08:呼び出し

俺の学校復帰に遅れること数日。

やっとトシキが登校してきた。

俺を睨み付けるトシキの目は、恨み半分怯え半分ってとこか。

目の周りの痣がまだ残ってて、タヌキみたいになってる。

重点的に顔面を殴ってたから、顔以外に傷は見当たらないな。


ま、君がこれからどう生きようが勝手だ。

今まで通り、外面だけよくして裏で悪さしてても一向に構わん。

そして俺をどう思ってようが構わないから、今後は俺に一切係わらないでくれ。

それだけが望みだよ。


しかし、あいつも俺と同じく休んでたのに、ゴメンの一言も無いのな。

心の中じゃ全部俺のせいだって事になってるんだろうな。

トシキの親は議員様だから、こいつも世襲で議員やるんだろうか。

金と利害関係さえあれば人格なんて関係ないし、この歳でもうこれだけ厚い面の皮してるんだから、意外といいポジションに収まるかも知れないな。


クラスメイトは誰も、トシキに近寄ろうとしない。

いつもは周囲で相槌を打ってる、3馬鹿ですら近寄るのを躊躇している。

俺に対するクラスメイトの態度は相変わらずだが、トシキも数人の取り巻き以外にはハブられる状態になってるんだな。

自業自得な部分も多いが、こいつはこいつで可哀想な奴だったのかも知れないと、2周目をやる羽目になったおかげで、初めて思ったよ。


3限目の休み時間、俺はやっと手に入れた平穏を満喫しながら読書に勤しんでいると、トシキがツカツカとやってきて

「おい、昼休みに屋上に来い。 逃げんなよ」

とか抜かしやがった。


うん、これは新しいパターンだな。

屋上に呼ばれたことなんか、前世では無かった。

俺が3馬鹿の方に振り返って睨み付けると、違う違うと必死に首と手を振っている。

どうやらトシキの独断らしい。

ほんと、メンドクサイ奴だな。


昼休みになると、3馬鹿が挙動不審な状態になりながら、俺の後ろをついてくる。

俺が逃げないように見張ってろとでも命令されたんだろう。

もっとも、無視していかなかったとしても、こいつらに俺を止められるとは思わんが。


階段を6Fまで昇りきり、次は屋上と言うところで、3馬鹿の方に振り向き手をシッシッと振りながら「ちゃんと行くからもうついてくんな」と追っ払った。


この学校は国内有数のマンモス校なだけあって、校舎の方も独特の作りをしている。

敷地内に校舎規模の大きな建物は6つ。


まず、北にある正門と第一運動場を取り囲むように、コの字型をした3つの校舎がある。

敷地の北側中央に巨大な校門がデーンとあり、そのまま真っ直ぐ南に向かうと、第二校舎に到達する。

これは小学校高学年の校舎だ。

向かって左側が小学校低学年の校舎、右側は中学校の校舎となる。

それぞれ6F建てで、同じ高さになっている。


第二校舎の1Fは1/3ほどが吹き抜けになっていて、そこを通り過ぎると、広大な第二運動場が一望できる。

第二運動場の右側と左側にはそれぞれ、校舎ほどではないにせよ、都営住宅のような大きな建造物がある。

右側が運動部棟、左側が文化部棟だ。

更に、運動場を隔てた南端の奥まったところには、道場と体育館が建っている。


道路を隔てた隣の区画には附属幼稚園、反対側には附属高校が建っているので、まさに学生で成り立っている街と言えるかも知れない。


これだけ大きな運動場とクラブ施設があるのには訳がある。

ここはエスカレーター式の学校である上に、中学生以上では学区以外からの特待生を多く呼び込んでいることもあって、クラブ活動が盛んだ。

小学校高学年までは任意だが、中学生以上になると、学校からの許可を得た一部の例外を除き、部活動に所属するのが義務になるのだ。


この校舎の独特なところは、何と言っても屋上部分だ。

屋上は全て、高さが10m近くあるドーム状になったフェンスが張られていて、学校の施設として解放されている。


低学年校舎の屋上には、木や草が植えられ、ちょっとした公園のようになっている。

理科の学級菜園なども、ここで行う。


一番大きな高学年校舎は、そのまま第三運動場として、土の運動場じゃなくても出来るスポーツを行うスペースとなっている。

体育の授業なんかも、主にここを使ってやっているのだ。


中学生校舎の屋上には、更にいくつかの建物があって、ちょっとしたプラネタリウムや天体望遠鏡などが設置されている。

そして第一から第三校舎は、それぞれ3Fと屋上に連絡通路があり、自由に行き来が出来るようになっているのだ。


