第7話 認識と違いと

「いやいやいや、魔王って。有り得ないでしょ」


 ラーデンと呼ばれた男が、右手を左右に振りながら激しく否定する。


「いや、こいつなんだけどね、信じられねえ話だが、空を飛んできやがったし、砂漠のど真ん中で何も持たずスーツなんか着ていやがるしで、まあ取り敢えずは話を聞いてみてもいいかと思ってな」


 男は、ワシの方をチラリと見ると、右手で顔を抑えて俯いた。


「うーん、俄かに信じられないねえ……何か魔王って判るものとかがあればなあ」

「おいシード、何か魔王って証明できるもんはないのか?」

「と言われてもなあ。そもそもだな、人界で言うところの魔王というのはどのような者なのだ?」

「ん? ああ、俺達の言う魔王って奴は、とんでもねえ魔法の使い手で、幾つもの国を焦土と化したって伝説があるんだ」


 それから、ギデオン殿が魔王について簡単に説明してくれた。


 魔王とは、約一千年前、人界に突如現れたらしい。

 魔王は供も連れず、たった一人で各国に出没すると、行く先々で猛威を振るった。そして、魔王の行く手を阻む者達を片っ端から打倒していった。そしてその余波で、巻き込まれた国々は、破壊され、焼き尽くされた。

 しかし、各国を蹂躙してゆく魔王を打ち破るため、西方諸国において最も西に位置する国(現在は、ドライランド公国と呼ばれている)にて“勇者”が召喚された。

 “勇者”は、神が創った聖剣を携え、その時代の“七英雄”と呼ばれた七人の者たち、ある者は“剣聖”と呼ばれた剣の達人、またある者は“大賢者”と呼ばれた〈魔法使い〉と共に、魔王に立ち向かい、見事魔王を退けた。

 その後、魔王はこの世界から姿を消し、世界に平和が訪れるのだが、“勇者”もまた、それ以降消息を絶ち、だれもその行方を知る者は無かった。

 なお、“勇者”が使用した聖剣は、現在も西方諸国の中央に位置するパルメ大聖国の聖都に存在している。


「……とまあ、こんな感じで、この世界は”勇者”に救われたってわけだ。一応、俺の説明で合ってるよな?」


 ミミ殿とラーデンという男が頷いた。


 ほう、一千年前に現れた魔王か。しかし悪い奴がいるものだな。

 だが、その話、何処かで聞いたことがあるような無いような……って、何だかおかしな話になっておるぞ!?


「いやいやちょっと待て! 何だその話は! 確かにワシのいた魔界でも、一千年前のご先祖様が人界へと渡ったという記録があるが、そんな話ではないぞ!?」

「へえ、魔界じゃどんな話になってんだ?」


 ワシは、魔界に伝わる一千年前のご先祖様のことを話した。


 一千年前のご先祖様は脳筋であったこと。

 魔界において敵なしとなった後、腕試しだと称して人界へと渡ったこと。

 そして、人界の“勇者”と腕試しをするが、敗れたこと。

 その後、一千年前のご先祖様が自分を倒した勇者に惚れてしまい、しつこくプロポーズし続け、絆された勇者が大魔王と結婚し、共に魔界に渡り、幸せに過ごしたことを。


「……じゃあ何かい? はた迷惑な大魔王がこの世界で腕試しをした結果、世界中がとばっちりを受けて、勇者に倒されたものの今度は勇者に惚れた挙句、勇者を魔界に連れ帰ったということかい?」

 

 ラーデンという男が呆れながら、改めて尋ねた。


「……とばっちり云々は知らんが、少なくともギデオン殿が言った通り……なのか?」

「……俄かに信じがたいねえ……じゃあ、勇者か大魔王のどちらかが、女性だったってことだよね」

「その通り。勇者が女子だったようだ。だから、家系的にワシはその大魔王と勇者の子孫にあたるぞ」

「「「(……)ええええええええぇぇぇぇぇ!」」」


 三人が一斉に驚いた。何処で驚いたんだろう?


