第14話 幕間 シードと出会いと①

■ヴリトラ視点


「行ってしまわれたか……」


 私は、シードが旅立った後、閉め直した常世の門を見つめ、一人呟いた。


 ——私、いや、俺がシードと初めて出会ったのは、今から三年前。大魔王城の地下室だった。


 当時、暗殺者として魔界に名を馳せていた私は、先代の大魔王と敵対していた時の公爵、アンギラスから依頼を受けた。その依頼内容は、大魔王とその家族の暗殺であった。


「……お前、分かっているのか? 大魔王を暗殺するんだ、城の警備は魔界の何処よりも厳重だし、何より、大魔王自身が魔界最強なのだぞ? 」

「……分かっておる。だが、魔界最高の暗殺者“暗雲”と呼ばれる貴様なら、何とか出来ると信じている……あの大魔王では、この魔界はメチャクチャになってしまう……! 頼む! 貴様しかおらんのだ!」

「……勝手なことを言ってくれる……」


 今、この魔界は大魔王によって危機に瀕していた。

 大魔王ブラフマンは、各地の諸侯に対し一方的に宣戦を布告し、各地に攻め込んだ。

 各地の諸侯は、突然の出来事に理解が追い付かず、気が付けば領地は大魔王の手によって蹂躙され、大魔王が通り過ぎた後は殺戮と略奪、凌辱の渦と化していた。


 諸侯はこの事態にすぐさま結集し、大魔王へと対処しようとした。

 だが、大魔王ブラフマンは魔界最強の名に恥じず、諸侯の反撃など意にも介さなかった。

 そして、変わらず各地を蹂躙し続けた。


 その大魔王を相手に、暗殺を企てるなど土台無理な話である。

 俺は、暗殺の依頼は自分が必ず実行出来ると確信出来るもの以外は、原則として受けないこととしているが、明らかに今回は無理筋である。

 今回の依頼は断ろう——そう決心した俺は、依頼主である公爵に向き合う。


「……悪いが、今回ばかりは相手が悪い。俺は降りさせてもらう……」


 そう言って俺は立ち去ろうとするが、アンギラス公爵は追いすがり、俺の服にしがみついて懇願した。


「頼む! このままでは、魔界が……いや、我が領地に住む家族、領民、子ども達が大魔王の手によって未来が奪われてしまう……! 我はどうなっても良い! だが、未来ある者達が、奴に奪われるわけにはゆかんのだ……!」


 アンギラス公爵は肩を震わせ、俺の服を強く握りしめながら涙ながらに訴えた。


「……お前がこの魔界を思い、俺に依頼してくれたことは重々理解している……だが、さすがに俺でもブラフマンはどうにもならん……」


 俺自身、このままではこの魔界が恐怖に支配されることは解っている。だからこそ、アンギラス公爵の依頼を聞き、この場所にいるのだ。

 俺は、苦虫を噛みつぶしたような表情で、拳を強く握りしめた。


「……実は、あの大魔王ブラフマンですら“恐れるもの”が、大魔王城にあるらしいとの情報を掴んだ……」


 アンギラス公爵は、俺の目を見つめ、そう呟いた。


「おい!? あのブラフマンが“恐れるもの”とは一体何なのだ!」


 あのブラフマンが“恐れるもの”だって?

 俺は思わずアンギラス公爵の肩を握りしめ、強く揺さぶった。


「……分からん……だが、あの城には、ブラフマンがひた隠しにしている何かがあるのは間違いない……! これは、我が息子がその命を賭して掴んだ情報なのだ! 絶対……絶対何かあるのは間違いないのだ!!」


