第11話 常識と説明と

 白の旅団を殲滅した後、荷物を纏め、改めてルインズの街へ向けて一行は出発した。


 現在地からルインズの街までは、あと二日程度で到着予定だ。

 ワシは荷馬車に揺られながら、ラーデン殿、ミミ殿と雑談をしていた。因みに、ギデオン殿は荷馬車の先頭で警護を行っている。

 いやあ、今ではすっかりミミ殿とも普通に会話が出来るぞ。フフフ、このまま行けば、人界中の女子とキャッキャウフフするのも時間の問題、だな。


「しかし、シード君の魔法は凄いね。“白の旅団”が壊滅するほどの攻撃魔法に、色んなものを収納できる便利魔法が使えるんだからねえ。そういえば、“白の旅団”に襲われて途中になっちゃったけど、魔法で収納している『人界の歩き方』だっけ? その本を見せてもらっても良いかな?」

「ああ、構わんぞ」


 ワシは【収納】を展開し、しまってある本を取り出すと、ラーデン殿に手渡した。


「ああ、ありがとう。この本に、この世界がどんな風に書かれているか、気になってたんだよね」


 そう言って、パラパラと本をめくると、ラーデン殿が眉間に皺を寄せ、そのまま本を閉じてしまった。


「……どうしたの?」


 ミミ殿がラーデン殿に尋ねる。


「うーん……全然、字が読めないんだけど」

「あれ、そうなのか? だが、ワシとの会話は普通に出来ているではないか。字だけ人界と魔界で大きく異なる、というのは、あまり考えられんのだがなあ」


 うーん、言葉は同じなのだから、発音や単語の意味は同じということだ。ならば、文字の一つ一つは違うかもしれんが、パターンは同じであると考えてよいのではなかろうか。


「念のため、人界の文字を見せてはもらえんか?」

「いいよ、ちょっと待ってね。ええと……これなんてどう?」


 ラーデン殿は、荷物の中から一冊の本を取り出した。


「これは、さっきギデオン君が話していた勇者と魔王の物語の本なんだけど、子どもでも読みやすいように、言葉の使いまわしとかはかなり親切に書いてあるから、読みやすいと思うよ」

「ふむ」


 ワシはラーデン殿から本を受け取りページを開くと、予想だにしない文字が現れた。

 何だこれ? 魔界の文字と、全然違うではないか。

 発音が同じだから、文字の種類が違うだけでパターンが同じという考えは、あっさりと覆された。


「うむ。全然読めんな。しかも、使用する文字の種類も規則性もまるっきり違うようだな」

「でしょ? これは解読に困るね」


 うーむ、文字が理解出来ないとなると、かなり不都合が生じそうだな。

 特に、冒険者活動に大きく支障が出るとなれば、早急に文字を覚える必要がある。


「ミミ殿、冒険者となる場合、文字は読み書き出来る方が良いとは思うのだが、出来ない場合、どの程度支障があるだろうか?」

「……冒険者が依頼を受ける場合、まず、冒険者ギルドの掲示板に掲げている依頼票を見て、自分に合った依頼を受けることになるから、文字は読めないと厳しい。ただ、ギルドの職員に自分の希望する依頼内容や報酬、条件について説明すれば、希望に沿った依頼を斡旋してくれる。いずれにしても、依頼を受ける時と達成報告の時にサインが必要になるから、最低限自分の名前くらいは書けるようにしないと駄目」


 成程、文字の読み書きが出来なくても何とかなるが、文字が読めないと苦労する、ということか。


「よく解った。説明有難う、ミミ殿」

「……何でも聞いて」


 ミミ殿が、その残念な胸を張った。少し可哀想である。


「ではお言葉に甘えて。冒険者としての心得や、依頼内容など、冒険者のイロハについて教えてもらえぬか?」

「……まかせて」


 そう言って、ミミ殿は詳しく教えてくれた。


 先ず、冒険者には階級があり、SからFまでの七等級があるということだ。

 ギデオン殿とミミ殿は現在B級で、この護衛依頼を達成すれば、晴れてA級に昇格するらしい。

 ワシが冒険者の登録を行うと、先ずはF級からスタートすることとなる。

 この等級によって何が違うかと言えば、受けられる依頼の種類と報酬額が大きく違う。

 初心者のF級であれば、簡単な薬草採集や、精々ゴブリン討伐程度の依頼しか受けられんし、報酬も微々たるものだが、B級、A級ともなれば、かなり強い魔物討伐や遺跡探索、貴族の護衛など、多岐にわたり依頼を受けることができ、しかも報酬額はF級とは雲泥の差である。但し、依頼の難易度も雲泥の差であるが。

