第103話

 会合のあとはハインと合流する。

「坑道のトロッコを、か……王国軍が率先しての作戦とはのう」

「こういうのって珍しいんでしょうか?」

 過去にも王国軍がフランドールの大穴で大々的な作戦を展開したことはあった。セリアスたちがグランツ入りして間もない頃も、風下の廃墟まで盗賊団の掃討に出ている。

 グランツと各地を結ぶルートも、軍によって治安が徹底されていた。

 一方で、王国軍はモンスターを避けたがる傾向にあった。モンスターの討伐はギルドに依頼を出す程度で、冒険者にすべて任せている。

 それを王国軍の怠慢だと非難する声があれば、冒険者稼業の促進だと呼ぶ声もあった。今や犯罪者は王国軍が、モンスターは冒険者が片付けるのが恒例となっている。

 ところがバルザックの情報部は今回、秘境の攻略に乗り出した。そのために冒険者らに協力を要請し、大規模な作戦を企画している。

 その手腕にハインは感心した。

「こちらにとっても情報部の真価を見極める、よい機会になろうて」

「ああ。あの少佐は自信があるようだ」

 仮に失敗しようものなら、情報部は冒険者の前で赤っ恥をかく羽目になる。しかし成功すれば、情報部もといバルザックの評価は不動のものとなるだろう。

 このような賭けに挑める人間は、二種類いる。考えなしの馬鹿か、計算高い策士か。

「ところで……さっきの、ロータリーとか、よくわからなかったんですけど」

「あとで説明してやるさ」

 作戦のことで相談しつつ、セリアスたちはハイタウンのある商社を訪れた。城塞都市グランツでも名うての会社で、大きな事務所を構えている。

「ここが、ターナ殿の遺言にあった……」

 画廊の氷壁で見つけた白金旅団のメンバー、ターナの亡骸。彼女の手記には旅団壊滅の一部始終と、婚約者へのメッセージが綴られていた。その発見者として、セリアスたちはターナの最期を伝えなくてはならない。

 エントランスに踏み入ると、受付に迎えられた。

「いらっしゃいませ。冒険者のかたでしょうか? 本日はどのようなご用件で……」

 街の冒険者が商談に来ることは珍しくないようで、応対も柔らかい。

「エリック社長に合わせて欲しいんだが」

「……社長にですか?」

 しかし開口一番『社長に会わせろ』と要求しては、さすがに渋られてしまった。こういう時こそグウェノの不在を痛感する。おそらく自分の仏頂面もいけなかった。

「一応、確認致しますので、しばらくお待ちください」

「あっ、あの……ターナというひとの手帳を預かってるんです」

「わかりました」

 待つこと五分、受付嬢よりも先に小奇麗な紳士が小走りでやってくる。

「あなたがたですか? タ、ターナは一体……!」

 彼こそがターナの婚約者、エリックだった。若くしてグランツの支社を取り仕切っており、マルグレーテと同様、名士のひとりにも数えられている。

 白金旅団が壊滅した際も、事業を縮小したりせず、屋台骨の再建に尽力した。城塞都市グランツを陰ながらに支える功労者である。

 そんな彼がセリアスたちの前で酷く狼狽した。

「教えてください! ターナは、ターナはどこにいるんですかっ?」

「落ち着いてくれ、エリック殿」

 商社を牛耳る若社長のカリスマなど、今は欠片も感じられない。ただ、婚約者への一途な愛と深い悲しみに翻弄され、ありありと取り乱してしまっていた。

 受付嬢が見かねて、フォローに入る。

「社長、先にお部屋のほうへお通ししてはいかがでしょう?」

「あ、ああ……そうだね。どうぞ、こちらです」

 エリックも少しは落ち着きを取り戻し、セリアス団を応接間へと迎え入れた。

 セリアスは内心、彼の振る舞いに同情する。

(正真正銘の婚約者だったわけか……)

 あの白金旅団のターナを花嫁に迎えるとなれば当然、箔がつく。それを見越して縁談が進められた、一種の政略結婚ではなかったのか、と疑っていたのだ。

 むしろ、そのほうがよかったかもしれない。ターナの死で彼を傷つけずに済む。

「お掛けください」

「……ああ」

 応接室は重々しい雰囲気に包まれた。エリックのほうも、これから恋人の死を宣告されるものと、勘付いたらしい。

「セリアス殿、話しづらいのなら拙僧が……」

「いや、俺が話そう。……エリックさん、残念な報せになるんだが……これを」

 セリアスはあえて何も言わず、すべてをターナの手記に託した。

 エリックは震える手で手帳を開け、息を飲む。

「な、なぜ……」

 その口から悲しみの声が漏れた。

「街に帰ってきてくれれば、僕がどうにだって……君を守れたのに! どうしてひとりで死のうと……自殺だなんて、嘘だと言ってくれ! ターナっ!」

 恋人は街へ帰るに帰れなくなり、画廊の氷壁で孤独な最期を遂げている。

 それだけ『白金旅団の壊滅』は、彼女にとって耐え難い現実だったのだろう。現にキロは生還したものの、軟禁の末、逃亡を余儀なくされている。

「この手帳は王国軍に渡せば、もう戻ってこないかもしれない。だから、あなたに渡しておきたくてな……内容は俺たちのほうで伝えておく」

 ターナの手記には『首なしの牢屋』についても記されていた。王国軍のみならず冒険者にとっても、この手記は貴重な情報となる。

「ターナ……君というやつは」

 エリックは小さな手帳を両手で握り締め、涙を流した。

 イーニアがターナの指輪を差し出す。

「これも持ってきたんです。ご遺体は……その、連れて帰ることができなくて……」

 意味を成さなくなってしまった婚約指輪が、エリックの涙に濡れた。

「あっ、ああぁ……間違いありません。僕が彼女に贈った、エンゲージ……」

 彼の薬指にも同じ指輪がある。

 それきりエリックは泣き崩れてしまった。セリアスたちは押し黙り、席を外す。

「いきなり恋人の死を突きつけらては、ああもなろうて。残念だが、この件はこれで落着といったところかのう」

「ああ。できる限りのことはやったさ」

 結果はどうあれ、セリアス団はターナの遺志を尊重した。エリックの今後が気掛かりではあるものの、これ以上、自分たちに出る幕はない。

 商社を出たところでイーニアが足を止める。

「グウェノは……これでよかったのかもしれませんね」

「……そうだな」

 セリアス団のトレジャーハンターは恋人のために、叡智のタリスマンをくすね、行方を晦ませてしまった。だが、フランドールの大穴で彼が命を落とすよりは――残された恋人が悲しみに暮れるよりは、きっと救われる。

「ハイン、お前も命だけは大切にしてくれ。シャガルアの家族にお前の死を伝えるような役まわりだけは、絶対に御免だぞ」

「肝に銘じておくとしよう。……無論、おぬしもな、セリアス殿」

 セリアスとハインは固く約束し、苦笑した。

 イーニアが胸を撫でおろす。

「グウェノのことも心配ですけど、私たちは私たちで頑張りましょう。ええと……まずは触媒の補充をしないと」

「武器の手入れも忘れるなよ。そろそろお前の剣も欲しいな」

「防具も新調したほうがよいのではないか?」

 三人になっても、セリアス団の探求は続くのだった。

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