第9話 白の旅団と壊滅と

 “白の旅団”が直ぐにラーデン達の隊商を視界に捉えると、サブナックは右手で合図し、手始めに五番隊十名の部下を隊商へと突撃させる。


 あと少しで隊商と接触しようとしたその時、砂丘の上から、こんな砂漠に似つかわしくない恰好をした男が一人現れた。

 しかも、よく見ると、どうやら武器を持っていないように見える。


「おい! 馬鹿な野郎が丸腰で出てきやがったぞ!」

「構わねえ、先ずはあいつから血祭りだ!」


 団員達が叫びながら、男目掛けて武器を片手に突進していく。

 

 すると男は、両手を前に突き出し、何かを呟くと、突然目の前に巨大な炎の渦が現れ、団員達の行く手を遮った。


「なんだ!? 一体何が起こりやがったんだ!?」


 青白い炎の渦は轟音を立てながら中心に向かって範囲を狭め、やがて竜巻のような火柱となって団員達を巻き込んだ。

 団員達は声を上げることも出来ず、炎に包まれながら上空に巻き上げられると、その姿は灰となり、風に舞って霧散した。


「……ッ! あれは一体何なのだ!?」


 突然目の前で起きた出来事に、サブナックは驚愕し、思わず叫んでいた。

 そして、炎が消え去ると、ゆっくりと男が此方に向かって歩いてくるのが見えた。

 全く事態が飲み込めないサブナックではあったが、少なくとも今目の前で起きたことは、あの男の仕業であるということだけは理解した。

 だが、隊商の護衛はB級冒険者二人だけであったはず。にもかかわらず、先程の炎の竜巻は、魔法、それもかなり上位の火属性魔法だったと考えており、相当な使い手が、隊商に帯同していたということだ。

 正確な情報を伝えなかった部下達に対し苛立ちを覚えるが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 サブナックは、あの〈魔法使い〉であろう男に対処するため、矢継ぎ早に団員達に指示を出す。


「一番隊、二番隊は男の正面で防御姿勢のまま待機! 三番隊、四番隊は右から遊撃を仕掛けろ! 六番隊から八番隊は左から弓で射掛けて牽制! 九番隊、十番隊は男の後方へ回り込み、隙を見て一気に近づいて魔法を使わせるな!」


 団員達は指示通りに一斉に動き出し、〈魔法使い〉の男へと襲い掛かる。


 だが、突然、男の周りを囲むように土の壁が聳え立つと、右から攻撃を仕掛ける三番隊、四番隊に風の刃が襲い掛かり、瞬く間に団員達は切り刻まれてゆき、あっという間に三番隊、四番隊は全て躯と化した。


 それと同時に、弓を構える六番隊に光の線が左横から近付いてくる。

 そして、六番隊の団員達を左から順に次々と胴体を真っ二つにされ、そのまま七番隊、八番隊へと向かう。

 七番隊、八番隊の団員達は、恐怖のあまり弓を放り出して逃げ出そうとするが、それよりも早く光の線が追い付き、六番隊と同様、団員達の身体が引き裂かれていった。


 左右への攻撃に気を取られている隙に、九番隊、十番隊が後方から襲い掛かろうとするが、ある程度近付いたところで、急に馬が停止した。


 何事かと団員達は馬を見やると、足元から馬が凍り始め、徐々に上へと凍り付いて行く。

 一部の団員は、慌てて馬を飛び降りるが、地面に下りた瞬間、団員の足も凍り始め、身動きが取れなくなってしまった。とはいえ、このまま馬上にいても凍ってしまうのは目に見えている。

