第5話 遭遇と宣言と
「お、見えたぞ」
ワシは、十分程飛んで進むと、右眼の権能で視た、隊商の一団を見つけた。
最早、ワシの喉は枯渇寸前である。直ぐにでもあの一団に水を分けてもらわねば!
早速隊商に近づこうとしたとき、ワシは驚愕してしまった。
「っ! ……な……ん……だと……!?」
其処には、ワシが人界において”求めてやまないもの”があった。
だが、どうずる!?
ワシには“アレ”に近づく勇気を持ち合わせていない。元大魔王であるこのワシをもってしても、“アレ”に対抗する術はない。
如何に魔術に優れようとも、数々の権能を持ち合わせていても、“アレ”と相対するには全くの無力なのだ……。
「ええいっ! ままよ!!」
ワシは意を決し、隊商に慎重に近づくことにした。
荷馬車の戦闘で周囲を見張っている男が、どうやら此方に気付いたらしく、かなり驚いた表情をしながらも腰から剣を抜き、盾を構えた。
ワシはその男の前へと降り立つと、
「失礼する。ワシはシード=アートマンという。すまんが、水を少し分けてはくれんか」
初めて出会ったこの世界の人族に名乗りを上げた。
「………」
「………」
何故か、この人族の男は口を大きく開け、今にも心臓が飛び出しそうな顔で、剣と盾を震わせている。
しかし、此方も丁寧に自己紹介をしたのだから、人族の方もせめて名前ぐらい教えてほしいのだが……。
まあよい。取り敢えず、人族が話し出すまで待つとしよう。
………………………。
………………。
………。
……あれ? 何で話しかけてこないの?
やはり人族の男は、此方を凝視したまま、先程と同じ表情で微動だにしない。
仕方ない……。もう一度最初からやり直すか……。
「……失礼する。ワシはシード=アートマンという。すまんが、水を少し分けてはくれんか」
「うおっ!? もう一回名乗りやがった!? 貴様、一体何者なんだっ!?」
「いや、だから、ワシはシード=アートマンと、ちゃんと名乗っておるが……」
うーん、何やら想像以上に警戒されておるな……。
まあ確かに、こんな砂しかないような場所で、いきなり空から現れては、警戒するのも無理はないか……。
であるなら、少し丁寧に自己紹介をして警戒を解いたほうが良さそうだな。
「……コホン。何度も言うが、ワシの名はシード=アートマン。この人界とは別の、魔界からやって来た。魔界では、“元”ではあるが大魔王をしておった。よろしく頼む」
人族の男は、ワシの言葉に驚愕の表情を浮かべ、口をパクパクとさせている。しかも、どうやら息も止まっていたようで、突然息を吐きだし、咳込んだ。
「っ! ごほっごほっ! ま、魔王だってえ!? 人が空なんか飛んでやがるから、おかしいと思ったんだ! さては、この世界を滅ぼしに来やがったのか!?」
「ええええっ!? 何でワシが人界を滅ぼすのだ!?」
「な、な、何言ってやがる! 魔王っていやあ、世界の敵だろうが!! そこら辺のガキでも知ってやがるぜ!!!」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!?!?!?!?」
ななななな、何だと!?
魔王が人界を滅ぼすだと!?
一体何処のクソバカ魔王であるか!?
「いやいやいやいや!! 絶対人違いだ!!! ワシ、人界を滅ぼすなど露にも思っておらんぞ!?」
「んなわけねえだろ!! 空を飛んでたのがその証拠だ!!! 普通、人は空なんか飛べねえんだよ!!!」
「えええぇぇぇぇ……!」
人界では、空を飛ぶ輩は世界を滅ぼすのか!? というか、空を飛んだくらいでサイコパス認定するのはやめてほしいのだが!?
兎に角、どうやらこの人族の男はワシが人界を滅ぼすと、割と本気で疑っておるようだから、何とか誤解を解かねば……。
「お主の言う魔王とやらがどんな輩かは知らぬが、少なくともワシには人界を滅ぼす気など毛頭ない。先ずは矛を収めよ」
「うるせえ! そんなこと言って、極大魔法かなんかで辺り一面火の海にする気だろうが!! ああ……こんな事なら、”白の旅団”全員を相手してる方がよっぽどマシだったぜ……」
「ああもう! 違うと言っておるだろうが!! だったらどうしたらワシの言うことを信じるのだ!!!」
話が全く通じず、勝手に暴走気味になる男に、ワシは思わず頭を抱えて蹲った。
おかしいぞ!? ワシは只、水を分けてもらいつつ、初めての人族との会話を楽しみながら、あわよくば……と考えておっただけなのに……!
