19:TVデビュー①

日々日差しが強くなり、汗ばむことも多くなってきた6月。

赤阪にあるSTTテレビ第二会議室では、深夜の怪物番組『GoToバンドヘル』の制作会議が行われていた。

参加者は、TV局の編成プロデューサーと番組ディレクター及び営業担当者、そして制作会社である『株式会社フルハウス』の制作担当者だ。


「次回放送の内容だが、スポンサー側から強い要望があった」

会議の開始早々、プロデューサーが要望をぶち上げた。


「どんな話でしょうか?」


「どんな事があっても『ポメラニアン』をグランドチャンピオンにしろ」


「いや、それは番組のポリシーに反します。

おそらくは実力で獲得はできるでしょうが、確約するのは無理です!」

ディレクターはその言葉に、強い拒否感を示す。


「ちょっといいですか?」

と、話に割入ってきたのは、番組制作担当者だ。


「何かね?」


「次回の出演予定者には、『リンクス』が混じっています。

グランドチャンピオン誕生のセオリーとして、強敵をぶつけると言うのがあります。

なので『ポメラニアン』と『リンクス』に関しては、わざと5週の間隔を開けて配置したもんですから。

いくら『ポメラニアン』でも『リンクス』相手に勝てるとは断言できませんよ?」


「『リンクス』って、あの『ベネッサ・フォーリー』から招待を受けて、NYのカウントダウンライブに参加し、年明け早々業界の話題をさらった例のバンドですか?

何であんな大物が、今更アマチュアバンドコンテストなんかに?」

番組の営業担当が、ビックリしたような声を出す。


「そうですよ。だから意外だって、前にも言ったじゃないですか。

営業担当なのに、忘れてもらっちゃ困りますよ」

制作担当者は、少し呆れたように声を上げた。


「いや、そっちのリンクスだとは夢にも・・・

てっきり、たまたま同じ名前のバンドだとばかり・・・」

営業担当は、凄く慌てた様子で自己弁明をまくし立てる。


「え?・・・まさかそんな・・・

いや、これはもう決定事項だ。どうあっても従ってもらう。

すでに『ポメラニアン』を番組の顔に据えての様々なプロジェクトが、スポンサー主導で動き始めているのだよ」


「・・・はあ。

まあ、彼らであれば『リンクス』と競って勝ったとしても、それほど不自然には映らないでしょう。

審査は審査員が行うものですしね」


「くれぐれも、よろしく頼むよ。

では、年末に予定している特別番組の話に移ろう」


こうして、番組制作会議は延々と続けられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



いよいよ俺たちの出演日がやってきた。

当日の出演者たちはチャンピオン以外、昼間に一度スタジオ入りして演奏の収録を終えた後、深夜の生放送時に再び集合して番組収録に臨む。

俺たちが今回披露する曲は、タイムズスクエアで初公開となった俺の変調曲

Challenger チャレンジャー』の日本語版だ。

安定感ならレイカの作った曲が一番だが、インパクトの面で、この曲を超えるモノはまだ無い。

今回は少し演奏をいじって、ドラムとリードギターの見せ場も加えたスペシャルバージョンとなっている。


番組収録スタジオに集まった10組のグループたち。

個性豊かな若者が一堂に会すると、まるで仮装行列の舞台に混じったかのようだ。

俺たちの衣装は、リンクスの語源となったオオヤマネコ(雪山バージョン)をモチーフにした、白黒の衣装に茶色いワンポイント。

女性二人は猫耳カチューシャを付けていて、とても愛らしい。

ただでさえアイドル顔負けの二人がそんな恰好をしていると、場所も弁えずに寄って来る輩もいる訳で。


「ねえねえ彼女たち、どんな名前のバンド?良かったら収録終わった後、俺たちと遊びに行こうよ」

「そうそう俺ら、地元じゃちょっと売れてんだぜ?」


「いや、連れがいるので遠慮します」

レイカは典型的な塩対応で、表情一つ変えずに男たちをあしらう。

しつこく付きまとってくる男たちに向け、まるでハエを払うかのように手を振った。


「このアマ!ちょっとツラがいいって自惚れてんじゃねえぞ!」

自分たちに全く興味を示さない彼女たちに対し、逆切れする男。

丁度その時、ミノルとヒロが手続きを終えて戻ってきた。


***


俺たちが現場のスタッフと打ち合わせを終え席に戻ってくると、アキとレイカを取り囲む男達四人の姿があった。


レイカに詰め寄ってる男を見たヒロが、とたんに目を細め、顔を充血させた。

「・・・テメェ、何やってんだコラ」


激怒を通り越して無表情になってる。

ヤバいなこれは。


俺はいち早く彼女たちと男たちの間に割って入り

「この子達ウチの連れなんだけど、なんか用でも?」

と訊いてみた。


男は半眼で俺を睨みつけながら

「俺はその生意気な女に用があるんだよ。関係無い奴は失せろ!」

と、俺の胸ぐらを掴んできた。


「おいお前。ここが何処だかわかっててやってんのか?

今からお前らも収録だろ?

