第4話 人界と砂と
一千年前に人界に初めて渡った当時の大魔王は言った。
人界は、この世の楽園であると。
曰く、人界の何処であっても見渡す限りの素晴らしい景色が広がっている。
曰く、人界は山海の珍味に溢れている。
曰く、人界の女性は奇麗で可愛くて強くて優しくてスタイルも良くて(割愛)。
……兎に角、魔界とは雲泥の差であると、当時の大魔王が記した本、『人界の歩き方』にはっきりと載っていた。
ワシはこの事実(特に三つ目)を知り、どれ程胸を躍らせ、恋い焦がれたことか。
いよいよワシは常世の門を潜り抜け、今、人界に降り立つ!
そして……。
「此処は何処だ?」
辺り一面、“砂”であった。
◇
「暑い! 暑いぞ!! 聞いてないぞ!!!」
『人界の歩き方』によると、ワシが降り立った場所は“砂漠”と呼ぶらしい。
確かに、真っ青な空と照りつける太陽、一面が砂の景色は、見応えのあるものだと言えよう。
但し、涼しければの話だが……。
兎に角暑い! 暑いのである!
こんな所に半日もいれば、間違いなくワシは干からびてミイラになる自信がある。
しかも、前後左右見回しても人が一人もいない。いるわけがない。
アカン、あまりの暑さに、喉が渇いて意識が、朦朧としてきた。
このままではマズイ。
先ずは、人が住む場所か、水場を探さねば!
「取り敢えず、水場か街でも探すか……」
ワシは、右眼を反転させ、黒の瞳から黄色の瞳に変化させると、周囲を見渡した。
「ふう、どうやら右眼の権能は人界でも使えるようだな」
ワシの右眼は、八つの権能を使用することが出来る。
具体的には、
・真紅の眼 魔法及び魔法効果を消すことが出来る。
・翡翠の眼 対象者の記憶を視ることが出来る。但し、対象者が強く印象に残っている記憶しか視ることが出来ない。
・桜の眼 対象者を幻惑することが出来る。但し、強靭な意思を持つ者には不可。
・紫煙の眼 魔力の流れを視ることが出来る。
・
・山吹の眼 自身の三拍先の未来を視ることが出来る。
・
・鈍色の眼 対象者及び対象物を鑑定することが出来る。
となる。
それぞれの権能は卑怯と言っていいほどの便利なものであるが、権能は魔術やスキルと異なり、魔界の歴史においても“魔族”で使えるのはワシしかいない。
ん? 使い手がワシしかいないのに、何故それぞれの権能に名前があるのかって?
それは、ワシが瞳の色に合わせて名付けたからだ。
大体、魔術だって、最初に名を付けた奴が格好良いと考えて名付けたはずである。そうに違いない。
なお、魔術の行使に当たり、術式を構築するために詠唱しなければならないと考えられているが、実は、音と文字に術式を込めれば使用可能だ。
例えば、【火炎槍】という魔術であれば、『火の眷属よ、我(一人称は何でも良い)に仇なす者に対し、炎の槍をもって穿て、【火炎槍】 』と詠唱するが、あんな句にする必要はなく、ただ【火炎槍】と唱えれば良い。
じゃあ何故そのような句を唱えるかといえば、魔術の名前と同様、初めて魔術を編み出した者が、そんな風に唱えれば格好良いと考えたからに違いない。ワシはそう確信している。
まあ、魔術を研究している者共は、魔術を行使するために最適化・効率化したものだと本気で信じているが……。
ともあれ、人界で権能が使えるのと使えないのではワシの今後を大きく左右するので、取り敢えず良かった。
改めて周囲を見渡し、街や水場を探す。
すると、かなり此処から離れてはいるが、三台の荷馬車が砂漠を進んでいた。
そして、荷馬車の先頭には丸い盾を背中に担ぎ、腰に太めの剣を佩いた男が、荷馬車を先導するかのように歩いていた。
「おお! 人だ! 人がいるぞ!」
ワシは嬉しくなり、荷馬車の一団へと駆け出した。
だが、一団はシードの遥か先にいるため、走ったところで一団に辿り着くことは出来ない。 その前に熱にやられて干涸びるのが関の山である。
にも関わらず、思わず駆け出してしまったのは、右眼の権能により一団が近くにいるものと勘違いしてしまったためである。
ワシ一人だから良いものの、誰かに、特に女子に見られてたら、恥ずかしさで悶絶しておったかもしれん。
ワシは立ち止まって、コホン、と咳払いをし、
「【風脚】」
と唱えると、足から風が巻き起こり、身体が空へと浮かんでゆく。
「では、あの一団を目指すとしよう」
ワシは、荷馬車の一団がいる方向目掛けて、一目散に飛んで行った。
◇
■ギデオン視点
「しっかし、暑っちぃなあ! 何とかならねえのか!」
俺は、荷馬車の横で砂漠を歩きながら空を眺め、そう呟いた。
