03:フラグを折る

1限目の授業は算数だった。

クイズ番組で時々、大の大人が難関校とは言え中学校の入試問題、簡単に言えば小学生の問題を解いてドヤ顔してたりするが、実際、小学校の算数にも難しいモノはある。

特に顕著なのは文章題で、方程式の問題を方程式を使わずに解くモノや、計算問題でも鶴亀算や虫食い算なんてのもあったな。


最初はお手並み拝見と言うつもりだったんだろう。

先生は少し難しめの計算問題を、俺に当てた。

過去の話とは言え、こちとら理系の国立大出てるんだ。

今更小学校の問題ぐらいでまごつくようなことは無い。

席から立って即答した。・・・までは良かったんだが、その後一言多かったと今は反省している。


「先生、⑤の設問、それじゃ割り切れませんよ?」

と付け加えると、何度か設問を見返していた先生の顔がみるみる真っ赤になって、その設問を乱暴に消し去ってしまった。


・・・で、いくらむかついたからって、一時限45分の授業で3回目の指名は無いだろう。

「そもそもそれって今習う範囲じゃ無いでしょ? 2学期末に習う範囲でしょうに」

と言った内容を、オブラードに包みまくって真っ白になる勢いで、遠回しにやんわりと諭してあげたんだが、どんどん不機嫌さがアップしている。

他の生徒達は一様に、戦々恐々としていた。

いつ癇癪起こすのか、気が気じゃ無いんだろう。


先生が乱暴にドアを開け閉めして去って行った、1限目終わりの休み時間。

俺の周囲では、いくつかのグループが俺を伺いながら、ヒソヒソと話をしていた。

明らかに敵意を剥き出しにした女子グループや、お前本当に小学生かよと思うぐらい厭らしい目つきでニヤニヤ笑いながら小声で話をしている男子数人のグループ。


そんな中

「ねえねえ、君が前いた所って○○県のどこら辺?

私お父さんのの実家は××市なんだ」

と、フレンドリーに話しかけてくる者もいた。


別にこっちから仲良くする気持ちが無いだけで、親しく接しようとする者まで邪険にする気も無い。

好意的にやってくる者には丁寧な対応をし、悪意を持った視線はとことん無視を決め込んだ。


俺はこの数時間、退屈な授業を受ける間に、ある重大な事実を知ることとなった。


一つは、過去にはあれだけ畏怖する一方で、完全無欠だと信じ込んでいたヒス先生が、意外とたいした知識を身に付けていなかったこと。

授業でも、間違った説明や間違った表現が結構あったし。


そして重大なのはこっち。

前世での、同じ曜日の同じ時間に起きた出来事を、知識として克明に呼び出すことが出来たのだ。


お前そこまた間違えてんぞと心の中でヤジを飛ばしつつ、糞つまらない授業を静かに聞きながら、何気なく「前の時はどうだったんだっけ?」と考えると、前世?での出来事が、まるで俯瞰するかのごとく、克明に思い出せたのだ。

本来ならばとっくに忘れているはずの、俺とは少し離れた場所でしていた、クラスメイトの雑談まで。

案の定、前世でも間違った内容教えてやがったよ、こいつ。


情報は、過去の自分が起きていた間のことなら、超速での早送りのように流し視たり、逆に一時停止したり、スロー再生や現在までの巻き戻し、スキップも思いのまま。

更に、どんなに流し視てる状態でも、その情報の全てを『知ってる』モノとして認識出来た。


前世で俺が積み上げてきた記憶に加え、さらには克明な再生機能まで付いている。

ある意味『未来予知』能力である。

これをチートと言わずに何と表現出来ようか。

試しに早送りを限界まで進めてみたら、詳細な情報について3ヶ月先までのリプレイが限界らしい。


その反面、今朝より前のことについては、思い出程度の記憶しか呼び出せない。

巻き戻し機能も、今現在の時間以前には対応していない。

すでに改変されたり確定した過去の記憶については、普通に時が経つにつれ忘れていくようだ。



・・・この力があれば、俺の夢を実現するのは決して不可能じゃ無い!



3限目が終わった休み時間。

俺は廊下に出て人いきれにうんざりしていると、一人の男子生徒が、背を丸め肩を揺すって、下から睨め付けるような目つきで近付いてきた。

おいおい、チンピラかお前は。


「おいお前、名前なんてえの?」


・・・来たな。

こいつは、別クラスのくせに俺のクラスで暴君をしてる『長門 俊樹(トシキ)』の取り巻きになってる、ヤスと言う。

本名は知らんし興味ない。

確か、なんとかヤスオって名前だったと思う。


もしかしたら、巻き戻されたから別パターンになる事も考えられるので、丁寧に接しようじゃないか。


「成田ミノルだよ。 で、君の名は?」


「ミノル・・・ぷ、女みてビャワッ!」


前回はこいつに、ここで女みたいと囃し立てられ、いつの間にか数人が寄ってきてそれに追随したんだよな。

あとになって、そのちょっかいはトシキの指図だって知ったんだけど。

今振り返ってみれば、コレこそがイジメが始まるきっかけになったんだと思う。

この時、ただ黙って引き下がったせいで、こいつらは俺を『与しやすし』と認識し、それが徐々にエスカレートした。


で、今回のこいつはどうなってるかと言うと、俺の前で口元を押さえて蹲ってる。

こいつが言い切る前に、顔面に向けて思いっきりワンパン食らわしたから。


「いてェ~」


俺は右手を上下に振りながら痛みに耐えた。

鍛えてもいないプニプニの手で相手の顔面叩いたもんだから、拳の部分がすり切れて血が出てるよ。

これは歯に当たったかな?


俺はこいつの髪の毛を掴んで、顔をこっちに向けさせる。


「おい、俺はお前の名前聞いてんだよ。

俺の名前の感想言えなんて誰も言ってねぇだろ?

そもそも、他人の名前尋ねるんなら、まずは自分が名乗るのが礼儀だろうに。

そんな常識も知らねぇのか! 

この原始人が!」


と言い捨てると、思いっきり頭をはたく。


所詮はお子様が平手で叩いただけなので、そんなに痛くは無かったと思うんだが、ヤスは地べたに蹲ったまま「ヒッ・・・ゴメンナサイ」とか呟いてる。

恐怖心が痛みを増幅したんだろうな。


俺が「お前の名前なんか覚える気ねェから、やっぱいいわ。 さっさと消えろ!」と一喝すると、バネ仕掛けの人形のように跳ね上がって、鼻血を盛大に垂らしたまま教室内に逃げていった。


・・・やっぱり痛いわ、自分の手。

コレは早急に鍛えないとダメだね。


俺の外見は、成長期にはよくある、ちょっとぽっちゃり目の気弱そうなお子様だ。

しかしその姿に全然似つかわしくない言動が、周囲をドン引きさせていた。

そんな中、同調するつもりで周囲に寄ってきていたトシキのパシリグループも、その場に固まったまま動けないでいた。

群れて初めて偉そうにする奴らなんて、所詮はこんなモンだ。


俺は周囲にに目もくれず、そのままスタスタと洗面所に行き拳の傷を水で流したあと、保健室に絆創膏をもらいに行った。

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