明日に架ける橋 ~巻き戻った俺は、仲間と一緒にスターを目指す~
鵲
序章 後悔は先に立たない
序章① ~新世紀の冬~
つい最近、21世紀を迎えたばかりの日本。
バブルの崩壊により、全国に不景気の暴風が吹き荒れる中、丁度日本列島のど真ん中あたりに位置するこの地は、そんなの俺には関係ねえ!とばかりに、未曾有の都市建設ラッシュで沸き立っていたのであった。
山脈から吹き下ろされる強烈な空っ風が身に凍みる年末、俺たち○○市役所都市整備部一行は、お偉方一行からの有り難いお小言からやっと解放され、若手が中心となったグループでの忘年会二次会に突入していた。
「では皆さん、改めましてお疲れ様。 乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
「係長、今年は色々とありがとうございました!
来年もよろしくお願いします!」
若手のホープ遠藤くんが、俺が手に持つグラスに自分のグラスをコツンと当て、声をかけてくる。
「そうそう、係長にはホントお世話になっちゃいました。
この前も、オレの書類整理で一緒に残業させちゃったし」
遠藤くんと同期の香川くんも、コップを持って話の輪に加わってくる。
「ま、それが俺の仕事なんだから気にすんな。
君らもあと5年もすれば、同じ立場になる」
「うわ、それなりたくないかも」
「オレも・・・ 後輩の世話はいいけど、アレの相手はイヤだな」
「ああ、アレは一種のトラップみたいなモノだから、踏まないように注意するしかない。
でもなぁアレ、トラップのくせに自ら突っ込んでくるんだよな、時々」
「オレも半年ぐらい前『そこには新しい工法が開発されたんだから、それ組み込まなきゃダメだろ』とか言われてさんざん書類の手直しさせられた挙げ句、やっぱり経費がかかりすぎるから無しなとか言われた時は、あのスダレにバーコードリーダー押し当ててグリグリしてやろうかと本気で思いましたよ」
「うん。 あの人、やたら新しいモノ好きなんだ。
でも自分じゃ絶対にやらない。
他人に振ってみて、成果が出たら自分の手柄、ダメだったら自己責任で今の地位を築いてきた人だから」
「最悪ですね、それ」
「さっきの一次会でも、係長なんか絡まれてましたね」
「有難いお言葉を、たくさん頂いたよ。
・・・同じ内容をいつまでもエンドレスに」
「ま、ここにはもうアレはいないんですから、その汚れをキッチリ落としていって下さい」
「でも俺が、この席に参加して良かったのか?
若手と言うにはちょっと微妙な年齢だと思うんだが」
「何言ってるんですか、係長はまだまだ若いじゃないですか。
俺たちが是非来て下さいって呼んだんですから、気にしないで下さい。
それに、この店は係長を連れてくると割引してくれますし」
と言ってニカッと笑う、遠藤くんの爽やかさが眩しい。
今居るのは、駅から徒歩15分ほどにあるちょっと洒落たバー。
この店のマスターは一昔前、とあるヒット曲で新記録を打ち立て一世を風靡するも、その後はヒット曲に恵まれず、今や「あの人は今」状態になっているナイスミドルだ。
マスター曰く「俺は今でも現役だ」とのこと。
十分に利益が出ているであろうこの店は、あくまでサイドビジネスという位置付けらしい。
俺とマスターとは、昔からのちょっとした知り合いだ。
この店には、マスターの趣味を全開にしたド派手な小ステージが設けられており、マスターが気まぐれにワンマンショーを披露するのが、密かな名物となっている。
いまだにマスターの歌声を聞きたいがために通う常連客も数多いのだ。
披露するのは別に自分の持ち歌である必要が無いので、現役時のコンサートより評判はいいぐらいだ。