俺、ギデオンはアドラステア王国とマジャール王国との国境にある、交易都市ルインズの冒険者ギルドに所属するB級冒険者だ。
今回の依頼——マジャール王国=ルインズ間の隊商の護衛——を無事達成すれば、俺達は晴れてA級冒険者に昇格出来る。
B級までは、通常の依頼やギルドからの指名依頼を達成していけば、その貢献度に応じて昇格出来るが、A級、S級に昇格するためには、依頼達成のほかにギルド又はギルドの支援者の推薦が必要となる。
今回の依頼主である、この隊商を代表するフロスト商会ルインズ支店の支店長、ラーデン=フロストは、そのギルド支援者の一人だ。
だから、本来であればB級冒険者だったら実入りが少なくて普通は受けないような、隊商の護衛任務を受けたわけだ。
「……つべこべ言わない」
どうやら、最後尾を歩いているパートナーのミミに俺の独り言が聞こえたらしい。
因みにこのミミは、同郷の冒険者、というか幼馴染で、俺より三つ年下だ。冒険者になって三年が過ぎて一端の冒険者になった頃、十五歳になったミミが俺を追いかけて冒険者になり、それ以来パーティーを組んでからもう六年になる。
「だけどよ、これだけ暑いとさすがにまいっちまうよ。やっぱ、日が落ちてから移動した方が良いんじゃねえか?」
「……最近、この辺りに”白の旅団”が出没していることは知ってるでしょ? 出来る限りルインズの街の戻った方が良い」
”白の旅団”とは、アドラステア王国の各地にいる盗賊団の総称で、王国最大規模を誇り、しかも、その構成員は全部で千人以上に上ると言われている。
この盗賊団による被害は甚大で、壊滅した街や村は既に二桁を超えており、王国からかなりの額の懸賞金が懸けられている。
にもかかわらず、その正体と所在は一向に掴めず、また、活動する時間帯も昼夜問わず行われており、正に神出鬼没だ。
しかも、王国内の各地に分かれて活動しているとの噂もある。というのも、王国内で同時多発的に強盗事件等が勃発しているのだ。ご丁寧に、”白の旅団”と名乗って、だ。
だから、昼間であっても警戒を怠るわけにはいかないのだが、とはいえ、さすがにずっと気を張り続けても身体がもたない。
ミミの指摘も尤もだが、ここは悪いが意見させてもらおう。
「それでもだ。只でさえ護衛は俺達二人だけなんだぞ? 疲労が抜けねえ状態で襲われたら、さすがに拙いだろ」
そう、今回の護衛には俺達二人しかいない。
俺達は、基本的に二人で活動している。依頼内容に応じて、助っ人の冒険者を入れたり、他のパーティーと共闘したりすることもあるが、今回の依頼に関しては、二人だけで請け負った。
というのは、依頼主であるラーデンから提示された条件が、”俺達二人だけで護衛する”ということだったからだ。
何で態々隊を危険にさらすようなことをするかは解らないが、依頼を受けた以上は、必ず達成させる。
「てな訳で、悪いが此処で一旦休憩する。幸い、此処なら砂丘で陰になってるから見つかりにくいしな」
「……分かった」
御者に手で合図し、荷馬車を停止させる。
「んじゃ、ちょっとラーデンの旦那に説明してくるから、そのまま警戒しててくれ」
ミミは無言でこくりと頷くのを見て、ラーデンが乗る荷馬車に向かう。
すると、荷馬車からラーデンがひょっこり顔を出してきた。
「ギデオン君、どうしたんだい? こんな場所で止まって」
「いやあ、ちっとここらで休憩しようと思ってね。此処なら盗賊からも狙われにくいし、今後の道中を考えても、体力を温存しといた方が良い」
「そうかい? だけど、ルインズまでは此処からだとあと二日程で到着出来そうだし、盗賊のことを考えるんなら、出来る限り先に進んだ方が良さそうだけど?」
「いや、護衛の俺達もそうだが、旦那たちも荷馬車が三台もあるのに、旦那を含めても六人しかいない。俺としては、疲労が溜まって道中うまく立ち回れなくなる方が怖えな」
ラーデンは顎をさすりながら、荷馬車に目をやるが、直ぐに視線を此方に戻すと、軽く頷いた。
「……まあ、しょうがないね。わかった、此処で休憩しよう。おーい、此処で暫く休憩するよー! 馬に水をやるのと、念のため、積み荷をチェックしといてねー!」
ラーデンが指示を出すと、御者達の顔に笑顔が浮かんだ。どうやら、それなりに疲労が溜まっていたようだ。
「しゃあ俺はミミと交代で警戒しとくから、何かあったら呼んでくれ」
そう言って、ミミの元に向かおうとすると、空に黒い物体が見えた。
「ありゃ何だ?」
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