第15話 幕間 シードと出会いと②

■ヴリトラ視点


 大魔王の息子と名乗ったシード=アートマンという青年は、飄々としながら質問に答えた。


 しかし、実の父親に城の地下深くの部屋に閉じ込められるとは、一体どういうことなのか……。


「で。お主はこんな所に何の用だ? 此処には城の者はおろか、家族すらも来んのだがなあ」


 あっけらかんとした表情をしながら、シードは不思議そうに首を傾げた。

 その様子に少し拍子抜けしてしまい、息を一つ吐くと、魔界最高の暗殺者にしては無警戒にも部屋に足を踏み入れた。


「大魔王ブラフマンが“恐れるもの”とやらがこの城の何処かにあると聞き、探している。この監視塔が異常なほど警備が厳重だったので、ここに求めるものがあるのではないかと思い、此処まで来た」


 何故俺は、無警戒にもこの青年に目的をペラペラと話してしまったのだろうか。

 そんな重要な事を、しかも暗殺対象の身内に話すなど、あり得ないことである。だが、直感ではあるが、何故かこの青年には嘘をついてはいけないと感じた。そして、この青年に事の次第を話さなければならない、何故か確信めいた思いがあった。


 すると、シードの右の眼球がくるりと反転し、黒色の瞳が緑色に変化した。

 そして、俺を凝視すると、納得したかのように息を吐き、肩を竦めた。


「ふむ、そうか。目的は父ブラフマンの暗殺か。で、お主はアンギラス公爵の依頼を受け、ここに来たのだな」


 驚愕のあまり、目を見開いて思わず後ずさった。

 大魔王の“恐れるもの”を探していることをこの青年に告げたため、大魔王の暗殺が目的であることが露見したことは、まだ理解できる。だが、何故アンギラス公爵の依頼であると判った!?

 それに、先程の右目の変化は一体何だったのか……俺は、得体のしれないこの青年に戦慄した。


「ん? そんなに警戒せずとも良い。ワシの目は少々特殊でな。この目で見た者の記憶を視ることが出来るのだ」

「記憶を!?」


 シードがとんでもないことを言い出した。

 この世界には、魔術やスキルというものが存在し、その能力や効果は様々な種類があるが、人の記憶を視ることが出来るなど、聞いたことがない。

 そんな能力を持つシードは異常である以外の何者でもなかった。


「まあ、そんなことは別にどうでも良いがな。で、だ。お主の探す“恐れるもの”というのは、恐らくワシの事だな。何せ、此処にはワシ以外何もないからな」


 俺は無意識に眉根を寄せ、頭を抱えた。

 シードが“恐れるもの”であることは薄々気付いてはいたが、そうなると、大魔王の息子であるシードに、大魔王暗殺の片棒を担がせることになる。

 いくらこのような境遇にさらされているとはいえ、実の子であるシードがそれを受け入れるとは到底思えない。それに、まだ僅かにあどけなさの残るこの青年に、暗殺に加担させるのは、さすがに躊躇してしまう。


 だが、シードはそんな俺の苦悩など意に介さず、とんでもないことを言い放った。


「では、ブラフマンを殺しに参ろうか」

「っ!? お前の実の父なのだぞ!?」

「そんなことは分かっておる。だがな、ワシはあの男を、父と想ったことは一度もないぞ? 何せ、九歳の頃から一〇年間、あの男にこの檻に閉じ込められておったのだ。今更、何の感情も湧かんよ」


 無表情のシードが言い放つ。

 王族であれば肉親同士の争いなぞ日常茶飯事なのかもしれないが、肉親のいない俺には、実の子が物心ついた頃から檻に閉じ込めるなど、そんなことは絶対に許せなかった。


 ——絶対にブラフマンに天誅を下す。


 その思いはより強固になった。しかし、これでは尚更シードに暗殺を手伝ってくれと言えない。

 ただでさえ地下に長年監禁されてきたのである。そんなことをすれば、いよいよシードは壊れてしまうかもしれない……。

 任務中に、しかも暗殺対象の家族にそんな感情を抱く俺は、暗殺者失格なのかもしれない、そんなことを考えた。


「ふむ、お主は暗殺者なのに存外優しい男だな。なに、お主が気に病む必要はない。先程も言ったように、特にあの男が親であると想ったことはない。あの男を殺すことに躊躇はないぞ」

