第10話 目的と紛失と

「ふう、やれやれ。取り敢えず片付いたか」


 賊共を全て蹴散らし、ワシは辺りを見回した。うむ、もう賊はいないようだな。

 しかし、最後に捕まえた奴、急に背中からニョキニョキと白い羽が生えてきおった。


 あれが“天使族”という奴か……。


 だが、なかなかに触り心地の良さそうな羽をしておるではないか。

 少しくらい触ってやろうかと考えたが、羽を生やしたのは、やたらとゴツイむさくるしいオッサンである。

 これがピチピチの女子であったならば、有無を言わさずモフりに行くのであるが……甚だ残念極まりない。


 などとくだらないこと(自覚はしている)を考えていると、ギデオン殿達が後ろから駆け寄ってきた。遠くに逃げておいてくれと言ったのに、どうやら待っていてくれたようだ。

 そして、目の前の状況に、思わずを開けたままの間抜けな表情で目を点にしていた。


「シ、シ、シード……これは一体……!?」


 ギデオン殿が、ぎぎぎ、と音が聞こえてきそうなぎこちない動きで首を動かして此方に向き直った。


「うむ。見事賊共を蹴散らしてやったぞ。辺りも確認したが、もう賊は残っておらん。安心して良いぞ」


 ワシはこれ以上ないほどのドヤ顔で皆を見やった。


「……シードの魔法、桁外れね……」

「いやはや、とんでもないものを見させてもらったね……シード君が“魔王”だってことも頷けるよ……」


 ミミ殿とラーデン殿も呆れ顔でワシを見る。


「ん? そうか? 賊共が大した規模でもなかったから、取り敢えず抑えめに魔術を放ったのだが……」


 そういうと、三人は更に驚いた表情を見せる。

 だが、実際そうなのだ。魔界であれば、あの程度の魔術を放ったところで、何の自慢にもならん。

 ヴリトラの奴がこの様子を見ていたら、「童貞が調子に乗らないでください」などと辛辣な言葉を投げかけてくるに違いない。これが女子であれば、寧ろ素直にありがとうございましたと礼を言うのだが……。


「まあ、そんなことより、背中に羽を生やした変態を捕まえたぞ。何故我々を襲ったのか、問い質さねばな」


 そう言うと、【握撃】で捕まえていた羽を生やした気持ち悪い、“天使族”の賊を、三人の前に突き出した。


 ギデオン殿とミミ殿は、荷馬車からロープを取り出して賊を縛り上げると、頬をぺちぺちと叩いて起こしにかかる。


「……ううっ……んむ」


 どうやら賊が目を覚ましたようだ。

 だが、起きる際になまめかしい声を上げるのはやめてほしい。厳ついオッサンがそんな声を出したところで、聞いているワシ達からすれば、ただの罰ゲームである。


「おい、起きたか」

「……む!?」

「む!? じゃねえよ。テメエ等、“白の旅団”だろ? 何で俺達を襲いやがった?」


 ギデオン殿が賊の胸倉を掴み、問い質す。


「……………」

「黙ってちゃわかんねえだろうが!」


 顔を背け、無言を貫く賊の顔面を、ギデオン殿が蹴り飛ばすが、それでも賊はうめき声一つ上げず、ワシ達を睨みつける。


「っ! このっ!」

「ギデオン殿、待たれよ」


 さらに痛めつけようとするギデオン殿の肩を掴み、制止する。


「シード! 何で止めやがる!」

「いや、そんなことをせんでも、此奴等が何の目的でワシ達を襲ったのか、ワシならば分かるぞ?」

「おいおい、何言ってやがる。お前、この世界に来たばっかだって言ってたじゃねえか。そもそも“白の旅団”のことも知らねえ奴が、コイツ等の考えてることが分かるわけねえだろ」


 ギデオン殿がやれやれといった表情で、かぶりを振る。


「まあまあ、取り敢えず見ているがよい」


 そう言って、ワシは右の眼球がくるりと反転させると、緑色の瞳に変化した……はず。

 すると、それを見た三人は驚愕の表情を浮かべ、わなわなと身体を震わせる。


「お、お、お前! それは一体何なんだ!? 大丈夫なのか!?」

「ふっふっふ、これぞワシが元ではあるが“大魔王”と呼ばれた所以……というわけではないのだが、魔界史上ワシだけが使える権能だ。今、ワシの眼は緑色になっていると思うが、これは[翡翠の眼]と言ってな、この眼で見た者の記憶を視ることが出来る優れものよ」