 このため、先ずは依頼をこなして力をつけ、一つずつ地道に等級を上げていくことが、結果的に近道になるとのことだ。逆に、何かの間違いで自分の実力より上の等級に上がってしまうと、依頼も達成できず、危険度も上がり、立ち行かなくなるとのことだ。

 次に、冒険者にはギルドから冒険者証が発行される。

 これは、等級に応じて素材が変わり、それによって、自分がどの等級かが分かる。

 S級はミスリル、A級は白金、B級は金、C級、D級は銀、E級、F級は銅といった具合である。

 なお、冒険者証は身分証代わりになり、他の街へ移動する際も、冒険者証を提示すれば通行税を取られずに済むらしい。因みに、冒険者証がないと通行税として銀貨五枚支払う必要があるとのことだ。


「成程、非常によく解った。本当に助かったぞ」

「……えっへん」


 ミミ殿が誇らしげに、さらに胸を張った。悲しいくらい残念な胸である。


「しかし、最初は冒険者もあまり稼げんようだから、贅沢は出来んな……」

「そうか、シード君はこの世界に来たばかりだし、そもそも魔王だから、一般常識が解らなそうだよね」


 ラーデン殿がうんうんと頷く。

 心外だ! ……と言いたいところだが、実際、一般常識を知っているかと言われれば、正直解らん。

 何せ、つい三年前まで地下に閉じ込められておったし、大魔王になってからも必要なことはヴリトラの奴が全てやってくれたからな。


「取り敢えず、シード君にはこの世界の生活水準を知ってもらった方が良いかな」


 そう言うと、ラーデン殿が人界の貨幣価値を教えてくれた。


 人界の貨幣は、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の七種類となっている。

 銅貨一〇枚で大銅貨一枚、大銅貨一〇枚で銀貨一枚といったように、一〇枚単位で貨幣の位が上がって行く。

 普通に生活している人々が、食堂などだと一食当たり銅貨五枚、宿屋で宿泊する場合は素泊まりで大銅貨三枚が相場だとか。

 なお、一般家庭の収入は、一月当たり大銀貨二枚当たりとなっている。


「……とまあ、こんな感じだから、これを参考に生活のスタイルを考えて行けば良いと思うよ」

「ふむ、参考になった。となると、あとはどのように依頼をこなしていくか、だな」


 少額の報酬の依頼の数をこなすか、高額依頼を受けて一気に稼ぐか……。


「……シードなら、少々リスクの高い依頼を受けても、先ず問題ないとは思う。だけど」

「そうだね。シード君、人が良いから、簡単に騙されそうだ」

「何を言うか。こう見えて、ワシは人を見る目はあるつもりだぞ。何せ、元大魔王だからな」


 二人とも、少々ワシのことを見くびっておるのではないか?

 大魔王であった時には、多くの部下を従えておったのだぞ。ほんの少し謀反が起こったこともない訳ではないが。

 それに、ヴリトラやアンギラス公爵がしっかりと睨みをきかせておったからな。

 あれ? ワシ、あんまり部下の面倒見てなくないか?


「うーん、そのあたりは不安が残るけど、まあ、なるようになるか」

「……美人局に引っ掛かって、身包みはがされそうだけど」


 ミミ殿が手で口元を抑えて、プププ、と笑っている。

 チクショウ、反論出来ん。


「おーい、ミミ。くっちゃべってないで、そろそろ交代してくれ」

「……分かった」


 警護をしていたギデオン殿が交代の合図をすると、ミミ殿は素早く荷馬車を降り、隊商の先頭へと向かった。そして、それと入れ替わってギデオン殿が馬車に乗り込む。


「さあて、と。取り敢えずは警護はミミに任せるとして……おい、シード」


 ギデオン殿が神妙な面持ちで此方へと向き直った。


「お前のその、何だ。“右眼”は大丈夫なのか?」

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