あれか? ワシがそんな淡い期待をしておったから、罰が当たったとでもいうのか!?
「……ギデオン、一人で一体何を騒いでるの?」
あああああ! やばい! やばいぞ!!
とうとう“女子”が近付いて来てしまったぞ!!!!!
確かにワシの人界へ来た最大の目的は、人界の“女子”とイチャコラすることではあるが、 ワシは……ワシは…………“女子”と会話したことが無い……!!!
どうする!? どう乗り切る!?
と、兎に角、先ずは女子受けする話題を話しつつ、そこから次に繋げるのだ!!
ああ……どれだけハードルが高いのだ……。
「……ギデオン、コイツ、誰? 何で砂漠の真ん中に黒のスーツを来た男が、何の荷物も無いまま此処にいるの?」
「っ!? おまッ! そいつが誰だか解ってんのか!? そいつは、あの伝説の”魔王”だぞ!!!」
「……ブフッ! ……ギ、ギデオン……面白い冗談」
この男は“ギデオン”というのか……。
だが、ギデオンという男が必死に説明しているが、この女子、腹を抱えて笑っておるな。
……しかし、何故このギデオンという男は女子にそのように平然と話せるのだ!?
どうやら、このギデオンという男は”英雄”であるらしいな……そうでなければ、そんな事も無げに女子に偉そうに話しかけられる筈がない……!
「……ププ。冗談はさておき、コイツは誰なの……?」
「だ・か・ら! 魔王だって言ってるだろうが!!」
「……はあ、さすがにその冗談はもう面白くない」
「だけどアイツ、空を飛んで此処に来たんだぞ!? おまけにアイツの場違いな恰好を見ろよ! 明らかにおかしいだろうが!!」
「……? 人が空なんか飛ぶわけないでしょ? 恰好がおかしいのは理解するけど」
「あーーーーーーー! もーーーーーーーー!!」
この女子と会話が全然かみ合わず、イライラしているギデオンという男が、両手で頭をガシガシと掻きむしる。
女子は女子で、呆れ顔でギデオンという男とワシを交互に見ている。
……正直、あまり此方を視ないでほしい……ワシ、固まっちゃう……。
兎に角、このままでは話が前に進まないので、何とか会話に割り込むとしようか。
「……あのー、ちょっと良いか?」
「……何?」
女子が訝しげな顔で此方を見た! お願い! 見ないで!
と、取り敢えずギデオンという男と話をしよう! うん、そうしよう!
「……“ギデオン”殿、で良いか? 先程から申しておるとおり、ワシは人界に危害を加えるつもりは毛頭ない。寧ろ、人界に住む人々と交流したいと考え、人界へやってきたのだ」
だって、女子とイチャコラするためにやってきたのだからな。
「だからギデオン殿。突然のことで驚いているのは承知しているが、どうか、ワシの言うことを信じてもらえんか」
「……私が聞いてるんだけど? なんで無視するの?」
無視してるんじゃないんです! お話しする勇気がないんです! お願い! 女子と会話するスキルを身に着けるまで、話しかけないで!!!
一方、ギデオン殿は、ワシの言葉にどうやら少しだけ落ち着いたようで、此方に向けていた剣を下すと、深い息を吐いた。
「……はぁ~、取り敢えず、今すぐどうこうって訳じゃなさそうだな……で、魔王様はこの世界に何の用なんだ?」
「……ギデオン、あんたも私を無視するの?」
「違えっての。いいか、ミミ。兎に角、この魔王様の目的とやらを聞き出すのが先だろ。世界の存亡が掛かってんだぞ」
「……まだ言ってるの? 魔王だなんて与太話」
ふむ。この女子は、“ミミ”という名らしいな。ちゃんと覚えておかねば、嫌われては元も子もないからな。ワシの心のメモリーにしかと刻んだぞ!
「……わりい、脱線しちまった。で、話を戻すが、魔王様の目的は何だ?」
「先程も言ったとおり、ワシはこの人界の人々と交流を持ちたいと考えておる。他には、この人界には絶景と呼ばれる場所が幾つもあるらしいから、それらも見てみたい。更には、食べ物も美味いのだろう? 魔界は、魔物の肉を焼いただけの、捻りも何もない料理ばかりだからな」
「何だよ、観光気分でこの世界に来たってのか?」
どうやら、少しだけ雰囲気が和んだようだ。良かった。
では、ワシの最大の目的を明かすことは出来んが、これを果たすための条件だけは告げておくとしよう。
「いや、ワシは、冒険者になりに来たのだ」
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