 アンギラス公爵は、いつの間にか号泣し、俺を見つめる。

 息子を亡くしたアンギラス公爵のその思いに気付かないほど、俺も馬鹿でも屑でもない。


「……そうか」

「……だから……だから頼む! 大魔王城に侵入し、あのブラフマンが”恐れるもの”を突き止め、ブラフマンの息の根を止めてくれ……!」


 俺は崩れ落ちるアンギラス公爵を受け止め、静かに囁いた。


「……この仕事、承った。必ずや、お前に吉報を届けてやる……」

「おお……! おお!! 頼む……頼むぞ!!!」


 俺はアンギラス公爵と力強く握手し、同じ方向に目を向ける。

 その方向には、大魔王城が在った。



 深夜——俺は大魔王城に忍び込み、先ずは大魔王城の地下にあるとされるブラフマンの”恐れるもの”を探すことにした。


 慎重に城の中を進み、地下室を目指す。


 しかし、一階をくまなく探して行くが、地下室への入口が見つからない。

 焦るのはよくないな……。一呼吸置き、一階で特に警備が厳重な箇所を探すことにした。

 すると、城の北東にある監視塔への通用門に、異常と言えるほど警備兵が集中して配置されていることが分かった。


 ——ここに違いない。


 踵を返し、すぐさま北東へと移動する。すると、通用門には、九人の兵士が警備についていた。

 魔界最高の暗殺者である俺にとって、九人程度の兵士に後れを取ることはあり得ないが、交戦中に他の兵士に援軍を求めることは想像に難くない。

 より確実性を期すため、通用門の守備が手薄になるまで、柱の陰で様子をうかがうことにした。


「……ふああ、そろそろ交代の時間だな……」

「そうだな。やっと休憩できるよ」

「そういや、やたら監視塔の入口を厳重にしてるが、この先に一体何が在るってんだ?」

「……シッ! 余計なことを言うな、粛清されるぞ……」

「お、おう……分かった……」


 警備兵は指摘を受け、押し黙った。暫くすると交代時間が来たのか、警備兵が仕事の引継ぎを行う。


「よし、特に異常は無かったな?」

「特に何もありませんでした!」

「そうか。報告ご苦労」


 チェックをしに来た兵士に状況報告をすると、警備兵達は去っていった。

 警備兵の入れ替えにより、現在、通用門の警備兵の数は三名。これなら侵入は可能だ。

 レイピアを鞘から取り出すと、すぐさま警備兵に突入していった。


 警備兵達は驚きの表情を浮かべ、迎撃のため手に持つ槍を構えることも出来ないまま、俺の手によって瞬く間に三人を屠ると、殺害した警備兵を物陰に押しやり、監視塔に入った。


 監視塔には地下へと続く階段があり、周囲を警戒しながら、慎重に階段を下りて行く。

 階段はかなり深くまで続いており、十分程下りても、まだ下までたどり着かない。


 更に五分程下りると、ようやく階段の終点までたどり着いた。

 そこには、金属製の扉だけがあり、扉には閂がかかっていた。


「……この扉の奥に、ブラフマンの”恐れるもの”が……」


 閂を外し、金属製の扉を押し開く。

 すると、現れたのはかなりの広さがある部屋だった。


 部屋は壁に等間隔で配置されている燭台の灯りによって照らされているが、それでも薄暗く、奥の方ははっきりと伺うことが出来ない。

 そして、部屋の中央には、一人の少しあどけなさを残した青年が胡坐をかいて座っていた。


 その異様な光景を眺めながら、部屋に一歩足を踏み入れると、突然身体から力が抜けるような感覚に襲われ、思わず膝をついてしまった。


「っ! ……これは、魔力封じの結界か……!?」


 俺は慌てて足を引き、部屋の周囲を探る。

 すると、地面全体に魔法陣が描かれていた。どうやらこれが俺の魔力を阻害した結界であるらしい。


「……ふむ、これはまた怪しい奴が来たな。父上に依頼され、ワシを殺しに来たか?」


 部屋の様子を窺っていたところに、ふいに胡坐をかいた青年が、まるで品定めでもするかのような視線で話しかけてきた。


「……色々と聞きたいことはあるが……まず、お前は何者だ?」

「ん? ワシか? ワシはシード=アートマン。この魔界の大魔王、ブラフマン=アートマンの息子だ。で、ワシはその父親にこの部屋に幽閉されておるところだな」

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