第151話 忘却のタリスマン#4
大陸に空いた、巨大な穴――。
それは『フランドールの大穴』と呼ばれ、数多の災厄を生み出したという。不死身の化け物・シビトの発生も、そのひとつに過ぎない。
フランドール王国は最前線に立ち、シビトと熾烈な殲滅戦を繰り広げた。
そして五十年前、英雄キースらの活躍によってシビトは死滅する。
それから時は流れ――隣国のタブリスがフランドールの大穴に目をつけた。前人未到の土地の開発を目論んで、手始めに一大都市の建設に乗り出す。
城塞都市グランツ。やがて大陸中の冒険者がこの街に集い、フランドールの大穴に挑むようになった。一獲千金を夢見る者、名声を欲する者。
そんな彼らの間で、いつからか噂になった。
汝、タリスマンを求めよ。
富を欲すなら、その手を伸ばせ。名声を欲すなら、その手で掴め。
その噂は信憑性を欠きながらも、好奇心旺盛な冒険者をフランドールの大穴へと導く。そうして城塞都市グランツは目覚ましい発展を遂げていった。
だが……今、再びシビトの恐怖が迫りつつある。
最悪のシビトと恐れられた六大悪魔は、すでに半数が蘇ってしまった。白金旅団を血祭にあげた、あの『首なしの牢屋』も次の獲物を求め、大穴を彷徨っている。
頭部がないはずのデュラハンが、咆哮を轟かせた。
その胴体は牢獄となっており、中で数匹のゾンビが飼われている。痛々しい姿で磔に処されているのは、白金旅団の戦士だった。
デュラハンが棍棒を振りあげ、落石のごとく猛然と叩きつけてくる。
すかさずセリアスは神々しい盾を掲げ、障壁を張った。
「力を貸せ! スターシールド!」
光のフィールドがデュラハンの一撃さえも防ぐ。
「やれ、ジュリエット!」
「言われなくても」
その隙に乗じて、ジュリエットが前傾姿勢で飛び出した。蛇腹状の剣グランディバイドを鞭のようにしならせて、反動をつける。
「オリジナルの『刻印』よ、たっぷりと味わわせてあげるわ!」
グランディバイドがデュラハンの左肩を貫いた。不死身ならではの自己再生も働かず、デュラハンはたじろぐ。
セリアスも敵の棍棒を足場にして、デュラハンに迫った。
「右腕のほうは俺に任せろ!」
スターシールドの下から左手を伸ばし、『刻印』を発動させる。
しかしセリアスのものは出力が弱かった。デュラハンにはほとんどダメージを与えられず、逆に棍棒でかちあげられそうになる。
「無茶をするから!」
「……ふ。わかってるさ」
とはいえ、セリアスはその反撃を読んでいた。刻印で気を引いたのもフェイク。
「うおおおっ!」
渾身の一閃がデュラハンの右腕を引き裂いた。
ジュリエットのほうも左腕を千切り、デュラハンは牢屋の腹と脚だけになる。
彼女のグランディバイドが宙で分離した。
「これで終わりよ、デュラハン!」
刃のすべてが燕のごとく飛び、デュラハンの巨体を取り囲む。それはターゲットを切り刻みながら、シビトを屠るための『刻印』を描いた。
さしもの六大悪魔も細切れにされ、膝をつく。
しかしセリアスは見逃さなかった。刻印のパワーを全開にして、牢の中にいるゾンビの喉笛を引っ掴む。
「貴様が本物のデュラハンだ!」
ゾンビの身体はみるみる腐り落ちたが、頭だけは残った。その額をジュリエットのグランディバイドが貫くと、デュラハンは灰と化し、砂の城のように崩れ落ちる。
死闘を終え、セリアスはふうと息をついた。
「……勝つには勝ったか」
ジュリエットはグランディバイドを収め、艶やかな髪に手櫛を入れる。
「ご苦労様。正直、あなたは戦力にカウントしてなかったのだけど」
「やつには借りがあったんでな。……今日のことは、仲間には秘密にしててくれ」
「ええ。そういう取引だったものね」
六大悪魔のもとへ案内してくれ――それが彼女の依頼だった。