「プロのミュージシャンは、自分の作った歌を披露するもんだ」などと言う変なこだわりさえ捨てれば、今でも充分にトップスターになれる素養を持っているのだ。
何か矛盾してるようだが、ここで歌う分には、歌で客から金を取ってるわけじゃ無いからセーフなんだそうな。
つい先ほどにもマスターがミニコンサートを終え、みんなその余韻に酔いしれている。
噂をすれば影。
ステージを終えたマスターが、ショットグラスを片手にこちらへと歩いてくる。
そして一言。
「おい実(ミノル)、お前一曲行け」
マスターが指し示す先には、きらびやかな特設ステージ。
マスターがニカッと輝く歯を見せながら、俺を処刑台へと誘う。
実はこのステージ、一般客にもカラオケの特設ステージとして解放されている。
…表向きには。
しかし、カラオケ全盛の時代とはいえ、あのステージに立って歌うのにはかなりの度胸が必要だ。
代表曲に続く名曲を生み出せなかっただけで、その歌唱力にはかなり定評のあるマスターが愛用しているステージだ。
酔っ払って変な歌でも披露しようもんなら、常連客からブーイングが容赦なく吹き荒れる。
だから一般客は、テーブルにマイクを持っていって席で歌うのが暗黙の了解のようになっているのだ。
あ、自己紹介が遅れた。
俺の名は「成田 実(ミノル)」。
そろそろ30代半ばに突入しそうな独身貴族だ。
この地に生まれ幼少期を過ごしたが、学生時代は主に、親の都合により都会で育った。
高校卒業を機に心機一転し、祖父の住むこの地方近隣にある公立大学を受験し合格。
卒業後はそのまま地方公務員として、超ブラックの名を恣にする都市整備部に配属された。
中肉中背と言いたいところだが、中背と言うには身長がやや足りないのがコンプレックス。
目下の悩みは、何か髪の毛の密度が少なくなってきた気がすることだ。
・・・そんな事より、今はこの場を何とか切り抜けないと。
俺は眉をハの字に寄せて、うんざりとした表情を浮かべながら
「マスターのステージが終わった直後とか、ホント勘弁してくださいよ」
と主張するが、もう出来上がりつつある同僚たちは「行くのだ、勇者よ!」と大盛り上がりだ。
隣席に座ってる幼馴染みの後輩まで「先輩、格好いいとこ見せてくださいよ!」と、無責任な事抜かしやがる。
俺は渋々と衆人環視の中、やたらキラキラとした光り物がケバいステージに立つのであった。
俺の目前にあるボックス席には、20代後半と思しき4人の女性客。
特設ステージに現れた俺に一瞬好奇の目を向けるも、次の瞬間にはガッカリしたような表情を浮かべ、興味を無くしたかのように目を逸らした。
また別の席では、若い男性グループが「なんだこいつ」みたいな目を向けている。
本当に勘弁してくれ。何このイジメ。
まあ、この反応も無理ないかな。
俺の見た目は、お世辞にも良くは無い。
顔も地味、全体的に野暮ったい感じで、服装は某紳士服で宣伝してる3着○万円の既製品。
冴えない感じの小男で中年とくれば、期待してくれという方が無理だろう。
周囲に白けた沈黙が漂う中、唐突にメロディーが流れ曲が始まる。
マスター、俺、曲のリクエストしてないんだけど。
また勝手に決めやがった。
曲目は、某ロックバンドの紅い曲。
高音キーと激しいテンポで、難曲として有名だ。
最初はゆっくりささやくように。
ゆっくりではあっても、ちゃんと声は伸ばして出し切る。
変にビブラートをかけると雰囲気を損なうので、しっかりと音を維持する。
そして突然、アップテンポにシフト。
ただ喚くのでは無く、ちゃんと音程を意識してしっかり音を出し、伸ばすところはちゃんと伸ばして区切る。
喉声にならないよう、腹式呼吸を意識する。
この曲、フルで歌うと疲れるんだよな~とか思いつつ、最後まできっちり歌い上げる。
ちゃんと、ライブ仕様の振り付けも付けちゃうぜ?
