第181話 忘れられたBAD・END

 大陸を穿つ巨大な穴。

 フランドールの大穴――それは『災厄』が始まる地とされ、数多の呪いを蔓延させたという。五十年前のシビトの脅威もまた、災厄のひとつに過ぎない。

 だが、その五十年のうちにひとびとは大穴の恐怖を忘れてしまった。フランドール王国に代わって、タブリス王国が開発を進めるべく、前線基地を建設。大陸中から腕自慢の冒険者たちが集まり、新たな都市となる。

 前線都市グランツ。いつしか街はそう呼ばれるようになった。冒険者のための施設は当然一通り揃っており、秘境の探索には事欠かない。

 街の酒場は情報交換及びパーティーの合流場所として活用される。

「聞いたか? ギルドの設立はまた見送られたってよぉ」

「タブリスにゃノウハウがねえんだろ。大穴をただの発掘現場とでも思ってんのさ」

 無論、酒の飲めない未成年はお断り。

「ガキが来るとこじゃねえんだよ。おとなしく帰りな」

「だから十七だっての、オレは」

「それを未成年っつーんだよ! じゃあな」

 少年もとい『童顔の青年』はぽりぽりと頭を掻いた。

「ちぇっ。情報収集くらいさせてくれてもいいのに……なあ、イーニア」

「そうですね……」

 十五歳らしいエルフの少女のほうが、まだ風貌も大人びている。

 シズとイーニアが前線都市グランツへやってきて、早一週間が過ぎた。とりあえず寝床は確保できたものの、実績がなければ収入もない。

 情報取集と仲間集めと意気込んでも、門前払いされるのがオチだった。

 いつもなら、この時期は田舎で畑でも耕しながら、のんびりと暮らしている。

(はあ……爺さんのやつめ。厄介払いしたかっただけだろ)

 しかし育ての親である老騎士に『男児たるもの騎士になれ』と発破を掛けられ、体よく追い出されてしまった。

 シズには昔の記憶がなく、自分の名前しか憶えていない。それでも剣の腕前はそこそこで、魔法剣という珍しい異能も有していた。一応、騎士の素質はある。

「まあいっか。オレも退屈してたとこだし……」

「え? 何か言いましたか?」

「独り言だよ。気にしないでくれ」

 そして旅の道中、イーニアと出会った。

 耳が尖っているのはエルフの特徴だが、実際は人間とのハーフらしい。エルフ族は排他主義のため、赤ん坊の頃に里から追放された、という苦い過去を持つ。

 幸いにして彼女は高名な魔導士に保護され、立派な魔法使いに育てあげられた。火属性だけは不得手なものの、ほかの三属性を自在に使いこなし、多少は剣技の心得もある。

 ふたりで力を合わせ、やっとのことで前線都市グランツへと辿り着いた。

「早いとこ、武器も調達しねえとなあ……」

「魔法の触媒も足りませんね」

 けれども新米冒険者がふたりだけでは右も左もわからず、今日も途方に暮れる。消耗品の補充もままならず、無為な日々を過ごしていた。

 酒場がだめなら店で情報を、という期待もあって、手頃な武器屋へ。その武器屋にしてもこれで三軒目だった。

 ところが店に踏み入った矢先、甲高い声が響き渡る。

「せっかく冒険者の街に来たんだから、ちょっとくらいいーじゃんか!」

「やめとけ。女が出る幕じゃねえんだ」

 髭の濃い強面の店主と、小柄な少女が、何やら喧嘩の最中だった。

「冒険はしないって約束だったろ。お前から言い出したことだぞ? ティキ。……それに仲間もなし、魔法もなしで、秘境に飛び込むつもりか?」

「う。そ、そりゃそーだけど……」

 遠慮しつつ、シズは店主に声を掛ける。

「あの~。お店の剣、見せてもらっていいですか?」

「……うん? おぉ、すまねえ。恥ずかしいところを見せちまったな」

 店主はシズやイーニアの身なりに眉を顰めたが、追い返すことはしなかった。娘の相手をするよりは、子どもの客のほうがまし、と判断したのだろう。

「あ~っ! エルフ!」

 イーニアの耳を見て、少女が声をあげる。

「……はい?」

 当のイーニアは首を傾げ、ぱちくりと瞳を瞬かせた。

「お父さん、エルフは絶対、店に入れないって言ってたじゃん! そんなにわたしの話が聞きたくないわけ?」

「よせ、ティキ。客の前で失礼だぞ」

「こんな時だけ、そーやってぇ! 何がドワーフ一の鍛冶屋よぉ」

 大昔からドワーフ族とエルフ族は犬猿の仲という。今はホルート(ホビット)族が間に入っているおかげで、目立った衝突はないものの、睨みあいは続いていた。

 その点、早々にエルフの里を追い出されたおかげで、イーニアは偏見だらけの歴史認識から解放されている。

「誤解しないでください、親父さん。イーニアはハーフエルフですから」

 相棒が純血のエルフではないことを強調すると、店主の物腰も柔らかくなった。

「そうだったのかい。そんなら話は別だ、ゆっくりしていきな」

「……へ? ハーフエルフって何なのさ?」

「え? あの、私に聞かれても……」

 ただ、イーニア本人は今まで『エルフの血族であること』をさして意識していなかったらしい。あちこちでエルフ扱いされるたび、きょとんとした。

「どんな剣が欲しいんだ?」

「なるべく丈夫なやつを……今使ってるのが、もうこんななんです」

 シズはがちゃがちゃと剣を抜く。

 その傷み具合に職人気質の男は目を丸くした。

「……どんな使い方すりゃあ、こうなっちまうんだ? 坊主」

 刀身は歪みが酷く、切れ味も大幅に落ちている。

「魔法剣を使いすぎて……普通の武器だと、耐えられないみたいでして」

 十八番の魔法剣にもデメリットは存在した。負担が大きいせいで、よほど出力を抑えない限り、すぐに武器が壊れてしまう。

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