第13話 幕間 呼び出しと厄介事と

「……お呼びですか、“マスター”」


 女は表情を変えることなく恭しく一礼した。


 此処は、アドラステア王国の辺境の街、ルインズにある一際大きい建物の一室。

 女は、この建物の主人でもあり、女が“マスター”と呼ぶ目の前の者からの呼び出しを受けて参上した。

 そして、その“マスター”の横には、陰鬱な表情をした黒服の女と、ヘラヘラしている女が控えていた。


「ああ、態々すみません。ちょっと頼みたいことがありまして……おっと、その前にちゃんと状況を説明しないといけませんね。実は、白の旅団の東部方面支部が壊滅しました」

「……………は?」

 

 “マスター”が飄々とした様子で話すが、突然何を言い出したのか理解出来ず、表情は変えないものの女は思わず間抜けな声を出してしまった。


 それもそのはず。“白の旅団”と言えば、此処アドラステア王国全土に根を張る巨大な盗賊集団であり、この国が受ける影響や被害は測り知れない程になっている。

 そのうち、此処ルインズを含む東部一帯で猛威を振るう東部方面支部が壊滅したというのだ。到底信じられるものではなかった。


「いやあ、私も信じられないんですけどね。ただ、シモンと仲の悪い私のところに、南部方面の支部長が直々にその報告と東部方面の体制支援の依頼に、恥を忍んで来たくらいですから。まあ、本当なんでしょうねえ」


 そう言うと、“マスター”はくつくつと笑った。

 その様子を見て、女はピクリ、と僅かに頬を強張らせる。


 それよりも気になるのは、一体何処の誰が東部方面支部を壊滅させたのか、だ。

 先ず、いくら支部とはいえ、百人以上いる盗賊を制圧するとなると、少なくとも百人隊規模、確実を期すならその三倍は必要である。

 そして、それだけの規模の部隊を動員するとなれば、最低でも侯爵級以上の貴族か、王国でなければ対応出来ない。

 もし、王国内でそれほどの規模の部隊が動いたとなれば、少なからず情報が入ってくるはず。にもかかわらず、そういった話は一切入ってきていないのだ。

 では、支部が勝手に同士討ちでも始めて自滅したのか? いや、それはあり得ない。

 “白の旅団”は盗賊集団ではあるものの、首領とその部下である各方面の支部長により、末端まで統率されている。


 一体どういうことかと女が思案していると、それを察したのか、“マスター”がその答えを告げる。


「……ああ、因みに支部を壊滅させたのは王国や領主ではありませんよ。報告によれば、壊滅させたのはたった一人の〈魔法使い〉だそうです」


 たった一人で? 百人もの盗賊団を?

 盗賊団が壊滅した事実だけでも信じられないというのに、それ以上に信じられない答えを聞かされてしまい、女の頬が更に強張る。

 その反応に気を良くしたのか、“マスター”は嬉しそうに話を続ける。


「ええ、実は。東部方面支部はフロスト商会の隊商を襲撃したらしいのですが、その〈魔法使い〉に返り討ちにあったそうです」


 あり得ない。


 確かに〈魔法使い〉は、広範囲の攻撃魔法を使えるが、百人規模をまとめて殲滅させるとなると、余程の広範囲の魔法であって、且つ、百人全員が密集した陣形を組んでいなければならないなど、その条件を満たすためには困難を極める。

 しかも、魔法の詠唱中と魔法を放った直後は〈魔法使い〉が無防備となるため、通常は〈魔法使い〉を支援・防衛する者が必要となるのである。


 女には、“マスター”の説明は只の悪い冗談にしか聞こえない。女は堪らず“マスター”に質問するため、口を開く。


「……ですが、白の旅団の中でも武闘派で知られる東部方面支部が、如何に優れた〈魔法使い〉であったとしても、たった一人に為すすべもなく壊滅するなんて、到底信じられません……そもそも、何故ただの一商会の隊商なんかを、東部方面支部が全軍を上げて襲ったりなんかしたんですか?」


 そう、この話を聞いた時、そこに違和感を感じた。

 普通であれば、所詮ただの隊商である。五人……いや、万が一を考慮しても十人いれば、十分成果を得ることが出来る。それにも拘らず、それ程の人数をもって事に当たったのだ。


「ああ、そこは大した意味はないみたいですよ。ほら、東部方面支部長は慎重に慎重を期すタイプですし。ええと、何でしたっけ? その隊商には、あの“難攻不落”と“舞姫”が護衛に就いていたらしいですから。本当、慎重を通り越して臆病ですね」


 女は、フロスト商会の隊商にその二人が護衛についていることは”知っていた”。

 だが、それでも単なる強盗を行うのであれば、そんな人数は必要ない。また、東部方面の支部長が直接相対すれば、その二人を圧倒することは容易いはず。


 ……とはいえ、事実は〈魔法使い〉一人に壊滅させられた、ということらしいが。


「で、その支部長のサブナックなんですが、あっさり捕まった挙句、自白させられそうになったので、自爆したそうですよ! クハハハハ!」


 “マスター”は、何が楽しいのか解らないが、もう辛抱ならないといった様子で、けらけらと笑った。


「クフフ……はあ。まあ、“目的の物”は南部方面の支部長が手に入れたようですし、取り敢えずは良かったんじゃないでしょうか」

「……それで、私を呼んだ目的を教えていただけると助かるのですが」


女はこれ以上の話は切り上げたいとばかりに、此処へ呼んだ理由を”マスター”に尋ねた。


「すいませんすいません、そうでしたね。いやあ、あまりにも愉快すぎて、すっかり忘れていました」


 “マスター”は申し訳なさそうに、少し頭を掻きながら視線を下に落とす。だが、顔は未だ笑ったままであり、本心では悪びれていないのだろう。


「それでですね、貴女には、その〈魔法使い〉を“調達”していただきたいんですよ。ほら、この二人とは違って、貴女なら色々と人と接触する機会も多そうじゃないですか?」

「…………」


 またか……。


 この建物の主人は、自分の興味がある“モノ”を収集したがる癖がある。既にあの研究は完成段階であるというのに。


「ふふ、何故私が今更こんなことを言い出したのか、と思っていますね?」

「…………」


 女は肯定も否定もせず、只聞いている。


「ですがね、研究というものは、立ち止まったらそこで終了なのですよ。更にその先を目指すことこそ、“神”となる者としての矜持なのです」


 “マスター”は両手を広げながら、恍惚とした表情で大仰に女に話す。が、女にとっては何時もの見慣れた光景であった。何せ、事あるごとに同じ台詞を吐くのだから。


「……兎に角、貴女は只々私の指示に従って“調達”してくれば良いんですよ。何時も通りに、ね」


 “マスター”の有無を言わせない指示に、女はそっと俯いた。


「では、よろしくお願いしますね。後で、現時点で把握しているその男の情報を“彼女”に届けさせますので、よく目を通しておいてくださいね……ああ、因みに、その男は“人族”のようです。あれ? そういえば貴女は、“人族”の調達は初めてでしたでしょうか?」


 男が一拍手を叩きながら告げた言葉を聞き、女は更に憂鬱になる。これがせめて何時ものように”獣人族”であれば、幾らでも割り切れるというのに……。

 だが、女に選択肢は一つしかない。


「……“人族”は初めてではありますが、ご指示通り”調達”して参ります」

「ええ、よろしくお願いしますね。“ツヴァイ”」


 “マスター”が言い終わる前に、女は素早く踵を返して退室した。

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