18:大躍進の陰に

『ポメラニアン』旋風は、日が経ち週を重ねるにつれ、益々強く吹き荒れた。

後に『ポメラニアン現象』と呼ばれる、大ブームの到来である。

噂が噂を呼び、今や彼らの名を知らない者は日本にほとんどいないと言っていいぐらいになっていた。週末の夜は、彼らがどんな挑戦者と相対するのか、そして次はどんな曲を披露するのかが、校内で一番ホットな噂話のネタになるほどであった。


視聴率も鰻登りで、深夜帯の放送であるにもかかわらず、なんと昼間並の視聴率である10%を超えていた。これはTV史上初となる快挙であり、同番組で更新する以外には、今後も永遠に破られる事がないであろう珍記録となった。


「ミノルも言ってたけど、ホント凄いね、このバンド」

「うん。面白イ」


「2週目に、普通のポップスやったかと思ったら、3週目にはルンバ、先週に至ってはワルツだもんな。

あの作曲能力は、とても真似できないと思ったね」


「聞いた話だと、根城にしてるライブハウスが出待ちの客で入口埋まってるって事だ。

一昨日なんか、車が通れずに警察が出て来たそうな」


「すごいな。TV効果」

そんな話題が朝刊のニュースになるほど、彼らの人気は過熱しているらしい。


「まあ、それでも騒がれ過ぎって気もするけどね。急に膨らんだモノほど、萎むのも早いから」

俺はあえて一般論を口にしながら、前世と同じような流れにならない事を切に願っていた。



***



「本日スタジオに来て頂いたのは、ただいま人気大沸騰中『ポメラニアン』の四人です!」

場内に拍手が巻き起こる中、四人が撮影スタジオに入ってくる。


「まずはリーダーの北林さんです。ズバリ、今のお気持ちはどうでしょうか」


「は、まあ、緊張してます。ハイ」

今日は少し大人しめに、シャーロックホームズが羽織ってたような上着を着たリーダー北林君が、ちょっとキョドりながら愛想笑いを浮かべ、そう無難に答えた。


「ポメラニアンというバンド名は、どなたが付けたんでしょうか?」


「僕です」


「どう言ったいきさつで・・・」


「ウチで飼ってるから。ハイ」


思うような会話のキャッチボールを成立させる事が困難な北林君に、思わず苦笑を浮かべるアナウンサー。ぐるりと四人の顔を見て、一番話が通じそうな東山にシフトするようにしたようだ。


「では次に東山さん。最近の大人気について、どのようにお考えでしょうか」


「たくさんの方々に応援して頂いて、本当に有難い事です。

でも俺達は元々、自分達がイロモノ且つキワモノである事を自認しているので、こんなアイドルみたいな扱いをされるとは思ってもいなかったんです。

そう言った意味では、すごく戸惑ってますね」


「皆さんが全国的な人気者になったのは、深夜TVの『GoToバンドヘル』に出演なさった事が原因だと思われますが、いかがでしょう?」


「まあ確かに、そうなんでしょうね」

そう答える東山のコメカミがピクピクと動いてた事に、TVスタッフは誰一人気付かなかった。


「ライブハウスで限られたお客様に曲を披露していた生活から、あっと言う間に日本を代表するバンドへと登り詰めた四人。

まさにシンデレラストーリーと呼ぶに相応しい出来事です。

ホント、あの番組には感謝ですね!」


「・・・そうですね」



***



彼らが根城にしている控え室では、何かが激しくぶつかる音や割れる音、そして激しい怒号が漏れ聞こえてきていた。


「巫山戯んじゃねえよ!

俺たちゃ、あんな番組出る前から有名だったんだよ!

ライブハウス見下しやがって。

な~にが『あの番組には感謝』だ、クソ野郎どもが!」


「ちょっと落ち着きなよ、東山君!」

北林が東山を制止しようと頑張っているが、小柄な北林に大柄な東山を止められる訳もなく、室内は惨憺たる有り様になっていた。

他の二人は我関せずで、無関心を貫いている。


「ジャーマネ!

元はと言えばお前が勝手に応募なんかするから、俺がこんなイヤな思いする羽目になったんだろうが!」


気まずそうに下を向きながら部屋の入口付近で固まっているのは、番組に応募したマネージャーの真中女史である。

この荒れ果てた部屋は、あとで北林とマネージャーの二人が夜を徹して掃除する事になるのだ。


さんざん暴れて少しは落ち着いたのか、東山は口調を冷静に戻し、メンバー全員に向けて一つの提案をした。


「・・・なあ。ちょっと相談があるんだ。

次の発表曲、コレにしようぜ」


「「「え?マジで?」」」


この決断が後に大きな騒動と後悔を生む事になるとは、この時には誰一人思ってはいなかった。

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