第196話 忘れられたBAD・END

 アスガルド宮の北東には『悦楽と追放の庭園』が広がっている。

 そこでシズたちはモンスターとの連戦を強いられた。人間の子どもほどある大きさの茸が、猛毒のガスをまき散らす。

「危ねえ、ティキ!」

 奇襲に勘付き、シズは手前のティキを弾き飛ばした。

蛇のモンスターがシズの腕を噛む。

「ぐうっ?」

「シ、シズ! こいつ……離れろってのぉ!」

 ティキがすかさず反撃に出て、蛇のほうは片付いた。茸のモンスターは遠距離からイーニアが風の魔法で切り刻む。

「イーニア、シズの腕を見てあげて。多分、毒にやられたわ」

「はい! 大丈夫ですか? シズ」

 剣を握ってもいられず、シズはがくりと膝をついた。

「な、なんとかな……悪い、解毒してくれ」

 イーニアのアンチドーテが傷口を癒す。

 シズとイーニアが治療魔法もいくらか使えるおかげで、最悪の事態は免れた。けれども一度消耗戦に持ち込まれれば、回復が間に合わなくなる。

「僧侶の不在が響いてきたわね……」

 サフィーユは別として、シズやティキの練度が低いのも一因だった。

「ごめんね、シズ。わたしがちゃんと横も見てれば……」

「お前だけのせいじゃねえよ。オレたち全員の問題だな、こりゃ」

 ティキの攻撃一辺倒は間違っていない。シズのフォローもある程度は機能しており、格下の相手に苦戦することは少なかった。

 だが、悦楽と追放の庭園はモンスターが強敵揃いで、すぐにペースを乱される。

「あの……少し休みませんか?」

「そうだな。結界石も使っちまおうぜ」

 ひとまずシズたちは結界を張り、休息を取ることに。

「デュプレさんにも相談してみるよ」

「モンスターの顔ぶれも変わったからねー。前は茸とか、いなかったのに」

 悦楽と追放の庭園では、花や動物といった類のモンスターが出現した。ティキの戦斧には対・植物の特効をエンチャント(付加)し、攻撃力を高めてある。

 そういった付加効果を武具に持たせられるのは一度きりだった。例えば火属性の剣を作った場合、あとから水や風の属性に変更することはできない。

 ところが、シズにはそれを自由に剥がすことができた。おかげで秘境ごとに装備を変えたりせず、使い慣れた武器で戦える。

「この際だから、私の剣にも対・獣あたりを付けたいところだけど……」

「白金旅団は竜骨の溶岩地帯を探索中だもんな。そっちの付加は外せねえだろ」

 また、悦楽と追放の庭園では奇妙な仕掛けにも悩まされた。切り株の上にパネルが置いてあり、これを操作することで、道が開けるらしい。

「こっから東に入れないんだよなあ」

「わたしは南のほうからまわり込むんだと思うなー」

「下に別の通路があるのかもしれないわね」

 平面ではなく立体的な構造のため、混乱もした。石板の地図と睨めっこしながら、シズは正解のルートを模索する。

思わせぶりにイーニアが呟いた。

「タリスマンを得るに相応しいか、力と知恵が試されてるということでしょうか……」

「かもな。それだけのお宝ってことだぜ、タリスマンは」

 シズの読みが正しければ、この庭園にひとつめのタリスマンが隠されている。

(本当にあんのか? そんなもの……)

 正直なところ、シズにとってもタリスマンなど半信半疑だった。

フランドールの大穴にタリスマンがあると言い張るのは、イーニアだけで、冒険者の間ではその噂ひとつ聞こえない。

 イーニアにしても『先生に探せと言われた』だけのことで、信憑性は疑わしかった。

 が、メルメダもまたタリスマンの存在を知り、アスガルド宮に現れている。タリスマンがどのようなものかは依然として不明でも、実在の可能性は濃くなってきた。

 不意にクロードが鳴く。

「敵です! さっきの茸が……三匹!」

 シズたちは前衛と後衛に分かれ、臨戦態勢を取った。

「近づきすぎるなよ、ティキ!」

「あいあいさー!」

 イーニアは魔法で追い風を起こし、敵の毒粉を遠ざける。

 その間にティキとサフィーユが間合いを詰め、一体ずつ仕留めた。最後の一匹にはシズがシルバーソードを突き立て、魔法剣を炸裂させる。

「串焼きにしてやるぜ。フレイムソード!」

 モンスターは炎に包まれ、跡形もなく消滅した。

「ここのモンスターって消えちゃうから、食べようもないよねー」

「……食べたいの? あんなの」

「まさか。シズが『串焼き』なんて言うからさあ」

 シズは剣を収め、汗を拭う。

「魔法剣まで使わなくても……無理してませんか? シズ」

「少しでも実戦で慣れておきたいんだよ。デュプレさんにも言われててさ」

 シズの場合は魔法と同様に、魔法剣でも触媒を要さなかった。その反面、イーニアと比べて明らかに消耗が激しく、息が上がってしまうこともある。

(オレの魔法の弱点なんだよなあ……)

 それこそイーニアの師である大魔導士アニエスタに相談したかった。

 連戦にもかかわらず、小柄なティキは体力を持て余す。

「いいよねー、シズは必殺技があって。イーニア、わたしにできそうなのってない?」

「どうでしょうか……魔法剣は難しいと思いますよ」

「早く行こうぜ。このあたりはモンスターも多いみたいだし」

 クロード団は先に進もうとするも、サフィーユが足を止めた。

「前もここで戦ったわよね……確か」

「うん? ああ」

 シズやティキは何のことやらと首を傾げる。

「それがどーかしたの?」

「ちょっとね。ティキ、この柱を壊したの、憶えてない?」

 イーニアがあっと声をあげた。

「そ、そうです! ティキが斧で……」

 その時のビジョンがシズの脳裏にも蘇ってくる。

 前回の探索中、ティキはモンスターを狙い、勢いあまって柱を殴りつけてしまった。柱には大きなヒビが入ったのを、シズもこの目でしかと見ている。

 ところが目の前の柱は『無傷』だった。

「……この柱で間違ってねえよな、イーニア」

「はい。ジャイアントスネークがその陰に逃げ込んで、それで……」

「思い出したっ! うっかりやっちゃったんだよねー、これ……あれ?」

 同じ柱を見上げ、ティキも疑問符を浮かべる。

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