「じゃ、じゃあ、お前は勇者の子孫ってことか!?」

「む、そこ驚く?」

「大体、世界を震撼させた魔王と勇者がくっついたってだけでも驚きなのに、その子孫が俺達の目の前にいるんだぞ!? 驚くに決まってんだろ!!」


 ミミ殿も目を見開いてコクコクと頷く。

 しかし、ラーデンという男だけは訝しげな表情を浮かべている。


「……やはり、僕には今の話は信じられないよ。何か証拠を示してもらわない限りはね」

「うむう……取り敢えず、証拠? になるかどうか分らんが……」

「あるのかい!?」

「うむ。ワシがこの人界を知るきっかけとなった書物があってな。此方に来るときに一緒に持ってきておる」


 そう言うと、ワシは【収納】を展開し、目の前に真っ黒な穴を出現させた。

 ワシは穴に右手を突っ込み、ガサゴソと中を漁ると、『人界の歩き方』を取り出した。


「ほら、この本はご先祖様……大魔王の方な。それが記した本で、これに人界での出来事などが具に書かれておる……ん? どうした?」


 何やら、三人がまた驚いた顔をしている。

 今度は一体、何に驚いているというのだ。ワシは思わず首を傾げた。


「お、お、おま、それは一体何なんだ!?」

「それ?」

「それだよ! なんか急に穴が現れて、お前が手を突っ込んだら本が出てきただろ! それが何なのか聞いてんだよ!」

「これのことか? これは【収納】と呼ばれる魔術の一種でな、魔術の中では中級といったところだな。魔界では、特に珍しいものではないぞ」

「いや、そんな魔法ねーよ! ていうか、“魔術”って何だよ! 普通は“魔法”だろうが!」


 ギデオン殿が捲し立てるように突っ込んでくる。

 というか、“魔術”が無く“魔法”なあ……そういえば、『人界の歩き方』でそのように記してあったな。


「うむ……人界では“魔法”と呼び、魔界では“魔術”と呼ぶことは承知している。だが、魔力そのものは、“魔術”も“魔法”も大差ないらしいな」

「……そうなのか?」


 ギデオン殿がラーデンという男とミミ殿に振り替えり、不安そうな顔で訪ねるが、二人はふるふると首を左右に振った。


「おい、違うじゃねえか」

「ワシに言われても……」

「じ、じゃあ、その“魔術”というのはどういったものなんだい?」

「うむ」


 ワシは魔術について掻い摘んで説明した。

 魔術には属性があり、火属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性、空属性そして無属性の八種類となっている。

 魔術の熟練度は十段階あり、熟練度が上がるにつれ、使用できる魔術が増え、威力も上がる。


「……とまあこんな感じだな」

「……その、“空属性”と“無属性”というのは何だい?」

「ん? そのままの意味だが」

「……うーん、うまく話が通じてないようだね……要はね、その“空属性”も“無属性”も、この世界には存在しないんだよ」


 はっはっは、何を馬鹿な。

 魔界でもワシしか使い手がおらん無属性は兎も角、空属性など日常の便利魔術として殆どの者が使っているのだぞ?


「俄かには信じられんな。大体、空属性と無属性が無ければ、六種類の属性しか使えぬではないか」

「……この世界には、その“魔術”と共通する六属性のほかに、聖属性と邪属性がある」

「ナニソレ」


 聖属性? 邪属性??


「……聖属性は回復魔法や浄化魔法、邪属性は毒の付与や呪いによる精神攻撃、人を操ったり出来る」

「何だかずるいな……それではまるで、チートではないか……」

「なんだそりゃ?」

「うむ? いや、“何でもあり”という意味なのだが……」

「じゃあお前のことじゃねえか?」

「ヒドイ」


 ギデオン殿から理不尽なツッコミが返ってきた。

 しかし、詳しくは解らんが、戦闘中に怪我を負っても回復魔法で直ぐに復帰出来るのであれば、その有用性は非常に高い。日常においても言わずもがなだ。

 また、邪属性についても、状態異常を付与出来たり、精神攻撃を行えるのであれば、戦闘を有利に進めることが出来る。特に、人を操作出来るなど、かなり危険である。


 なんだ、下手をすると、魔界より人界の方が恐ろしいではないか。

 とはいえ、ワシにはやるべき“使命”がある。これしきの障害、物ともせんがな。


「……魔王かどうかは置いといて、少なくとも人族ではないということは理解したよ。そうだ、自己紹介が遅れたね。僕はラーデン=フロスト。これから向かうルインズの街で商会の店長をしているよ」

「そうか、ではラーデン殿と呼ばせていただこう。ワシはシード=アートマン。信じようが信じまいが、魔界の“元”大魔王だ」


 “元”大魔王と聞いて、苦笑するラーデン殿が右手を差し出すと、ワシはその手を掴み、握手をした。

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