第136話

 ギルドの前で、セリアスとグウェノはいつもの少年に唖然とする。

 カシュオンは終始そわそわとしていた。セリアスたちに気付きもせず、おそらく健全なようで不埒な妄想を膨らませている。

(来月はイーニアさんも海に! 水着のイーニアさんと……ビーチなら、イーニアさんも開放的な気分になって、僕と……むふふふ! 頑張るぞ~)

 欲望の言葉が聞こえてくるかのようだった。

「……オレも十三の時はまあ、幼馴染みの水着にドキッとしたもんだけどよ」

「そういった経験なら、俺もあるぞ。年相応にな」

 セリアスとて一介の男子、まったく興味がないわけではない。ただ、カシュオンの今後には他人事ながら不安が募った。

 カシュオンとゾルバに続いて、メルメダもギルドから出てくる。

「あら。あなたたちも噂の『綺麗どころ』を見に来たの?」

「……何の話だ」

「情報部の斡旋でね。タブリスの本国から、カルテット・ヴァルキリーなんていうのが派遣されてきたのよ。一見の価値はあると思うわ」

 しかしグウェノはまるで興味を示さず、話題を変えた。

「それより坑道の宝は見つかったのかよ? セリアスに地図、もらったんだろ」

 メルメダの現金な笑みが弾む。

「んっふっふ……期待以上よ! やっと『稼いでる』感じになってきたわ」

「そいつはよかった。いい話があったら、聞かせてくれ」

「しょうがないわねえ。楽しみにしてなさい」

 ご機嫌な彼女を見送りながら、セリアスはほっと胸を撫でおろした。

「……ふう。あれで当分、無茶は言ってこないだろう」

「なんだよ、あれから進展なしか?」

「ないな」

 ギルドに入り、出発の申請がてらメンバーを待つ。

 噂の受付嬢たちはほかの客をそっちのけにして、ひとりの少年を囲っていた。

「シズくんったら、カッコつけちゃってえ~」

「お部屋なら空いてるんだゾ? あ~、さては焦らしてるナ?」

 男の子は真っ赤に照れ、焦りまくる。

 綺麗どころの争奪戦はすでに決着がついていた。感心したようにグウェノがぼやく。

「ああいう一部のニーズにどストライクなやつが、いるんだよな~。なんつーか、特殊なフェロモンが出てるっつーの?」

「カシュオンにはないものか……不公平な世の中だ」

「おはようございます。今日も暑いですね」

 イーニアたちも合流し、セリアス団は泣き止まぬ湖へ。


                  ☆


 湖底の神殿ではやはり『水位を変える』ことが突破口となった。高い場所へは水位を上げ、泳いで行く。逆に水位を下げることで、水没エリアの水を抜くこともできた。

 魚タイプのモンスターは陸に置き去りにされ、のたうちまわる。

「ちょっと可哀相になってきちゃいますね」

「行き過ぎた殺生は、拙僧の好むところではないが……のう」

 あらかたのモンスターを一掃したことで、遭遇の機会も減った。今日はザザがいないとはいえ、神殿の魔物には慣れつつある。

「もう少し降りてみるか」

 別の場所でもレバーを見つけ、探索に弾みがついた。

 この神殿をここまで踏破したのは、セリアス団が初めてだろう。宝もあり、メンバーのモチベーションは高い。

 それは同時に油断が生じやすいことでもあった。

「そう急ぐこともあるまい。競争相手もおらんのだし」

「まっ、あんま慎重が過ぎてもな。締めるとこ締めてりゃ、大丈夫だろ」

 ハインの忠告もグウェノの余裕も一理ある。

「行きましょう。セリアス」

「ああ」

 いつまでも足踏みしていられないため、今回は進むことにした。まずは水位を上げ、落とし穴を水で満たす。それを泳いで降りていくと、新たなレバーが見つかった。

「このパズルもだんだん慣れきたよな」

「そうですね。この調子なら、最深部もじきに……」

 適度に休憩も挟みながら、未踏破のエリアに足を踏み入れていく。

 だが、ついにマップを更新できなくなってしまった。分かれ道も扉もすべて通過したはずが、どれも行き止まりで終わっている。

 突き当たりにはこれ見よがしにレバーがあったが、反応はない。

「妙だのぉ……道はありそうなのだが」

「だよなあ? ほら、東のほうはまだ侵入できてねえだろ」

 外から見た分には、湖底の神殿は正方形に近かった。ならば、内部の構造も正方形でなければおかしい。

「どこかに隠し扉や仕掛けがあったのかもしれませんね。……あ、グウェノを責めてるわけじゃありませんよ?」

「へいへい。イーニアさんも空気が読めるようになってきたなァ」

 第一に考えられるのはシークレットドアの存在だった。

 脈動せし坑道や画廊の氷壁と違い、この神殿はより『人工的』な構造をしている。隠し扉にしても、巧妙に姿を消している可能性があった。

「やっぱ、このレバーが気になるよなあ。どっかに変化があんだよ、多分」

「私もそう思います。こんな奥のほうにあるのに、何の意味もないなんて……」

「水嵩を変えてはどうだ? 水中の探索は億劫になるせいで、見逃しとるのやもしれん」

「そいつもクセぇよな。セリアス、次はこっちのほうから……」

 にもかかわらず、セリアスはしれっと答える。

「入り口まで戻るぞ」

 グウェノやイーニアは目を点にした。

「へ? ここまで来て、なんで?」

「まだ帰るには早いですよ。もう少し探索を……」

 一方、ハインはわかったように顎を押さえ、やにさがる。

「拙僧には読めたぞ、セリアス殿。中にないなら外、というわけだろう?」

「ああ」

 実のところ、さっきのハインの言葉でぴんと来た。

 水に沈んでいるエリアは面倒になり、つい『水を抜いてから』という心理が働く。それに加え、セリアスたちはすでに『神殿の中に入った』ものと思い込んでいた。

「確かに……そいつは盲点だったぜ」

「行ってみましょう」

 セリアス団は一旦神殿を出て、湖底の探索に乗り出す。

 呼吸は空気の果実で補えるものの、水深五十メートルの深さでは、やはり水圧が問題となった。イーニアが海神の守りを身に着けたうえで、出口の前に立つ。

「あの泡の魔法……なんと言ったかのう? あれは使えんのか」

「割れた瞬間、全滅だ。地道に泳ぐほうがいい」

 イーニアの魔導杖が青く輝いた。

「ちゃんとできるか、わかりませんけど……召喚! ウンディーネ!」

 水柱を噴きあげ、美麗な水の精霊が姿を現す。

「……あ、あら?」

 そのつもりが、魚人のようなモンスター・サハギンが出てきてしまった。一応、召喚者であるイーニアに従う気はあるらしい。

「ほう、これが水の精霊か。もっと神々しいものを想像しておったが……」

「オッサン、オッサン。こりゃ失敗したんだって」

 今のイーニアらしい召喚魔法の出来にセリアスは肩を竦めた。

「気にするな。こうして呼べただけで充分さ」

 もとより召喚魔法は高度な技術を要する。また、イーニアは師匠のアニエスタから初歩的なものしか教わっておらず、せいぜい動物を呼び出せる程度だった。

 今回は泣き止まぬ湖を探索するため、ベテランのメルメダに手解きを受けている。

「やっぱりメルメダさんはすごいですね……地水火風の全部に素質があって、しかも召喚魔法まで使いこなせるなんて」

「あいつは変人なんだ」

 ウンディーネもどきはイーニアの命令通りにフィールドを張った。

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