第157話

 午後はグウェノと合流し、メルメダ先生のもとで魔法の練習に励む。

「ぬっ、ぬぬぬ~!」

「また風だけになってるよ。もっと集中!」

 けれども三十分と経たないうちに、グウェノがばててしまった。

「だ~っ! できねえっての、んなの」

 叡智のタリスマンは『風』属性の魔法を行使できる。

そして風とは、言ってしまえば冷気のこと。

「乾のほうは割とできてるんだけど、冷の力が弱いから、氷にならないのよ」

「何言ってんのか、さっぱりわかんねえって……」

 当然、冷気の魔法はイーニアも扱いに長けていた。スクロール次第でセリアスもアイスボルト(氷弾)くらいは撃てる。

 今にも心が折れそうなグウェノに、イーニアが励ましの言葉を掛けた。

「大丈夫ですよ。ちゃんと風は起こせてるわけですから。あとは……えっと、コツさえ掴めたら、急にできるようになると思います」

「へいへい」

 実際のところ、氷結魔法は火炎魔法よりも難度が高い。四大属性の素質とは別に、氷結魔法は小難しいから使えない、という魔法使いの話も聞く。

「セリアス~、オレが冷却ってのは、やっぱ無理だぜ? 可能性をまるで感じねえ」

「名案だとは思ったんだが」

 竜骨の溶岩地帯を探検するにあたって、何より必要なのが『耐熱』だった。どこもかしこも超高温の秘境であり、それだけでも探索には大きな危険がつきまとう。

 加えて、モンスターも強敵揃いとのこと。

(どうせなら氷剣を貸してくれれば、よかったものを……)

 せっかくのフレイムソードも、溶岩地帯で火炎の付加効果は期待できなかった。

 リスクを回避するには、氷結魔法の使い手を増やすのが手堅い。しかしグウェノはなかなか習得できそうになく、おかしな現実逃避に走った。

「やっぱよぉ、オレって熱い男だから? 氷なんてイメージじゃねえんだよな」

 冗談の通じないイーニアは本気で首を傾げる。

「……?」

 セリアスとメルメダは溜息を重ねた。

「これで酒場の息子か……実家は継がんほうがいいな」

「そこいらの氷結魔法より冷えたわ」

「なっ、なんだよ? 誰にだって、向き不向きってのがあんだろ?」

 グウェノは癇癪を起こす。

「そうだ! 氷の弓なんてのは手に入りませんかねぇ? セリアスさん」

「そいつは欲しくてたまらないな。……まあ冗談はさておき、グウェノの武器は新調しておきたいところだ」

 竜骨の溶岩地帯は困難を極める――それをセリアスたちは予感していた。だからこそ準備には念を入れ、グウェノに不慣れな魔法の訓練も頑張ってもらっている。

「メルメダさん、ほかに体温を維持する方法はありませんか?」

「そぉねえ……水の精霊はすぐ帰っちゃうでしょうし」

 大魔導士ことメルメダはセリアスの新しい得物に目を向けた。

「あとは冷やすんじゃなくて、火属性の魔法で耐熱フィールドを張るとか、かしら」

「水の魔法で水中に潜るようなものですね」

 その発想は理に適っている。

 ただ、イーニアは火属性の魔法をほとんど使うことができなかった。セリアスと同じくスクロールを用いて、なんとか撃てる程度に過ぎない。

 逆に水属性の魔法はエキスパートであって、慈愛のタリスマンも『水』を司る。だからこそ、竜骨の溶岩地帯はスムーズに切り抜けられると思っていた。

「別に氷でなく『水』でもいいんだが……イーニア、そいつは反応なしか」

 イーニアは慈愛のタリスマンに手を添え、視線を落とす。

「……ありません」

 慈愛のタリスマンが未だに力を発揮しないのだ。

 地べたに座ったままのグウェノがぼやく。

「いっそ、オレのタリスマンと交換してみねえ? 溶岩地帯じゃ、水より氷のほうが入用なんだしさぁ。素人のメイアでも使えたんだ、イーニアなら余裕だろ」

「意外に冴えてるじゃないの、グウェノ。それが一番簡単だわ」

 持ち主が誰であれ、タリスマンは魔法の恩恵をもたらした。実際、剛勇のタリスマンはバルザックの手によっても発動している。

「剛勇のタリスマンは全員で一通り試したりもしたな」

「そうですね。じゃあ、グウェノはこっちを」

「でも男がネックレスってのは、なあ……あとで話し合おうぜ」

 イーニアは左足に叡智をタリスマンを着け、立ちあがった。

 試しに基本的な氷結魔法を放つ。

「アイスボルト!」

 氷の弾丸がまっすぐ飛び、一発で的を氷漬けにした。

 にもかかわらず、メルメダは肩を竦める。

「タリスマンは力を発してないわよ? 今のは単にあなたがアイスボルトを撃っただけ」

「え? も、もう一度やってみます」

 次の氷弾も、また次の氷弾も見た目には上出来だった。しかしそれはイーニア自身の魔法で、ちゃっかり回数分の触媒も消費している。

「こんな感じか? アクアスプレッドぉ!」

 一方、グウェノは慈愛のタリスマンで水の魔法を披露した。ただし出来栄えは水鉄砲に過ぎず、モンスターを倒すには弱すぎる。

「これじゃあ、玩具と変わんねえな……オレには『風』が性に合ってんのかね」

「素質は絶対的なものと考えたほうがいいわ。あなたはそもそも魔法に向いてないみたいだし、欲張ったりせず、できるものを厳選するべきね」

 イーニアとグウェノ、叡智と慈愛のタリスマンを見比べながら、セリアスは腕組みのポーズで頭を悩ませた。

「つまり……イーニアだけがタリスマンの力を行使できない、というわけか」

 慈愛のタリスマンはグウェノの意志を受け、発動している。

 ところが今度は叡智のタリスマンが沈黙してしまった。タリスマンはイーニアには恩恵を与えず、ただのアクセサリーと化す。

「ハインのタリスマンでも、おそらく……」

「かもしれません。地属性の魔法も得意ですから」

前にセリアス団の皆で剛勇のタリスマンを試した時も、イーニアは自分の力で地属性の魔法を使い、それがタリスマンによるものと勘違いしたらしい。

「なあ、メルメダ。こういう魔法のアイテムが使用者を選ぶなんてこと、あるのかい?」

「あるにはあるわよ。セリアスのソルアーマーだって、そうでしょう」

 どうやらタリスマンはイーニアを『拒んで』いた。

「どうして……」

 さしものイーニアもショックを隠しきれず、うなだれる。

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