俺が屋上への階段を上りきると、そこには第三運動場の隅っこに一人立つトシキと、その後ろで屋上に据え付けられたベンチに足を思いっきり開いて座る、学生服の男がいた。


あ、俺この人知ってるわ。

中学で強い人トップスリーとか噂されてた、ヤンキーっぽい兄ちゃん。

確かトシキの兄でケンジとかいったっけ。

子供の喧嘩に強面の兄ちゃん呼んだか~。

まいったねこりゃ。


俺はスタスタとそちらに歩いて行き、トシキに向かって「で、何?」と訊いた。


トシキが何か言おうとすると、その言葉を遮るように

「お前もしかして、こんなちっこいミートボールみたいなのに泣かされて帰ってきたのか?」

と、驚いた様子で言うケンジさん。


「でもアニキ、こいつ狡いんだ。

俺が何もやってないのに突然殴りかかってきたんだぜ?」


何か酷い言いようだな、おい。

しょうがないからちょっと訊いてみるか。


「それでトシキ、この強そうなお兄さんを連れてきてどうしようってんだ?

ボクの代わりにボコボコにしてくれよ~って泣きついたのか?」


「おいおい、ちっこいくせに根性あるな坊主。 ホントおもしれえ」

お兄さんは、思わず吹き出している。


「でもなお前、何でこんなのに負けるの? 考えられないぞ?

・・・じゃあお前ら、俺が立ち会ってやるから、ここでタイマンはれ」


いや、怪我が治り切ってないのに勘弁してくれ。

と思ったが、トシキの方が俺よりずっと厭そうな顔をしていた。

ちょっとここは交渉してみようかな?


「お兄さん初めまして。

僕は、先週転校してきた成田ミノルと言います。

今日は僕に何の御用でしょうか?」


そう言うと、お兄さんが「あ゛?」といって凄む。

「お前がウチの弟をよぉ、汚え手使ってボコったって言うから話聞きに来たんだよ」

と言いながら、顔を近づけてくる。

・・・中学生のくせに煙草臭いんだが。


「そうでしたか。

ではちょっとお伺いしたいんですが、お兄さんが一人で通りを歩いている時に、お兄さんよりずっとガタイのいいチンピラ4人に、突然路地裏に引きずり込まれたら、お兄さんならどうしますか?」


「ア? そんなの逃げるに決まってるだろう」


「逃げられない時は?」


「そりゃあ、一番強そうな奴速攻でボコってから考えるな」

お兄さんは腕を組みながら、結構ちゃんと答えてくれた。


「トシキ、お兄さんもこう言ってるんだがどうだ?

それでも俺を汚い奴だって言うか?」


そう言うと、トシキの顔からどんどん血の気が引いていった。


「・・・おいトシキ、おめえ俺になんて言った?

何もしてないのに・突然・なぐられた・って言ったよな?

どう言う事だおい! 

もしかして・・・俺に恥かかす気か?」

トシキに向かって殴りかからんばかりに怒鳴りつけるお兄さん。


そう・・・このお兄さん、昔気質のヤンキーなのだ。

この学校の不良は、伝統的に独特の美意識を持ってる人が幅をきかせているため、そのグループ内でチンピラや小悪党はむしろ嫌われる傾向にある。

何でそんなのの弟がこんなのなんだろう・・・と言うか、このお兄さんも議員さんの息子?

家庭教育どうなってるんだおい。


お兄さんはトシキの頭に一発拳骨を食らわしたあと、こちらに振り向いて

「おい、ちっこいの。

なんか誤解があったようだ、悪かったな。

詫びだ、これでジュースでも飲んでくれ」

と100円玉を俺の手に握らせてくれた。

トシキはお兄さんの後ろで、半べそかいてビビりまくってる。


「お兄さん、ありがとうございます」と言いながら、素直に受け取る俺。


「ホント悪かったな。 

だけどよ、こいつは馬鹿でも俺の可愛い弟なんだ。

許してくれるんなら、こいつとも仲良くしてやってくれ」

トシキの髪の毛をワシャワシャと乱暴にかき回しながら、お兄さんは俺にそう言った。


「・・・凄く生意気な言い方ですが、それはトシキくん次第だと思います。

『礼には礼を、無礼には無礼を』が信条ですから」


「お前、ちびっ子のくせに小難しいこと言うんだな・・・」

と独り言のように言ったあと、お兄さんはトシキの頭を鷲掴みにしたままトシキと視線を合わせ「だとよ! わかったかトシキこら!」と怒鳴った。


トシキは顔を相変わらず蒼白にしたまま「は、はい!」と答えるのが精一杯。

うん、ちゃんと怒られてくれ。


俺はお兄さんに「それじゃ、失礼します」と頭を下げて、給食片付けられてたらどうしようかと心配しつつ、教室に帰るのであった。

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