「……そうか……」

「それより、そうと決まればさっさと此処を出ねばならんが……どうやって出るかだな……」

「……確かにな。生憎だが俺は、結界のせいでその部屋にこれ以上近づくことは出来そうにない……」

「うーん、この一〇年間、部屋に来る者はおらんかったからなあ……」


 ん? であれば、シードは食事や身の回りのことなど、どうしていたのだろう?


「おいシード、お前、食事とかはどうしていたんだ?」

「ん? いや、普通にこうやって……」


 シードの右の眼球がくるりと反転し、今度は黄色の瞳に変化した。そして、徐に右手を翳し、魔法を唱える。


「【縮地】」


 すると、シードの目の前に紅茶の入ったカップとビスケットの乗った皿が現れ、シードは徐にビスケットを口に頬張った。


「ほはあ、ほふはふふに」

「食べながら喋るな! 何を言っているか解らん!」


 シードは慌てて紅茶を飲み、ビスケットを流し込もうとするが、紅茶が熱かったのか、顔を真っ赤にして胸を叩いた。


「……ゲホッ! スマン、とまあこんな風に持ってくるのだ」

「おいシード! これは一体どういう仕掛けだ!?」

「いやあ、この[梔子の眼]で紅茶とビスケットを見つけて、それを【縮地】で取り寄せただけなんだがな。他にも、欲しいものはこうやって何でも手に入る」


 シードの右眼に関しては、もう今更な感じがするが、どうやら黄色の瞳になると、どういう原理かは解らないが遥か遠くを見通すことが出来るようだ。

 また、【縮地】は、空属性魔法の上級魔法であり、魔界広しといえどその使い手は限られる。だが、シードは此処に閉じ込められていたにも関わらず、【縮地】を使えるらしい。しかも、魔力が阻害される結界の中であってもだ。


 ………………んん?


「……シード、ところで【転移】は使えるか?」

「? 勿論使えるが?」

「……ひょっとして、【転移】でこの部屋から何時でも出られたんじゃないのか?」

「あれ? じゃあワシ、とっとと部屋から出とけば良かったのか?」


 シードは何やらしまった、という顔で頭を抱えてしゃがみこんだ。


「……脱出しようとは考えなかったのか?」

「いや、だってお主も知っての通り、この結界は魔力を阻害するものだぞ!? 普通に魔術が使えるなど、夢にも思わんだろう!?」


 確かに、部屋に張り巡らされている結界は、俺ですら自由が奪われるほどのものである。どうやら、シードの魔力が高すぎて、結界の影響を受けていないようだ。

 とはいえ、【縮地】で自分の食事だの何だの、好き放題取り寄せている時点で、魔術が使えることくらい気付きそうなものだが。

 あまりのシードの残念ぶりに、俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 本当に、この間抜けな青年が“恐れるもの”で良いのだろうか……。能力的には間違いないが、人間的には間違いしかなさそうだ……。


「……お主、失礼な事を考えてはおらんか?」

「…………」


 シードはジト目で睨むと、俺はサッと顔を逸らした。


「まあ良い……では、父ブラフマンの元へ参ろうか。お主、ワシの肩につかまれ」

「……この結界のせいで、部屋に入れないんだが……」


 もう疲れてきた……。俺は魔法陣を指差した。


「……やれやれ、仕方ないな……」

「どっちがだ!」


 俺のツッコミにも意を介さず、シードは肩を竦めてかぶりを振り、【転移】で部屋の入口にいる俺の傍に来た。


「ほれ、ワシの肩につかまれ」

「……こうか?」

「うむ、では行くぞ。【転移】」

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