第8話 盗賊と遭遇と
ラーデン殿と挨拶を交わした後、暫く皆で談笑をしていると、荷物の確認作業をしていた御者達が、大慌てでラーデン殿の元に走ってきた。
「若旦那! 遠くで砂煙が見えました! 此方に向かっているようです!」
「なんだって!?」
ラーデン殿とギデオン殿がお互い目を合わせ、ギデオン殿が頷くと、二人は砂煙を確認しに丘へと登った。
ミミ殿はそれを見届けると、馬車の上へと登り、御者達に何やら指示を出す。
はて? 何が起こったのだろうか。
ワシは興味津々にラーデン達の後を追って行った。
「どうしたのだ?」
すると、丘で砂煙を見たギデオン殿が、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「わざわざ丘に隠れて街道から見えないようにしてたんだがな……なんで俺達の居場所が分かったのか知らねえが、砂煙の大きさから考えても、かなりの人数だな。どうやら“白の旅団”に目を付けられたか……!」
「ギデオン君っ! ど、どうしますか!?」
ギデオン殿が誰に言ったでもなく呟くと、それを聞いたラーデン殿は焦りながらギデオン殿の肩を揺さぶった。
「……まあ、何とかするしかねえな……しかし、なんでこんなちっぽけな隊商なんか狙いやがるんだ」
「ギデオン殿、話の腰を折ってすまんが、“白の旅団”とは何なのだ?」
「あん? “白の旅団”てなあこの辺りを荒らしまわってる盗賊共だ。奴ら、かなりの数いやがって、普段は街や村を襲うとんでもねえ糞共だ」
なるほどな。ギデオン殿が指摘する通り、そんな規模の盗賊が、我々のような小規模の一団を襲っても、手間が掛かるだけでメリットもあまり無さそうだ。
にも拘らず、此方に狙いをつけ、襲い掛かってくるということは何か理由でもあるのだろうか。
とまあ、そんなことを考えていても、ワシに分かるわけもないので、取り敢えずは、皆の邪魔にならんように静観するとしようか。
「おい、ミミ! お前の目で見て、盗賊共の数はどれ位いそうだ?」
「……ぱっと見ただけでも五十……その後ろの砂煙の大きさから考えると、全体で百は超えそう」
「……だよなあ……。俺達だけでどこまで防ぎきれるかどうか……仕方ねえ。旦那、命あっての物種だ、荷物全部捨てちまえば、なんとか逃げ切れるかもしれねえが、どうする?」
遠くに上がる砂塵と三台の荷馬車を見やった後、冷静に状況判断をしたギデオン殿とミミ殿が、ラーデン殿に判断を促す。
ラーデン殿は懐に手をやり、暫く俯いていたが、直ぐに顔を上げた。
「……仕方ない。よし、みんな! 現金とか、最低限持ち運べるものだけを持って、直ぐにこの場所から逃げるよ!」
御者達に大声で指示を出すと、この事態を受けて狼狽えていた御者達は、一目散に荷馬車に積んである金目の物を掴む。
「おい! もう時間がねえんだ! かき集めるのはそこら辺にして、とっとと逃げるぞ! 全員ミミの後に続け! ……俺は出来る限り、此処で奴らを食い止めてみる……!」
「……っ!? ギデオン!?」
ミミ殿が驚いて、慌ててギデオン殿に駆け寄り、その腕を引っ張るが、ギデオン殿はミミ殿を振り払うと、背中から盾を下し、剣と共に構える。
「……悪いな、ミミ。このままじゃあどう考えても、奴らに追い付かれちまう。誰かが此処で足止めするしかねえんだ……」
「……でもっ!」
ギデオン殿の目は悲壮な決意を秘めており、それは揺らぐことはない。
これまで無表情だったミミ殿は、今にも泣きだしそうな顔で、ギデオン殿に翻意を促すため、必死で縋る。
……ワシは、ほんの僅かの時間でしかないが、ギデオン殿達の人となりについて、好感が持てるものだった。何せ、ワシのような得体の知れない輩の言うことに、此処まで耳を傾ける”お人よし”なのだからな。
はあ、仕方ない。人の好い彼等に嫌われたくは無かったが、死なれるよりは余程良いか。
「ギデオン殿、あの盗賊共はワシが引き受けよう。ただ、巻き込まれぬよう荷馬車を引き連れて出来る限りこの場から離れておいてくれ」
「っ!? 馬鹿野郎! お前に何が出来るってんだ! いいからみんなと一緒に、さっさと逃げやがれ! ミミ、お前もだ!」
やはり、ギデオン殿は良い奴だ。これは、尚更死なせるわけにはいかんな。
「おいおい、ギデオン殿。逆に問うが、お主一人が奮戦したところで、あの規模の盗賊共を食い止められると思うのか? それこそ犬死というものだろう。だが、ワシならばあのような輩、一瞬で蹴散らせる」
「ああ!? それこそお前じゃ無理に決まってんだろうが!」
ギデオン殿がなおも食い下がるが、この事態を受けて、ギデオン殿は先程までの会話を失念してしまっているようだ。
「ギデオン殿、ワシは誰だ?」
「あん? そりゃお前……」
「そう、ワシは、“元”大魔王。魔界最強の、な」
◇
「支部長! 忍び込ませていた団員からの連絡どおり、奴ら、砂丘の向こうで休憩しています!」
シード達がいる砂丘から五ケメト離れた所に、総勢百名を超える集団が待機していた。
この集団は“白の旅団”。アドラステア王国で猛威を振るう盗賊集団である。
そして、この集団を束ねる“白の旅団”東部方面支部長であるサブナックは、部下の団員からの報告を口を真一文字に結び、両手を組んで聞いている。
「そうか、分かった。それで、護衛の数は?」
「ハッ! B級冒険者が二人、一人は片手剣と盾を持った男、もう一人は双剣使いの女です」
「……で? 肝心の“深淵の鍵”は……?」
「フロスト商会の御曹司が所持しているようです」
サブナックは目を瞑り、顎を擦る。
「……はっきり言って過剰戦力だったな。だが、フロスト商会の御曹司が護衛を依頼したほどだ。B級とはいえ、それ以上の実力があると判断して良いだろう」
「支部長、どうされますか」
部下の問いかけに、サブナックは眉を少し動かすと、すっくと立ち上がり、長身の彼は、部下を見下ろす。
「決まっている。予定通り、東部方面支部全軍をもって“深淵の鍵”を強奪する。今回の仕事は失敗するわけにはいかんからな」
そう、今回の任務は失敗できない。
“白の旅団”にとって、ラーデン=フロストがマジャール王国で入手した“深淵の鍵”は、どうしても必要なものであった。
———全ては、“我等の主”のため。
だが、事情を知らないサブナックの部下達は、今回の襲撃があまりにも大規模過ぎて、サブナックの指示に首を傾げるばかりであった。
そして今、サブナックは全員に檄を飛ばす。
「よいか皆の者! 狙うは此処から五キロ先で待機しているルインズ商会の隊商の一団だ! 一人たりとも逃すな! 殺しても構わんが、ラーデン=フロストだけは生きて我の前に連れてくるのだ!」
「「「「「応!」」」」」
部下達は、サブナックの激を受けて、気合を入れると、全員馬に跨った。
そして、部下達は盗賊とは思えないほど見事に十人単位の十の小隊に分かれて整列し、サブナックの号令を待つ。
サブナックは右手を上げ、
「行くぞ! 我に続け!」
馬の腹を蹴り、ラーデン達のいる砂丘目掛け、部下たちと共に全速で駆け抜けていった。
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