第11話 土の丑

—— 店長の戸田



 今日は散々な目にあった。


 仕事を終え、店を閉めて、コンビニで夕飯を買い、家に帰る。

 もう、この繰り返しを何度したことだろう。だが、これからはそんな事を考えず、彼女のことを考えればいい。


 鍵を開け、玄関で靴を脱ぎ、部屋へと向かう。リビングは、テレビがついている。また観てるのか、まあ、電気代がかかるだけだから、部屋中めちゃくちゃにされるよりはテレビで大人しくしてくれている方がいい。


 軽くシャワーを浴び、部屋着に着替える。ソファでテレビをじっと見つめる彼女の頭を撫で、隣に座った。びくりと身体を震わせると、少し離れる。これは、席を譲ってくれたのか、まだ心が開ききっていないのか。


 テレビを見ていると、彼女はそわそわとこちらを見てくる。お腹空いたのか。立ち上がり、コンビニの袋からご飯を出すと、そそくさと彼女はテーブルにつく。随分と、物わかりが良くなった。

 いつもは皿に移してやるが、試しに、そのご飯を手に乗せてみる。彼女がぴくりと反応した。そっと彼女の前に差し出す。しばらくはじっと、手に乗るご飯を見つめ、更にこちらを見つめる。腕の筋肉がきつくなるまでじっと我慢していると、しばらくして、鼻を寄せてきた。

 来た。

 ぴちゃぴちゃと音をたてながら、彼女は手の中のご飯を食べた。ぞくぞくと満足感が湧き上がってくる。


 電話が鳴った。

 彼女は、これは好機と手から口を離す。戸田は舌打ちをして、ご飯を皿に盛り付けると彼女の前に出した。


 鞄の中に紛れる電話を探し出して画面を見ると、着信は水谷からだった。無視しようかという気持ちに駆られるが、そこまで邪険にする必要もない。


「もしもし」

 出ると、向こうの電話からはあはっと笑い声が聞こえる。

〔電話も真面目だなー、お前〕

「もしもしに、真面目もクソもあるか」

 水谷はまたあははと笑う。気分がやけに良いようだ。


〔あのさ、柔道経験者だよね?〕

「一応」

 中高で大会で一度か二度は優勝経験がある。

〔実はさ、お願いがあって〕

「泥棒からのお願いは聞けない可能性が高い」

〔いやいや、きっとお前に良い事だから〕

「なんだよ」

 少し間があく。勿体ぶっているのか、悩んでいるのか。前者だったら面倒だ。


〔ん、猫飼った?〕


「ああ、よくわかったな」

〔声がする〕

 見ると、もう食べ終わってしまったのか、彼女がもっと欲しそうに足元にすり寄ってきている。泥棒の聴覚というのは恐ろしい。もしや、監視されているのでは、とも疑ってしまう。


「道で拾ったんだ」

〔拾いたてか。可愛い盛りじゃん〕

「そうだな」

 彼女の頭を撫で、尻尾の辺りを叩きながら、相槌をうつ。

〔独り身が猫か〕

「うるさい」

 水谷はまた、電話の向こうで笑い飛ばした。


〔明日、本屋休みだよね?〕

 よく知っているな、と驚く。が、彼は昨日本屋に来ている。休みの日程を目にしていてもおかしくはない。

〔お願いってのは、明日、行って欲しいところがあるんだ。場所はあとで画像送る〕

「密売の運び屋でもしろってか?」

〔俺はそういうのには手は出しません〕

「どうして、俺に何のメリットがあるっていうんだ」


 再びの間。

 うれいげな顔をしているイメージが頭に過り、本当にそうだったらこいつを嫌いになりそうだった。


〔戸田はさ、真面目で良い奴だから。きっと解決してくれると思うんだよね。俺じゃない方がいいと思う〕

「は?」

 何のことを言っているのかさっぱりだった。

〔寄り添ってあげれると思うんだ。だから、よろしく〕

 言い終わると、水谷はぷつりと電話を切った。戸田が、わかったの一言も出さないうちに。


 その後、本当に水谷から、とある場所への地図が送られてくる。これで、本当に運び屋だったら恐ろしい。行って何をするのかも聞いていないのに、どうしろというのだ。


 彼女、あんこは頑張れと言ってくれているのか、一声にゃあと鳴いた。





 次の日、水谷に指定された場所はとあるマンションの前だった。どこかで見たことのある住所だったが、思い出せない。

 とりあえず、マンションの入口に立ってみる。水谷に送られてきた画像の場所で、間違いはない。ここで待ち続けたら、ただの不審者じゃないか。そう思い、そわそわと待っていると、向こうの道から、見知った顔が歩いてきた。


「え、なんで」


 戸田に近づいて来たのは、尾崎だった。尾崎は、驚きの顔をこちらに向けている。


 お前こそ、なんでここにいるんだ。

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