04:4時限目の出来事
4限目の授業開始には間に合わず、俺は右手の甲に絆創膏を貼った状態で授業開始後の教室に入った。
ガラッと開いたドアの音に合わせ、みんなの視線が一斉に俺の方へと集まる。
教壇から優しさの欠片も窺えないヒス先生の視線が、俺を突き刺していた。
「成田くん、何故遅刻したのか理由を言いなさい」
俺は手の甲を見せながら
「休み時間中に手を怪我したので、保健室に行って絆創膏を貼ってもらいました」
と、正直に答えた。
「・・・わかりました。
成田くんは外に出て、この時間中廊下に立ってなさい」
おいおい・・・怪我して保健室行ってたら、授業も受けさせないのかよ。
色々言いたいこともあるが、ここは素直に「はい、わかりました」と言って、教室から出た。
多分、他のクラスメイト達から、何らかの告げ口があったんだろう。
どうせ授業内容は、過去のリプレイで復習出来てる。
この際だから、空いてる時間を使ってこれからのことを考えることにしよう。
まず考えるべきは、俺は何故、今ここに舞い戻ったのか。
俺とヒロ、二人の無念が時空にまでも影響を与えたのか?
いや、無念や後悔ぐらい、誰でも一つや二つ持っているだろうからそれは無い。
ならば、神と呼ばれるような超常の存在が、気まぐれか戯れでも起こした?
・・・こっちの方が、まだ納得出来るな。
とりあえず、何かしらの思惑によって今の状態に置かれたとするならば、その張本人はきっと『何かを』期待してるんじゃないだろうか?
じゃあその『何か』って何だ?
少なくとも、過去のリプレイなんか望んじゃいないだろう。
何処のどなた様による仕業かは、考えても詮のない事。
この与えられた機会を、どのように生かすかの方が何十倍も大切だ。
最大の目標は、俺とヒロが将来の幸せを掴むこと。
そのために『今』をどう生きるかだ。
改変された過去は事実として確定し、それは未来にも影響を及ぼす。
それはさっきの『ヤス』が、過去だったならば2限目の休みに現れていた事で証明出来る。
俺が2限目の休み時間に廊下へと出なかったから、未来が変わったのだ。
コレは同時に『現在を変え過ぎると未来予知が全く役に立たなくなる』可能性をも秘めている。
チートを上手く活用するには、あまり今を変え過ぎないよう注意する必要があるだろう。
さしあたって必要なのは、自分の能力値を向上させる事だな。
神の予言に等しい知識チートがあっても、身体能力や技術にチートがある訳じゃない。
それらは今から、自分の力で積み重ねていく必要がある。
身体機能と知識と技量。
これらの分野で一流になるには、10歳ぐらいまでが肝心だと言われる。
何の分野でも一流になる者は、大部分が年齢一桁台からその土台を築いている。
今からの俺じゃあもうギリギリだけど、過去から持ってきた知識を総動員すれば、その遅れを取り戻すのは決して不可能ではないはず。
ヒロは放って置いても、必ず音楽の道に向かって歩み始めるだろう。
今の俺に大切なのは、基礎鍛錬を積み重ねること。
そして、それと同じぐらい大切なのが『活動資金を確保』することだ。
これについてはいくつか腹案があるので、今週末からでも実行に移したいと思う。
そんな事をアレコレ考えていると、ヒス女が教室から出て来て、一瞥くれたあとに何処かに歩いて行った。
そして数分後、両手にブリキ製のバケツを持ってヨタヨタと帰ってくるヒス女。
「成田くんは反省が足りないようなので、授業時間が終わるまでコレを持ってなさい。
落としたり溢したりしたら容赦しませんよ!」
と言って、中にナミナミと水が入ったバケツを、俺の両手に持たせた。
こいつ頭大丈夫か?と思ったが、コレも鍛錬の一環になるかと素直に従うことにする。
見たところ、バケツ一つに5リットル以上水が入ってるようだ。
授業の終わりまで、体感ではあと20分ほどある。
5分ほどは何とか持てていたが、だんだん腕が痺れてきた。
ヒス女は2~3分おきにガラッとドアを開け、俺がちゃんと持ってるのか見張っている。
その目は何だかすごく楽しそうだ。
そろそろ限界が近いし、何をどう容赦しないのか興味があるから、廊下から校庭に水でもぶちまけてやろうかと、廊下の窓をこっそり開けてバケツを持ち上げたところ、キューピーのお人形さんを彷彿とさせる校長先生と目が合った。
校長先生は、俺のいるところまで急いでやってきて
「君は何をしようとしてるんだね?」
と訊いてきたので、素直に
「校庭に水でも撒こうかと思ってました」
と答えた。
俺がちらっと横を見ると、ドアの隙間からこっそりこちらを覗き見てるヒス女と目が合った。
校長先生の質問は続く。
「君はどうして、こんな所にいるのかね? 今は授業中だろうに」
「はい、菱田先生に授業が終わるまでコレを持ったまま廊下に立っていろと言われました」
と、俺は手に持ったバケツを振って見せながら答えた。
「君は何故、廊下に立たされたんだね?」
と続けて問うてきたので、焦ってやってきたヒス女に口出しされる前に
「休憩時間に怪我をしたので保健室に行き、絆創膏を貼ってもらい遅刻しました」
と正直に話した。
校長先生は隣で固まっているヒス女をじろりと睨むと
「わかりました。 君はバケツをそこに置いて、教室の席に戻りなさい」
と言われたので、言われたとおりにする。
ヒス女は校長先生と何やら話したあと、突然授業は自習となり、そのまま昼休みに突入した。
昼休み時間、この学校は給食である。
お皿を持って並び、給食当番に盛ってもらったあと、再び席について全員で『いただきます』をして食事を始める。
本当は担任の先生も、教壇横の机について一緒に昼食を摂るのだが、今日は不在のようだ。
なんでだろ~。
あとでちょっと見に行こうかな。
食後、何人かのクラスメイトがやってきて「大丈夫だった?」とか「菱田先生ってヒス先生って呼ばれてるんだよ、おっかないよね」とか会話を投げかけてくれた。
その反面、忌々しい奴を見る目つきでずっとこっちを見ているグループもいた。
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