序章② ~後悔先に立たず~

ヒロは、多感な青年時代を共に過ごした、俺の古くからの友人である。

今はもっぱらナントカって言うアイドルのバックバンドでギターを担当しながら、ライブハウスなんかで音楽活動をしている。

生活のサイクルが違いすぎるので、卒業後は一度しか会えていない。


俺が社会に出て10年ほどになるが、その間に出た葬式の数は、もう二桁に達している。

人生なんていつ何があるかわからないんだから、自由に動けるうちにもっと会う機会も作るべきだろうな。

よし、今度ちゃんと連絡を取って、ヒロに会いに行こう。


そんなことを考えつつ冬の夜道を歩いた帰り道。

さすがに年末ともなると結構冷える。

駅の近所にある有名なおでん屋さんで味噌おでんを何本か買って、一階に住む祖父母に差し入れとして渡したあと、二階の自室へと上がる。

この家は変形の二世帯住宅なので、一階と二階の玄関は別々にあるのだ。


部屋に戻ると、真っ暗な部屋の中で激しく点滅し、自己主張をしている据え置き電話が目に付いた。


この頃は丁度、ポケベルから携帯電話への、携帯連絡手段の移行期にあった。

職場でも半強制的に携帯電話の所持が義務づけられ、うわ監視社会かよとすごく嫌な気分になったのを覚えている。

だから固定電話にかかってくるのは、昔からの馴染みか、何やら怪しげなセールスなどの電話だけだったのだ。


ダイヤル回線からプッシュ回線へと移行した事で、電話機に標準装備となった液晶モニターに映った着信番号は、ヒロの実家を示していた。

ちょうどヒロと連絡を取ろうと考えていたので、妙な偶然もあるもんだなと履歴確認をする。

うわ、7件も不在着信がある。


何だかイヤな予感を覚えつつ、履歴から「もしもし」と電話をかける。

受話器越しに聞こえてきた声は、ヒロではなくヒロの妹ちゃんだった。


「あ! ヒロ兄? 

・・・じゃないや、ミノルお兄ちゃん? 

お久しぶり、コトリです」


湖鴻(コトリ)ちゃんは俺より5歳年下で、俺の妹とは同級生になる。

妹たち二人はいまだに仲の良い友人同士として、緊密に連絡を取り合ってる間柄だ。

ウチの妹と同様にまだ未婚であり、実家に住んでることもあって接触の機会も多い。

最近もたらされるヒロ情報は、主にこのネットワーク経由となる。

ちなみにヒロの兄も俺の兄貴と同い年だが、こっちに越してくる前に社会人として働いていたため、お互いの面識は全くない。


受話器越しの妹ちゃんは雰囲気が暗く、何か焦ってる様子。

…何かあったのかな?


「ミノルお兄ちゃん、うちのヒロ兄から連絡行ってない?」


「へ?」


「実は…ミノルお兄ちゃんには黙っててくれって言われてたんだけど、ヒロ兄、もうギター弾けなくなっちゃったの…」


徐々に鼻声になっていくコトリちゃんの声を耳にしながらも、俺の頭の中は真っ白になっていった。


やっとの事で声を絞り出し「なんで?」と尋ねる。


「ヒロ兄、ふた月ぐらい前に、次のコンサート開催地にはバイクで行くんだって出かけていって、峠道で車と接触事故起こしちゃって、バイクごと斜面を転がり落ちちゃって…


事故は命に関わるようなモノじゃ無かったんだけど、当てた車はそのまま逃げちゃったから、救助されて病院に運ばれるまでに時間がかかっちゃって…

それでも先週までは、リハビリ頑張って早くツアー復帰するぞ!って感じだったんだけど…

おとつい病院に行くって連絡があったあとから、ずっと連絡取れなくなって…


誰が電話しても連絡取れないからって、ウチの方に電話がかかってきたから、ヒロ兄が住んでるマンションを尋ねたんだけど、いないみたいで。

管理人さんにお願いして部屋を開けてもらったら、部屋の中滅茶苦茶になってて…

ヒロ兄が命と同じぐらい大事だって言ってたギターまで、ネックの部分なんかポッキリ折れてバラバラになったまま、ベッドに投げ捨ててあって…


もうすっごく怖くて心配になっちゃって、ヒロ兄が通ってた病院の担当医さんに話を聞いたら、指の神経がいくつか駄目になってて、右手の人差し指と薬指はもう動かないって…

ううッ…ヒロ兄どごォ…ウワーン!!!」


…俺は一体、今まで何をしていたんだろう?

親友と自称してたヒトが、トラブルに巻き込まれ苦境に陥っていたというのに、今日は疲れたなーとか言いながら、のほほんと部屋で寝転んでいたなんて。


何でもっと日頃から、あいつの事を気にかけてやれなかったんだろう。

そりゃあ気軽に会いに行けるような距離でも、状況でも無かったかも知れないし、俺が連絡を取っていたところで、結果がどうこうなるようなモノでもなかっただろう。


でも、最悪を回避するための尽力を、何一つしようともしていなかった自分に、やり場のない怒りを覚えずにはいられなかった。


俺が無言のまま受話器を手に固まっていると、涙声のコトリちゃんから逆に「ミノルお兄ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」と心配されてしまった。


「…うん、大丈夫だよ。

ヒロの事が何かわかったら、必ずすぐに連絡するよ。

だからそっちも何かわかったら、必ず俺にも連絡して」


「うん…わかった。

ミノルお兄ちゃん…ゴメンね?」


「コトリちゃんが謝る事なんて何も無いよ。

電話してくれてありがとう」


「じゃ、何かあったらまた連絡するね」


「うん、元気でね」


当時の俺が、もっと自分に勇気と自信を持って、あいつと一緒に夢を追っていたなら、俺とあいつの人生は、どうなっていたのだろうか。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



この電話があったときから何年が過ぎただろう。

ヒロの行方はいまだ、杳として知れない。

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