セリアス団のリーダーとして表向きは断ったものの、セリアスはひとりだけ、こうしてジュリエットと行動をともにしている。
「氷壁のコルドゲヘナは片付けたんだろう?」
「レギノスにも協力してもらって、ね。なかなか手強かったわ」
六大悪魔はこれでデュラハン、コルドゲヘナを殲滅。
「次はマイルフィックか、セイレーンか……はあ。捜すのが面倒なのよね」
指折り数えるジュリエットの一方で、セリアスはかぶりを振った。
「あとは勝手にやってくれ。俺は降りさせてもらう」
「……あら? 怖気づいたのかしら」
「当然だ」
六大悪魔との戦いはあまりにリスクが高すぎる。
実際、自分の『刻印』はまるで役に立たなかった。愛用のシルバーソードも不死身の化け物を斬ったせいで腐食したうえ、魔法剣の連発で傷んでいる。
「……この剣はもう使えないな」
「それは悪いことをしたわね。報酬は期待しててちょうだい」
ジュリエットは不敵に微笑むと、セリアスの剣ではなく盾に目を向けた。
「そっちの盾は大した力ね」
「ああ」
スターシールドが眩い光沢を放つ。
この盾は北方にあるスタルド王国の秘宝だった。七年ほど前、セリアスはスタルドに立ち寄った際に大事件に巻き込まれている。その時もスターシールドによって救われた。
しかしミレーニア王女の求愛を一蹴して、セリアスは王国を発った。
それを根に持っているらしい彼女が、ウォレンたちを介し、自分から逃げた男へ『あてつけ』としてわざわざ送りつけてきたのだ。
おかげで六大悪魔クラスとも戦いようはある。
「ソルアーマーも合わせれば、大したものよ。あとは武器だけね」
「その武器がご覧の有様なんだが」
ただし今日の勝利と引き換えに、シルバーソードは役目を終えてしまった。
(ハインやグウェノにはどう説明したものやら……)
今回の単独行動はセリアス団のメンバーには伏せてある。早急にシルバーソードと同等の剣を調達しなくては、追及は逃れられそうになかった。
「なら、いいものをあげるわ」
ジュリエットが髪をマントのように翻す。
デュラハンとの遭遇ポイントからシビトの城は目と鼻の先だった。現にセリアスたちはイーニアのコンパスを借りて、城の女神像を経由し、ここまで来ている。
城のエントランスでは骸骨のチャリオットに出迎えられた。
「お疲れ様でございます、ジュリエット様。剣士殿もお疲れのご様子……フフフ」
「適当に休ませてあげなさい」
客間に通され、しばらく待つことに。
「この間の……死体のメイドはどうした?」
「アリエッタでしたら、グランツに出ております」
「そいつはホラーだな」
やがてジュリエットが深紅の剣を抱え、戻ってきた。
「アグニの炎剣よ。次の得物が見つかるまで、これを貸してあげるわ」
セリアスは試しにそれを抜き、赤銅色の刀身に目を凝らす。
「フレイムソードか。相当な値打ちものだぞ」
「貸すだけと言ったでしょう? じきにあなたは『あの剣』を手にするのだから……」
ジュリエットの言葉が引っ掛かった。
セリアスはフランドールの大穴で剣を探しているわけではない。だが、彼女は今『じきに手にする』と口にした。
「最後のタリスマンは剣、か」
「ご名答。あとは曾お爺様に聞くといいわ」
ジュリエットが唇を指でなぞる。
「曾お爺様からの伝言よ。地下の封印区画であなたたちを待ってる、ですって」
「……了解だ」
城主のエディンはタリスマンの真実を知っていた。セリアス団がみっつのタリスマンを集めた時こそ、それを語ろうと約束している。
「覚悟はしておくことね。封印区画は大迷宮よ、一筋縄じゃいかないわ」
「そいつは面白そうじゃないか」
次の目的地は決まった。
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