そもそも連れだって言ってる相手に関係ないとか、頭大丈夫か?」

俺は淡々とそう言い放った。

ヒロもそんな俺の姿を見て、少し冷静さを取り戻したようだ。

他の奴らに睨みを利かせながら、事の成り行きを見守る体勢に入った。


「なんだとこのガキ!」

周囲を威圧するように、語気を荒げるチンピラ兄ちゃん。

俺たちに動揺は全く無い。

こんなカス、その気になればいくらでも対処可能だが、そのせいで連帯責任とか言われたらイヤだしな。

さて、どうしたもんかと思い悩んでいたら、騒ぎに気付いたのか係員がこっちに寄ってきていた。


「舞台衣装に皺が寄るから、さっさと離してくれないか?」

俺が平然とそう言ってるのが気に食わないのか、なおも食って掛かろうとする兄ちゃん。その時係員が止めに入って、暴力沙汰にまでは発展せずに済んだ。


「私たちは何ともないから、ヒロもミノルも、もうあっち行きましょ」

と、解散を促すレイカ。


そんな中、チンピラ兄ちゃんのうちの一人が、明らかに顔色を変えてこちらを凝視しているのに気付いた。

係員に連れられながら渋々と去っていくチンピラ兄ちゃんズ。

なのに一人だけ、その場を去らずに気まずそうにしてるあんちゃんがいた。


「なに?まだ用があるの?」と俺が訊いたところ


「すいませんっした!俺がちゃんと言い聞かせますんで、勘弁してください!」

と、ジャンピング土下座を始めたのだった。


なんだなんだとプチ騒ぎになる場内。

「いきなりどうしたんだ?」と、俺も思わず訊いてしまった。


「お二人は、去年まで付属高にいた、ヒロさんとミノルさんですよね?」


「そうだけど?」


「俺、総ちょ・・・いや、城之内さんには、以前からすごくお世話になってまして」


「・・・ああ、なるほど。三県連合の関係者か」


「ご存じなんで?」


「まあ、城之内君は同じ仲間内だしな。彼はオヤジさんの紹介で最近うちの会社に入ったばかりだし、良く知ってるよ」


三県連合初代総長・城之内勝は、この春めでたくチームを卒業し、ウチの会社に入る事になった。本当は親父さんの店を継ぐ予定だったんだけど、親父さんはまだまだ現役だと、その座を譲る気が無かった。父に「成田さんの会社で働きたい」と懇願し、困った親父さんは俺の所へと相談に来た訳で。

その時親父さんから、彼の来歴や為人は一通り聞いてある。


身長は2mに近い偉丈夫で、おそらく俺が全力を振り絞っても、正攻法じゃ勝負にならないだろう。一本筋が通った青年なので、人間的にも信用できそうだ。

格闘の世界に行った方がきっと似合うと思ったのだが、是非とも一緒に働かせて欲しいと言うので、採用と相成った。早速ゲームコーナーの主任を任せ、時々現れる変な客に対する抑止力として活躍してもらってる。


「それで、君の名前は何と言うんだ?」


「・・・岡崎っす」

実はこの男、チケット騒ぎの犯人であるカス二人組の舎弟をやってた人物で、件の二人が永久追放を食らったあと、チームに居場所がなくなってしまったのだ。

総長が引退を表明した際、一緒に抜けた主要幹部達に紛れ、自分もこっそりチームを抜ける事に成功していた。


ギター少年だった岡崎は心機一転、バンドを組んでいた仲間達と再び、本格的に音楽活動を始めた矢先の出来事であった。つくづくツイてない男である。


「まあいいや。

岡崎君、いつまでもそんな格好でいられると、変に目立ってしょうがないんだ。

この件は水に流すから、君に任せて大丈夫だよね?」


「はい!お任せ下さい」

直立の姿勢で頭を下げる岡崎君。立ったら立ったで、またウザイ。


「心配しなくても、城之内君には黙っておいてあげるから。

・・・ただ、これ以上俺の身内に変なちょっかいかけるようなら、全員無事で済むとは思わないでね?」

俺はスッと目を細め、岡崎君の目を真っ直ぐに見ながら、言い聞かせるようにそう言った。


ミノル達がその場を去ったあと、まだそこから動こうとしなかった岡崎君は一人

「デストロイヤー怖えー」と、誰にも聞こえないような声で呟いたのだった。


***


演奏は我ながら完璧だった。

もしかしたら今までで一番息が合ってたかも知れない。

せっかく気分良くスタジオから出たのに・・・扉を開けると奴らがいた。

岡崎君の説得?により、一列になって再び土下座をかましたのには辟易した。


「俺、この街が好きなんです!離れたくない・・・っ!」

と、泣いて謝るチンピラ兄ちゃんを前に、衆人環視に晒される俺達。

当日の出演チームを始め、見てる人達はみんなドン引きである。

まるでこっちが悪人になった気分だ。


「お前ら、俺を晒し者にしたいの?」と、湧き上がる怒りを抑えきれずにいると

やっと周囲の雰囲気を察したのか「すっ、すいませんでした~!!」と言いながら慌てて逃げていった彼ら。

番組開始を前にして、凄く厭なスタートを切ってしまったのであった。

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