05:HR(ホームルーム)
担任が帰ってこないまま掃除の時間となり、あとはHRを残すのみとなった。
給食はあったが、今日の授業は4限なのだ。
ちょっと疲れた顔のヒス女がやっと帰ってきて、HRが始まった。
クラスの人数は現在36名。
6行6列で机が配置されており、列ごとの6名が一班となる。
何かの行事や掃除当番などは、この6人が一単位だ。
クラス当番は隣り合った2名で、給食や黒板拭きなどを任される。
一番前の席に座っている者が班長となり、列の責任を任されている。
このクラスのHRは、他のクラスから陰で『学級裁判』と呼ばれている。
それぞれの班長には一番重要な任務として、班メンバーの動向を監視し報告することが課されている。
何もない時は「報告事項はありません」で済むのだが、何かあった時は必ず報告しなければいけない。
もし、何かあったのに報告しなかったことが発覚すると、班員全員の連帯責任となる。
問題ありと報告された者は、その場で反省の言葉を述べ、担任からの『罰』を受ける。
その後に、班長以外の者がクラスメイトに対して行う、自由報告と言うのもある。
このクラスでは、監視と密告が奨励されていたのだ。
俺の所属する班の班長は、名を『孫内 カナエ』と言い、猿面に狐目という、ム○ミンに出てくる玉葱頭の幼女に面影の似た女だ。
この子は奇特なことに、ヒス先生が大好きなのである。
ヒス先生に褒められることを、至上の幸福だと感じている。
先生を苛つかせる俺のことは、早速敵認定をしたようだ。
学級委員長の東くんが、教壇に立って「HRを始めます」と宣言をする。
そして1班から順番に『今日の報告』を行うのだ。
俺の班が回ってきた。
カナエは得意そうな顔をして
「先生!成田くんが他のクラスの男の子をいっぱい殴りました!」
と、報告を上げた。
ちなみに巻き戻し前の報告は「給食を残してました」だったっけ。
牛乳のテトラパック(三角錐の紙パック)に、牛乳がちょっと残ってたのだ。
ゴミ箱に捨てにいこうとしてたら牛乳パックを落としてしまい、拾おうとしたところをトシキが面白がって勢いよく踏みつけた。
ストローを刺したままだったので、わずかに残っていた牛乳がストローから勢いよく飛び出してしまい、カナエのスカートに引っかかったのだった。
それでなぜかトシキでは無く、俺が恨まれる事になったのだが。
罰として、テーラーなどでは今もよく使う1mぐらいある竹製の定規で、太ももを3回叩かれた。
ミミズ腫れが出来て青痣になり、一週間ほど消えなかった。
そしてその後も、ヒス女は俺をクラスで『叩いていい対象』として重点的に扱ったため、それは後にまでどんどんエスカレートすることになった。
報告が一通り終わったあと、東くんが一旦席に戻り、ヒス先生が教壇に立つ。
そして「成田くん、立ちなさい」と言った。
俺は素直に席から立つ。
「成田くん、班長が言ってたことは本当ですか?」
「いえ、違います」
サル女がこちらを振り返り、眦を上げている。
「・・・知ってるんですよ。 何が違うと言うんですか?」
「殴ったのはいっぱいではなく、一度だけです。
その後に平手で頭を叩いたんで、それを入れても二回です」
「屁理屈を言わない!
何でそんな事したんですか!」
「親にもらった自分の名前を、茶化して嘲笑おうとしたんで黙らせました」
俺は淡々と、事実だけを話す。
「でも、手を出すのはよくないでしょう!」
「先生も、時には物理的な暴力より言葉の暴力の方が、人を傷つけることがあるって事ぐらい知ってますよね?
僕の名前を馬鹿にすると言う事は、名付けた親を馬鹿にするって事です。
父と母の子供として、それは到底許すことが出来ません」
ヒス女は忌々しげに俺を見て、チッと舌打ちをした。
「それでもいけないことはいけないんです!
成田くんには罰を与えます!
前に出なさい!」
俺は、あえてその言葉を無視する。
「どうしたんです! 早く前に出て来なさい!」
「・・・先生、僕を前に出してどうしようって言うんですか?」
「罰を与えるに決まってるでしょ!」
「・・・暴力はいけませんと言って暴力を振るう気ですか。
それって何か変じゃないですか?」
「うるさいっ!」
と言いながら、ヒス女は定規を手にこちらへと歩み寄ってくる。
こっちにやってきて、実力行使を行うつもりらしい。
俺はとっさに、机の上にある鉛筆を握り構えた。
こいつには前世で、定規が砕けるまで叩かれた思い出がある。
何の理由だったっけかな。
・・・ああ、そうだ。
宿題の提出で字が汚かったとか、そんなくだらない理由だったな。
今世でもそうしようってんなら、怪我の一つぐらいは覚悟してもらおう。
「先生、僕は理不尽な事に対し、徹底的に抵抗しますよ?
訳も無く暴力を受けたなら、何があっても必ず受けた以上に返します。
それとも、どっちの言い分が正しいか、校長先生も交えて話をしてみましょうか?」
俺が校長の名を出した途端、ヒス女の歩みがピタッと止まった。
お前が昼休みの間中、校長から絞られてたことぐらい知ってるんだ。
それでも第二ラウンドを開始する勇気があるかな?
ヒス女は心底忌々しそうに俺を睨め付けて
「わかりました。
もう君には何も言いません。
勝手にすればいいでしょ!
みんな、わかりましたね?
成田くんには今後、勝手にしてもらいます!
絶対に関わったりしないように!」
おいおい ・・・あんまりじゃないのか、それは。
俺は別にいいんだが、お前それ教育者の言葉じゃないだろう。
ヒス先生はそのまま、ドアを叩き付けるようにして去って行き、HRはなし崩し的に終わった。
終了の礼ぐらいして行けよ。
初日からコレじゃ、この先が思いやられると、暗澹とした気分になりながら帰り支度を始めた。
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