は只々眺めることしか出来なかった。
「よし、これで片付いたな。さて、ではヴリトラ、アンギラス公爵に報告に行こうではないか」
「いや、依頼を受けたのは俺だ。報告は俺だけ行けば済む。さすがにこれ以上、お前の手を煩わせるわけにはいかない」
そうだ。シードは自分の手で実の父親を殺害したのだ。これ以上、シードに面倒をかけたくない。
俺はアンギラス公爵の元へ一緒に行こうとするシードを制し、踵を返す。
「いや、なんか無駄に格好つけているところすまんが、ワシの【転移】で行けばすぐだぞ?」
「いや、別に格好をつけている訳ではないが……」
「嘘をつくな、それが格好良いと思っているのであろう? だが、それではフラグは立たんぞ?」
「フラグってなんだ!?」
「ワシが知ったこの世界の真理だ。これが立つと、ヒロインエンド又はハーレムエンドへと移行出来る。但し、選択を誤るとバッドエンドだがな」
「何言ってるのか解らんぞ!?」
駄目だ、頭が痛くなってきた……。
このままでは埒が明かない、そう考えた俺は、仕方なくシードにアンギラス公爵の元へ連れて行ってもらうことにした……。
◇
これが、当時一九歳のシードとの出会いと顛末だった。
それからの三年間、シードに仕えた俺は、器の大きさもさることながら、その才気を目の当たりにし、まさに生涯を掛けて仕えるに値する人物であると思うほど、シードに心酔している。但し、シードのあの残念な思考と奇行の数々については勘弁願いたいが……。
いずれにせよ、シードのその実力は、ブラフマンを屠った後の魔界の混乱期において、その実力と采配により、見事に魔界を治め、その地位を盤石としたことからも、その輝く才能を魔界全土に歴々と見せつけている。
このままシードの治世が続けば、間違いなく稀代の名君として、魔界の歴史に名を刻んだ筈だった。繰り返すが、シードのあの残念な思考と奇行の数々が無ければ……。
結局、シードは人界に出奔したが、魔界を治めるには母親サラスと弟のルドラはあまりにも質が悪すぎた。
当然諸侯も、この二人に良い感情を抱いておらず、今後の出方を誤れば、各地で内乱が起き、その結果魔界そのものが滅びかねない事態となる恐れもある。
また、ルドラは魔力に関しては一定程度の才能はあるものの、それ以外、特に政治に関しての才能は皆無に等しかった。せめてシードの十分の一でも才能が有れば、凡庸ではあるものの歴代の大魔王と同様、無難に魔界を治めることも出来るだろうが、お世辞にもルドラには魔界を治める才能の欠片も無く、ルドラに仕える配下も、サラスを恐れ、イエスマンに成り下がっている者しかいない。
あとは、唯一且つ最大の理解者であるアンギラス公爵に、何とかサラスとルドラを抑えてもらうしかない。
今後の魔界の行く末を考え、俺……いや、私は思わず頭を抱える。
「……だが、大魔王様は私に頼むと仰せられた……甚だ遺憾ではありますが、このヴリトラ、見事その命を果たして見せましょうぞ! ……アンギラス公爵が、ですが……」
シードから与えられた使命と信頼に応えるため、私は強く決意した。
そして。
「……願わくば、せめて……せめて“その時”までは、シード=アートマンにとって幸せな日々であらんことを……」
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