目前には、驚愕と顔に書いてあるような女性客。
曲が終わり席に戻るときには、店内にいる全ての客から拍手喝采を受けていた。
ヘコヘコと頭を下げながら席に戻ると、ウウェーイと盛り上がってる同僚たちに座席から追い出されそうになっていた後輩が、ショルダーチャージをかけるかのように座席を二つ分確保し返し、どうぞと席に誘ってくれた。
そしてこちらを見つめながら、感心したかのように一言。
「先輩、あんなに文句言ってたくせに、唄滅茶苦茶上手いじゃないですか!」
「大学時代から鍛えてたからね。 ちょっとだけ自信ある」
「だったらもっと堂々としてれば良かったのに、何であんなに嫌がってたんですか?」
「いや、ここのお店の常連さんって、主にマスターのファンなんだよ。
そのマスターの歌を聴いた余韻に浸ってる時に、しゃしゃり出るのはちょっと・・・アレだ。
歌謡曲好きな人に無理矢理クラッシック聴かせるぐらいの抵抗がある」
「イヤイヤ全然、マスターに負けてませんでしたよ? 目を閉じて聴き入ってたら惚れちゃいそうでした」
「じゃあ、試しに付き合ってみる?」
「や、アタシ身長170cm以下は無理なんで」
顔の前に掌をチョップの態勢で立て、ナイナイと横に振る小憎らしい後輩。
何が「無理」なのかベッドの上で小一時間問い詰めてやろうかと言いたいが、そんな事口に出せるぐらいなら、この歳になってまで独身やってない。
いつものようにため息交じりに「さいですか」と返すのみだった。
こいつの名は「宮高 和(なごみ)」。
俺が10歳になり首都圏に引っ越すまではお隣さんだった。
こいつは当時まだ4歳だったが、当時5歳だった俺の妹の世話を任されるついでに、よく子守を引き受けていたし、もっと幼い時にはおしめを替えてやった事もある。
幼馴染みと言うには歳が離れすぎているので、ずっと年上のお兄ちゃんポジションである。
贔屓目を抜きにしても、目元がパッチリとした可愛い系の美人である。
しかし、こいつも四捨五入で30になろうというのに、色っぽい話が全くないのだ。
社交的で明るい性格のため、知り合いや友人も数多く、告白された事も両手じゃ利かないぐらいらしいんだが、単純に選り好みが激しいだけだと思ってる。
「お兄ちゃんのお嫁さんになるーって言いながら、いつも俺に抱きついてきたあの可愛い子は、一体何処に行ってしまったんだろうか」
俺があからさまに『ガッカリしたー』と言いたげな仕草でそうこぼすと
「先輩、今も私に『お兄ちゃん』って呼んで欲しかったんですか?
もー、だったらそうだと早く言って下さいよ『オ・ニ・イ・チ・ャ・ン!』」
と言いながら、俺の肩をペシペシと叩く。
こいつ、もう完全に出来上がってやがる。
多分こいつとは、100回生まれ変わっても一緒になる事は無いだろうな。
根拠は無いけど、こいつは俺にとって妹枠以上の存在にはならないのだろう。
俺とこいつの間には『フラグ』とやらが決定的に欠けてる。
こいつとそんな、どうでもいいいつものお約束をやりとりしていると、いつの間にかカウンターに戻っていたマスターが、特製のカクテルを手に、再び席にやってきた。
「いやーミノル、相変わらず良かったぞ!」
マスターの手渡すグラスを受け取り、舐めるようにちびりと一口飲んでから
「マスターみたいなプロにそう言われると、光栄すぎて恐縮しちゃいますよ」と返す。
「いやマジで。 何でお前、歌の世界に来なかったんだ?
お堅いだけの公務員様なんぞ、糞つまらんだろうに」
本当に心から残念だという表情を浮かべつつ、マスターはため息交じりにそう言うのだった。
「はぁ…」
そう生返事を返す中、頭に浮かぶのは、中学高校時代を共に過ごした、俺にとって唯一と言える親友の事。
(ヒロ、お前も元気でやってるのかな)
そう心の中でつぶやいた。
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