09:金策①

すでに4月も半ばに入り、生活がやっと安定してきた。


今やトシキを始めとする、猿山でボス争いをする奴らとは完全に無関係を貫いているし、奴らも俺に関わるとロクな事が無いと学習したようだ。

担任も、まだ転校二週間目なのに早くも完全無視をすると決めたようで、学校では相変わらずボッチだ。

個人的に、今は力を蓄える準備期間と割切ってるので、お子様同士の交遊に割いている時間が無い。

その点で言えば、現状はむしろ望ましいと言えた。


身体を鍛えるのと知識を得ることについては目処が立ったが、技術を磨くことについては、その前提条件として『自由に出来る金』が必要になる。

身も蓋も無い言い方だが、日本では金が無いと何も出来ない。

楽器を習うにも、ボイストレーニングを学ぶにも、機材を揃えるにも、練習環境を作るにも、全て金が必要なのだ。


確かに、自分で本を漁って研究するなどのやりようもあるだろう。

しかし『時は金なり』と言う言葉もあるように、お金の力で時間を短縮させることは可能だ。

人生が有限である限り、資金はとても重要な手段になるのだ。


目下俺の全財産は、ウイスキーの瓶を削って作った貯金箱に入ってる3000円ちょっとだけ。

頑張ってもアルトリコーダーぐらいしか買えやしない。

これを元手に、夢のわらしべ成り上がりを目指すしかない!


夢は遙か遠いが、これには必要不可欠なモノがある。

『成人した協力者』だ。

これは早急に見つける必要がある。


実を言うと、金を手に入れる錬金術自体にはアテがあるのだ。


前世でパソコンが一般家庭に広く普及し始めた頃、TVゲームに遅れPCゲームも一般化され、PCソフトはもはや、ワープロとエロ一辺倒では無くなっていた。

そんな中、当時念願のパソコンを買った俺がハマりにハマりまくったのが、某競馬ゲームだった。

このメーカーは、何より『データ』を大事にするのがウリで、全てのモノを数値化するんじゃ無いかという勢いで、トコトン情報を集め数値に反映させていた。


自分で配合し育てた馬が、歴史上の名馬に勝つ事を当面の目標にして実績を積み重ねていくのだが、最初のうちは、その配合元となる種牡馬と牝馬に実在の馬を選ぶ必要がある。

そして、かなりゲームが進んでも、配合に実在馬を利用するのはほぼ必須となるのだ。

そこで重要になるのが、血統と現役時代の成績だ。


その後も同タイトルの新作が何回も出て来たが、根幹は全く同じ。

ま、ネタが同じなんだから、料理にそれほど幅広いレパートリーが生まれるはずも無い訳で。

俺は同作のシリーズを何度も周回しプレイしてるウチに、ハマってた当時は知らず知らずと、その馬たちのデータをほぼ暗記してしまっていたぐらいだ。


出たレース、着順、負けたなら勝った馬の名前等、不思議なことに今になってもソラで言えるぐらいにしっかり覚えてる。


そこでふと思った。

「何でこんなもん覚えてんの?」と。

前世ではとっくに忘れてた記憶を、今でも覚えてるというのは、いくら何でも変だろう。

記憶とは普通、使わないモノからどんどん薄れていく。

相当印象的なことか、記憶を何度も上書きでもしない限り、自分が過去に接した事柄を、ずっと克明に覚えているなんて、絶対に無理なのだ。


ましてやこの記憶は、俺のチートであるリプレイ範囲とは、遙か離れた未来の話なのに。

これも巻き戻しによる影響の一環なんだろうか。

何だか記憶を呼び覚ます能力が、前世より何倍か増してる気がする。

リプレイのチート能力みたいに、無意識下の情報を呼び覚ますことはできないが、前世で積み重ねたあらゆる知識が、むしろ前世より克明に整理されデータベース化されてる感覚。

