06:帰り道

「終わります!」と一方的に言い放って、終了の礼もせずに去って行った担任を冷めた目で見送ると、俺は帰宅の準備を整えてさっさと帰ることにした。

「じゃあお先ー」と一応声をかけるが、返事を返す者は誰もいない。

ちょっと視線が痛かったけど、あえてそれは無視する。


学校の校門を抜けるところで、校門の陰辺りに懐かしいモノが落ちていた。

俺はそれを拾い洗い場に持っていくと、綺麗に水洗いをしたあとトイレから持ってきたトイレットペーパーで綺麗に拭いて、右手に握ったままポケットに突っ込んだ。


過去のパターンだと、この先を曲がった通りの脇にある袋小路で、トシキのグループ5人が待ち伏せしてたんだが、今回はどうだろうか。

奴らが俺より前に校門を出たのは見ている。

ま、いないならいないで余計な手間が省けていいんだが。


問題の路地を通り過ぎようとしたところ「おい」と呼ぶ声が。

・・・やっぱりいるのか、めんどくさいな。


あれ?

4人しかいない。

ああ、ヤスくんがいないのか。

鼻血が止まらなくて早退でもしたのかな?


俺は奴らをちらっと流し見て、そのまま無視して通り過ぎようとしたんだが、トシキが俺の肩掛け鞄を掴み「おいって言ってんだろテメェ!」と声を荒げた。

案の定とでも言えばいいのか、やっぱり喧嘩腰で突っかかってきたな。


俺は何も言わずポケットから手を出し、目を剥いて怒鳴ってくるトシキの顎にショートアッパーを食らわした。

アッパー一発で、尻餅をつき倒れ込むトシキ。

俺はそのままトシキに馬乗りになり、無言で顔面に両手パンチラッシュを食らわせる。

バーリトゥードで言うマウントポジションだ。

特に利き手でのパンチが大ダメージらしく、目蓋を腫らし鼻血を垂らして涙目になっている。


取り巻きが「おいお前、何やってんだ」と言ってまとわりついてくるが、肘打ちを食らわして黙らせる。

後ろから羽交い締めしようとした奴には、そのまま後ろに伸び上がり、鼻面に頭突きを食らわせてやる。

っつうう・・・後頭部からの衝撃が、鼻にツーンときた。

助走を付けて蹴りを食らわしてきた奴がいたので、思わず地面に倒れ込んでしまったが、あえてそいつを無視してトシキの所に戻り、顔面を殴り続けた。


俺も少なからず殴られたり蹴られたりしてるので傷だらけだが、トシキは完全にグロッキー状態になり、蹲って泣いている。

トシキが完全に戦意をなくしたのを確認してから周囲を見回し「で、次は誰?」と言った。

奴ら、まだ元気なのが3人も残ってるのに、表情を歪めるばかりでかかってきやしない。

やっと絞り出した台詞が「なんでこんなことするんだよぅ」やら「ヤスもいきなり殴ったくせに」だのくだらないことばかり。


「でもお前ら、俺をシメてやるとか言ってただろ?

ヤスの時だって、お前ら3人後ろに控えてただろうに。

何で、お前らはいいのに俺はダメなんだ?」


と言うと、顔を青くしていた。

まさに「何でバレたんだ」って表情だ。

・・・それはね、前世でお前らが自慢気にそう言ってたからだよ?


「で、まだやるのかどうなのかハッキリしろ。 

俺はやるならやられた分絶対返すぞ?

もし今日やられたって、あとでお前ら全員の家を探し出してでもトコトンぶちのめすぞ?」


と言い放つと、奴ら3人は「いえ、大丈夫です」とか訳のわからん台詞を吐きながら、蹲ってるトシキを助け起こして逃げていった。

・・・ふん。

いくら複数人で群れてこようが、少し虐めて泣かしてやれと思ってるこいつらと、こいつは敵だと認め容赦無く倒そうと考えてる俺とじゃ、覚悟からして違う。


普通にやったら、まず勝ち目は無いとわかっていた。

いくら知識があろうと、まだ鍛えてもいないひ弱な身体。

身長も15cm以上違うし、トシキは縦も横も大きい。


予知があるんだからトラブル自体を回避は出来た。

でも何にせよ、今日は色々やらかしたので、明日からは未来が大きく変わって予測が付かなくなるだろう。

逃げは結局問題を先延ばしするだけだから、面倒だけど待ち伏せされてるならば、今日中に片を付けてやろうとも考えていた。


校門前で、秘密兵器を拾えたのはラッキーだったな。

俺が拾って手に握り込んでいたのは『ベーゴマ』だ。


ベーゴマにはいくつか種類があって、標準的な形の他に、平たいのや大きいの、縁が丸や6角、8角だったりと形状も色々あるが、ボディーに使う素材にもいくつかの種類がある。


一番安価で流通量の多いのが、鋳鉄と呼ばれる鉄が主成分の鋳物だ。

俺が生まれるずっと前は純粋な鉄だったようだが、戦時中に鉄製品が全て回収されたので、今はほとんど残ってないらしい。


中には亜鉛合金のモノもあったが、そちらはミニカーや超合金などのダイカストモデルの方に多く利用され、ベーゴマの流通量は少なかった。


更に、絶対数は少ないが、その重量に定評がある、鉛合金を使ったモノ。

鉛合金は主に、新聞などの活版印刷に使う活字版の材料として、広く使われていた。

PCやプリンターが台頭する前は、大量の文字印刷で活躍する主力選手だった。


その他例外として、ステンレスや鉄棒の端切れを知り合いの旋盤工に削って作ってもらった、その名もまんま『センバン』と呼ばれるコマもあったっけ。


今日俺が拾ったのは、鉛合金で出来たペチャと呼ばれるベーゴマ。

手で握り込める小ささながらも、なかなかの重量を誇る。

さすがに今日は拳が痛かったし、巨体相手に非力な俺が対抗するには、ちょっとぐらいズルしないとキツかった。

最初のアッパーで倒れてくれたのが大きかったな。 その後の展開が大分楽になったよ。


上着を脱いで叩いたが、足跡とかいくつか付いてるし、袖の下辺りはほつれてるし・・・

仕方ないので一度学校に戻り、念のためにと持ってきておいた体操着に着替えて、水洗いで落とせるだけ汚れを落とし、徒歩で帰った。

学校から家までを繋ぐ電車の線路やバスのルートは、大きく弧を描いて湾曲する感じになっているため、徒歩や自転車、そして自家用車の場合は、結構な距離をショートカット出来る。

確か父は、3kmぐらい違うって言ってたっけ。

それでも徒歩で1時間半ぐらいかかったが。


お世話になったベーゴマは、再び校門をくぐる前に、ちゃんと元の場所に戻しておいた。

もしかしたら、持ち主が探してるかも知れないからね。


あちこち酷い擦り傷や切り傷だらけで、制服もボロボロになった俺を見て母が大騒ぎしてたが、俺はたいしたことないよと言って、部屋に戻った。

夜になって父が帰ってきたあと、一体どうしたんだとまたも尋問があったが、子供によくあるちょっとした喧嘩だったけど、そのあとちゃんと話したらわかってもらえたと説明した。


前世では、喧嘩なんかしたこともない温和な性格だったため、突然の変貌にかなりビックリしたことだろう。

念のため、こっちもだいぶやり返したから、もしかしたら学校から呼び出されるかもとは言っておいた。


早く学校の面倒事から解放されたいと、切に願った転校初日だった。

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