 そう言うと、三人はさらに驚くが、それ以上に驚いた顔をしていたのが、捕えた賊だった。

 恐らく、ワシに記憶を視られると、相当まずいことがあるのであろう。これは尚更視ない訳にはいかんな。


「さて、賊よ。覚悟は良いか」


 ワシは、賊を見据える。

 賊の記憶が朧気に見え始めた瞬間、


「この世を照らす我等が主よ! 我ら御子に光あれ!」


 そう叫び、賊の身体が光に包まれると、全身に罅割れが起こり、さらに強い光が漏れ出した。


「っ! いかん! 此奴、魔力を暴走させて自爆する気だ!」


 ワシはそう叫ぶと、素早く【土塁】を唱え、賊の周囲を囲む。

 三人はというと、すぐさま踵を返し、その場を全力で離れる。


 そして、けたたましい音とともに、賊の身体が爆発した。


 【土塁】でできた壁によりその衝撃は全て阻まれ、ワシ達に被害は全く無かったが、賊の身体は爆発により四散し、その肉片のみが【土塁】の壁にこびり付いていた。


「……記憶を読まれるのを恐れ、爆死したか……」


 自らの命を絶つほどである。余程知られたくないことがあるのだろう。かといって、何一つ同情はせんがな。

 結局、何故襲われたのかは何も分からなかったが、少なくとも賊は全滅し脅威は去ったのだから、これで良しとするほかないだろうな。


「……兎に角、皆に被害は無くて良かったよ。しかし、考えれば考えるほど不可解としか言いようがないね。どうして僕達が襲われたのか、しかもこれほどの規模で……」


 ラーデン殿が一先ず安堵の溜息をつくも、この状況に首を傾げる。


「……本当に覚えが無いの……?」


 ミミ殿が訝しげな顔をしながら、ラーデン殿を見るが、ラーデン殿はかぶりを振った。。


「……本当に覚えがないんだ。今回の取引は何時もと内容は変わらないし、取引を終えた後だから現金もそれほど残っていないからね……」

「だが、何もないのにこんな規模の隊商をわざわざ襲ったりはしないであろう。何かあるのではないか? そうだな……今回、初めて購入したものや、取引先との契約など……」


 こういったケースでは、本人が気付かずに重要なものを持っていたり、重大な取引をしていたりと、相手にとって価値のあるもの、又は不利益となるものがあったりするものである。

 そのことをラーデン殿に尋ねてみるものの、思い当たることがないのか、頭を抱えながらああでもない、こうでもないと思案を巡らせている。


「本当に身に覚えがないんだ……いや、待てよ? そういえば、胡散臭い宝石商から宝石を一つ買ったな」

「ほう、それはどんな宝石なのだ?」

「ええと、何だっけ? たしか、“深淵の鍵”という紫色の宝石なんだけど、宝石なのに“鍵”だなんて不思議な名前だよね……あれ? ひょっとして、これが原因?」


 ラーデン殿がワシ達に、そうなの? と問いかけるような目を向けるが、ワシ達は首を傾げるだけだった。


「その宝石を狙っていたのかどうか分からんが……して、その宝石は今何処にあるのだ?」

「ああ、それは、僕が持っているんだけど、ちょっと待ってね……ええと、確か此処に……」


 そう言いながら、ラーデン殿は上着のポケットをまさぐる。


「……あれ? 内ポケットに入れておいたはずなんだがなあ」

「覚え違いではないのか?」

「いや、確かに入れておいたはずだよ」

「だとすると、先程の襲撃の際に、何処かに落としてしまったのかもしれんな」

「ええっ!? それは困るよ! あれ、意外に高かったんだよ!?」


 ラーデン殿は慌てふためくが、正直、落としたのはラーデン殿であって、自業自得と言わざるを得ない。

 しかし、この広い砂漠で宝石を見つけるのは、ほぼ不可能と言って良いだろう。

 仕方ない、取り敢えずラーデン殿を慰めてやるとするか。


「ラーデン殿、命が助かり、荷馬車も全て無事なのだ。それで良しとしてはどうか」

「……そうだね。悔しいけど、今回は諦めるしかないだろうね……あーあ、宝石商が言うには、あの宝石があれば、世界の財宝を手に入れることが出来ると言っていたんだけど……ま、信じてないけどね」


 そう言って、ラーデン殿は目を瞑り、首を左右に振りながら肩を竦めた。


 ふむ。しかし、今更そんな情報を持ち出してくるのは反則ではなかろうか。

 胡散臭くはあるものの、それが理由であれば、組織をあげて襲撃するのも道理というものである。

 しかし、そのことに気付いていないラーデン殿は天然なのであろうか?


「まあ、無くなっちまったもんはしょうがねえ。きれいさっぱり忘れちまって、とっととルインズに帰ろうぜ」


 おい、それで良いのかギデオン殿。


「……そうね。そろそろ私もお風呂に入りたい」

「うん、僕も賛成だよ。ようし、みんな! 少し遅れちゃったけど、あと二、三日でルインズに帰れるんだ。荷物をチェックして、直ぐに移動しよう!」


 ラーデン殿が御者達に大声で指示を出した。


「あれ? そういえば、フロウ君はどうしたんだい?」

「オイラがどうかしましたか?」


 フロウと呼ばれた御者が、荷馬車からひょこっと顔を出した。

 あれ? そういえばこの御者、”白の旅団”の襲撃を報告してきた男だったな。


「ああ、いや。姿が見えなかったから、どうかしたのかと思ったよ」

「いやだなあ。オイラ、ずっと荷物のチェックをしてましたよ」

「そうかい? ごめんごめん」


 ラーデン殿がそう言うと、フロウは首を傾げながら荷物のチェックに戻った。


 そして、全てのチェックが終わり、全員が荷馬車に乗り込むと、一行はルインズの街に向け出発した。



■フロウ視点


「ふう。取り敢えず、目的の”深淵の鍵”はゲット出来ましたね」


 揺れる荷馬車の片隅で、御者のフロウは呟いた。


「あとは、“団長”にこれを届けるだけですが、サブナックさんも馬鹿ですねえ。力任せにすることしか能が無いから、こういうことになるんですよ。とはいえ、あの“シード”とかいう男は要注意ですね。今後、我々“白の旅団”の脅威になることは間違いないですから」


 フロウは荷馬車の陰で不敵な笑みを浮かべ、目立たぬよう静かに揺られていた。

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