07:ハブ
翌日の朝。
俺は右手の痛みと共に目を覚ました。
うわぁ・・・すっごい腫れてる。
昨日の騒ぎで擦り剥いた拳や指関節部分は、軒並み赤黒く変色していて毒々しい。
右手全体が、グローブまでとは行かなくても厚手の手袋嵌めたぐらいにはパンパンになっていた。
昨日、ちゃんと流水で洗い流して消毒もしたつもりだったんだけどな。
ちょっと事後処置が足りなかったか。
破傷風が怖いので、両親に右手を見せて病院に連れて行ってもらうことに。
父が学校に、本日欠席をする旨の電話を入れていた。
そんな父が、電話越しに突然怒鳴り出す。
「皆勤賞と子供の健康、どっちだ大事だと思ってやがるんだお前は!」
ああ、たしかあったな。 そんなの。
俺の入ったクラスが今のクラス体制になって以来、クラスメイトは誰一人として欠席をしたことが無い。
クラス全員の成果として表彰されたこともあり、クラスメイトと担任の密かな自慢になっていた。
今は教室のうしろにある壁面に「全員皆勤連続記録○○○日」って張り紙までしてある始末。
何の罪もないクラスメイトを思うと心が痛んだが、父の怒りも至極尤もなので、ここは父に従おう。
トシキのようなゴミをのさばらせてた代償だと思って、みんな我慢してくれ。
実は前回も、皆勤記録を消したのは俺だ。
その時は今から数ヶ月後だったが、クラス全員からの陰湿なイジメに耐えかねて、祖父の所に戻ると書き置きして家を出たことがあったのだ。
金も体力も知恵すらも無いお子様が、祖父のいる遠い他県に辿り着くなんて当然出来ず、二つぐらい隣の町で警察のご厄介になって家に戻った。
学校には、突然の発熱で伝染病かも知れないとか何とか言って誤魔化してたようだ。
俺は家に戻ったあと、数日の自宅待機を経て、再び登校することになった。
学校で、病原菌が伝染るとか言われて更に虐められたのは言うまでも無い。
その後、妹を近所の幼稚園に送って帰ってきた母と一緒に、近くの市民病院へ。
化膿止めの注射と一緒に、熱冷ましや抗生物質の薬をもらい、ガーゼと包帯を巻いてもらって家に帰った。
本当は、熱冷ましは体内の免疫能力を低下させるので善し悪しだし、抗生物質は体内にある腸内細菌などの善玉菌まで殺してしまうので下痢になってしまうが、背に腹は代えられない。
その後、来週までの数日間は学校を休むこととなり、俺も無理をせずに部屋の中で読書とストレッチ、腹筋背筋運動などの基礎トレーニングだけをする事にした。
子供の頃から身体が硬かった記憶があるので、柔軟とストレッチは特に念入りに行う。
身体の柔軟性は、運動能力に大きく影響する。
前世の頃は、そんな事考えたことも無かった。
読み物はたくさんある。
病院の帰りに、市立図書館に寄ってもらって本をいっぱい借りてきたのだ。
母は、俺が持ってきた本のチョイスを見て「そんな本、読めるの?」と不審がっていたが、今更お子様向けの世界名作全集とか読んでても意味ないし。
1日2冊読んで、日曜日にまた新しいのを借りてこよう。
碌に本すらも買えなかったこの時代、図書館は本当に大切な場所だった。
週の開けた早朝。
俺は前世の時より一時間ほど早く家を出た。
当然、徒歩で学校に通うためだ。
最初のうちは出来るだけ早歩きを心がけるようにし、体力が付いてきたら走って登校できるようにするのが当面の目標だ。
最終的には学校まで、15分切れるぐらいにはなりたい。
親には定期券代が勿体ないから、その日のバス運賃分だけを持って、突然の雨などに備えると言ってある。
さすがは若い肉体だ。
腫れはその日のうちに引いて、週末には痣もほとんど目立たなくなった。
何食わぬ顔で教室に入り、すでに登校しているクラスメイト達に「おはよう」と声をかける。
だがしかし、当然返事が返ってくることは無い。
ちらっとこちらを盗み見て、まるでいないかのように視線を逸らした。
まあ、知ってた。
担任が主導してハブにしろって言いつけてるんだからな。
俺みたいにヒス女なんか歯牙にもかけないって言う方が異常で、怖い担任の言いつけは守るってのが、普通のお子様だろう。
しばらくすると担任が入ってきて、朝の礼に続いて出席の確認に入る。
予想通り、ヒス女は俺と視線を合わせようともしない。
俺は手を挙げて
「・・・先生、僕の名前が呼ばれてないんですが」
と言うと
ヒス女はさも、初めて気が付いたのかというように
「ああ、来てたんですが。 今日も休みかと思いました」
と口角を上げ気味にしながら答えた。
「先生、みんなに一言言いたいんですがいいですか?」
「・・・チッ、朝は忙しいんですよ!」
「それでもお願いします」
「じゃあ、さっさとしなさい!」
と言われたので、俺はつかつかと教壇横に出て
「クラスの皆さん、急病で仕方なかったとは言え、皆さんが一生懸命築き上げてきたクラスの皆勤記録をダメにしてしまいました。 本当にゴメンナサイ!」
と、頭を下げた。
数秒間頭を下げた姿勢を維持したあと
「以上です。 発言の許可をありがとうございます」
と言って、再び席に着いた。
教室は、微妙な雰囲気に包まれシーンとしている。
ヒス女は何か居心地が悪かったのか「じゃあ、一限目の準備をしっかりしておくように」とだけ言って去って行った。
あれ?
よく見てみると、トシキが何処にも見当たらない。
俺は待ち伏せの時に一緒にいた、3馬鹿が群れてるところまで歩いて行き「トシキは?」と訊いた。
3馬鹿はビビりながら「と、トシキくんも成田君と同じ日から学校を休んでる・・・ます」と答えた。
「ふーん、そう」と言いながら自分の席に戻る俺を見て、明らかにホッとする3馬鹿。
今日一日、俺はクラスの中で腫れ物を触るような扱いとなり、俺は図書館から新たに借りてきた本を読みながら一日を過ごすのだった。
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