 どうすることも出来ない団員達は、悲鳴を上げながら只々その様子を眺めるほかなく、気が付けば、団員達と馬は全て凍り付いてしまった。


「こ、こ、こんな馬鹿な!? 同時に四つの属性の魔法を行使し、しかも直ぐに魔法を起動させるだと!? こんな理不尽なことがあってたまるか!!」


 サブナックは、目の前で起こった到底あり得ない事態に、今にも狂いそうになってしまった。

 そして、残された団員達は一番隊、二番隊の二十名を残すだけとなっている。

 こんな事態を一体誰が予測出来るというのか。


 ここで、サブナックの脳裏には“退却”の二文字が浮かんだ。

 だが、部下の大半を失った上、さらにラーデン=フロストの持つ“深淵の鍵”を逃せば、とても首領に顔向け出来ないばかりか、我々の目的達成が遠のいてしまう。

 サブナックにとって、それは到底受け入れられないことであった。


 このため、サブナックは部下達にすら隠してきた“奥の手”を使うことを決めた。

 本来、“奥の手”は首領の許可なく使用することは厳禁されており、間違いなく叱責される。だが、今この場を乗り切るためには、やむを得ない。


 覚悟を決めたサブナックは、馬の正面を〈魔法使い〉の男へと向け、気勢を上げた。


「よいか! 我が正面からあの男に突撃する! 皆の者は我を援護せよ!」


 そう叫ぶと、サブナックは両刃斧を右手で構え、〈魔法使い〉の男へと突撃して行く。

 さらに、馬上で“奥の手”を使った。


 サブナックの背中が盛り上がり、着ていたジャケットを突き破って真っ白な翼が左右から生えてきた。

 そして、両の眼が金色に光り、〈魔法使い〉の男を睨みつけると、サブナックは左手を男に向けた。


「数多を照らす両の光よ、我を阻む悪魔を滅せよ! 【ライトクロス】!!」


 世界でも殆ど使い手がいない光属性“上級”魔法、【ライトクロス】。

 〈魔法使い〉の男の左右から、突然光で出来た巨大な二本の剣が現れ、左の剣は上段から、右の剣は横薙ぎに襲い掛かる。

 だが、二本の光の剣は、〈魔法使い〉の男に切り掛かる瞬間、忽然と視界から姿を消した。


「なあっ!?」


 驚きのあまり、サブナックは声を上げることすら出来ない。

 〈魔法使い〉の男を凝視すると、いつの間にか〈魔法使い〉の男の右眼が赤い瞳に変わっていた。


 混乱するサブナックであったが、直ぐに気持ちを切り替える。魔法が効かないのであれば、物理による攻撃を行えば良い、と。

 サブナックは両手を天へと掲げた。


「御子の名において顕現せよ! [偃月クレセントソード]!」


 突然、上空に白い裂け目が出現し、そこからゆっくりと巨大な薙刀のようなものが出現した。


 サブナックが出現させたもの。それは、サブナックが“奥の手”を使うことで使用出来るスキルであり、サブナックはそれを”祝福ギフト”と呼んだ。


 祝福ギフト偃月クレセントソード]の破壊力は凄まじく、サブナックが軽く一振りすれば、百人隊規模であれば直ちに壊滅させることが可能だ。


 本来であれば、たかが隊商に使うのは過剰であると言わざるを得ない。

 しかし、サブナックは目の前の得体の知れない男の戦力を、百人隊、いや、千人隊をも凌駕すると見積もっていた。

 今のサブナックに、先程までの油断は微塵もない。


 ただ、この[偃月クレセントソード]をもって男を屠るのみである。


「食らえええええええええええ!!!」


 サブナックは両手を構え、大きく振りかぶると、男へ向かってそのままの勢いで振り下ろした。

 その動きに合わせ、上空の巨大な薙刀が男へと襲い掛かった。


 だが。


「な、何いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 突然、巨大な“右手”のようなものが出現すると、いとも簡単に巨大な薙刀を受け止めた。


 馬鹿な!? あり得ない!


 サブナックは目の前の現実を受け入れることが出来ず、ただ唖然としていた。

 その間にも、巨大な薙刀は”右手”に押し返されそうになる。


「っ! く、くそっ!」


 サブナックは全力で押し返そうとするが、“右手”はびくともしない。

 なおも力を籠めると、突然、サブナックは締め付けられるような感覚に襲われた。


 いや、これは実際に締め付けられている!?


 いつの間にか、サブナックは巨大な“左手”に捕らえられていた。


「ウグッ……!」


 締め付けは徐々にきつくなり、思わず呻き声を上げる。

 後ろの団員達へと救援を求めようとするが、団員達の気配が感じられない。

 まさかと思い、締め付けられている首を無理やり後方へと向けると、いつの間にか団員達は全て倒れていた。

 団員達には目立った外傷もない。だが、何の気配も音もなかった筈だ。


「どうやらお主が賊どもの親玉のようだな。どれ、後でゆっくりと話を聞かせてもらおうではないか」

 

 サブナックはこの異常な事態に戦慄する中、〈魔法使い〉の男の言葉が聞こえた。そして、さらに強くなった”左手”の締め付けによって、サブナックは意識を手放した。

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