例えば明日、前世と同じ大学に受験したとしても、余裕で受かる自信がある。


しかし当然ながら、俺がそこまで覚えてる馬なんて年に数頭だ。

そして具体的な着順まで調べたのなんて、その馬が出てるレースだけ。

0にいくらかけても0。

覚えてもいない事柄を、呼び戻すなんて出来ない。


だから馬券を買えば全て的中ってのは不可能だが、覚えてる馬が出てるレースに関してだけ言えば、超能力レベルで的中させることが出来るだろう。

実際、桜花賞は俺の記憶にあるレース結果とガッチリ一致したのだ。

俺が怪我でリハビリをしていた数日の間、過去の記憶について色々と検証していた過程で見つけたこの新事実で、最初の軍資金を手に入れてみせる。


当面は、今週末にある皐月賞と、GW前にある春の天皇賞だ。

今週の皐月賞は、勝利確実と言われていた馬が9着に沈み、悪くない配当になったレースである。

逆に春の天皇賞は、当時長距離最強と呼ばれた一番人気が順当に一着だった上、3着がどの馬だったのか記憶に無いので、あんまりおいしくない。


とりあえずは、3連単の一発狙いで1000円でも賭ければ、今月中に十万単位を手に入れることも可能だろう。


懸念要素は、俺が馬券を購入することによって未来が変化するんじゃないかという事。

当然賭け金が変われば配当金額も変わるから、倍率が変化するのは確定だ。

本当にそれだけで済むのか、実際に賭けてみない事にはわからないだろう。


もう一つ問題なのは、俺の知り合いの大人で、馬券を買うような人がいないって事かな。

・・・あ、一人いた。

父のいる会社で、電話線の配線をする職人として働いている世羅さん。

ウチが越してきたすぐ近所に住んでいる、50過ぎのおじさんだ。

とても温厚な人として評判で、前世では俺も何度かお菓子をもらったことがある。


ただこの人、大の競馬好き。

仕事のない土日はほとんど場外馬券場に通い、休日家にいる時は、ずっと競馬中継のラジオを流してる。

そのせいで嫁さんに逃げられたとか何とか、まことしやかな噂になっていた。


もう明後日の話だし、本当にこのテが通用するのか、早急に確認する必要があったので、今回だけはこの人に頼むことにしよう。


俺は帰宅後、貯金箱から500円札(まだ500円硬貨は無かった)を1枚取りだし、オッチャンの家を訪ねた。

父が朝会社に行く時、今日は雨天で現場仕事が休みだって言ってたから、オッチャンも家にいるだろう。


ドアをノックして「こんにちはー」と声をかける。


すると、おっちゃんがドアを開け、にこやかな顔をしてこう言った。


「おや、成田部長んとこの坊ちゃんじゃないですか。

なにか部長から言付けでももらったのかい?」


「突然尋ねてきちゃってごめんなさい。

今日はお父さんじゃなくて、ボクが世羅のおっちゃんにお願いがあってきたんです」


「え? おっちゃんにかい?

おっちゃんが出来ることなのかい、それ」


「実は僕、将来は動物のお医者さんになるのが夢なんです。

特に家畜の方に興味があって、最近は馬の勉強ばかりしてるんです」

と言って、懐に隠していた『サラブレットと人の歴史』と言う本を見せる。


「おお、ずいぶんと難しい本を読んでるんだ、偉いね」


「で、色々本を読んでる間に、競馬の方にも興味が出ちゃって・・・」


「ふんふん、それならおっちゃんも力になれるかもな」

と言って朗らかに笑う。


「ところでおっちゃん、今度の皐月賞、馬券買いに行きますか?」


「ああもちろんだとも!

馬は俺の人生だからな!」


「じゃあお願いなんですが、これで僕の分の馬券も買ってきて欲しいんです」

と言って、二つ折りにした紙と500円札を見せる。


「ほう・・・

単勝を100円ずつ5点買いかい?

まあ無難なとこだな」


俺は二つ折りにしていた紙の、数字が書いてある部分を開いて見せ

「いえ、3連単の一点買いです。

馬番号はこの紙に書いてありますが、3-9-6でお願いします。

この紙の反対側にも同じ番号が書いてありますので、こっちはボクが持っておきます。

割り符ってやつですね」

と言いながら、左右に同じ番号が書いてある紙を半分に破って、破った片方は自分のポケットに入れ、もう半分と500円札をオッチャンに手渡した。


「おいおい、正気かい?

次のレースは、一番人気の10番で鉄板だよ?

それを事もあろうに3連単とか。

それじゃ金をドブに捨てるようなもんだ」


「ボク、3の倍数好きなんですよ。

初めて自分のお金で馬券を買うんだから、自分の運を試したいんです。

外れても絶対文句言いませんし、もし当たったら2割お礼として渡しますんで、どうかお願いします」


「何で3-6-9じゃないんだい?」


「あまり綺麗に並べすぎると、当たりが遠のく気がしたんで」


「ああ、わかったよ。

本当に文句言言うなよ?

特に部長に泣きついたりしちゃ駄目だよ?」


「ボクの方も、お父さんには内緒にして欲しいのでお願いします。

博打に金使うなんて馬鹿かーって言われちゃうんで」

俺はニコッと笑ってもう一度お辞儀をし、家に戻っていった。

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