第102話

 いつもの部屋で目を覚ます。

「早く起きてください。マスター」

「……………」

 肝が据わっているつもりのセリアスも、今朝はザザばりに絶句してしまった。どういうわけか、自分の部屋に小柄なメイドの少女がいる。

「……マルグレーテのところで勉強してたんじゃなかったのか、ソアラ」

「それなら終わりましたの。今日からは誠心誠意、マスターのお世話を致します」

 寝起きの頭が早くも痛くなってきた。

(こいつをソールに追い返す方法も、考えないとな……)

 セリアスはベッドを出て、南向きの窓を開ける。

 朝のうちはまだ涼しいものの、じきに暑くなりそうだった。夏の日差しが眩しい。

「私は朝食の支度をしておりますので」

 グレナーハ邸で特訓したおかげで、ソアラの立ち居振る舞いも侍女らしくなっていた。やけに華やかな給仕服はグレナーハ邸のものを拝借したのだろう。

「さて……今日は会合だったな」

 ソアラの件はさておき、セリアス団のリーダーは気持ちを切り替える。

 朝食の席にはハインとジュノーのほか、ソアラもついた。

「精霊のお前も食事をするのか……」

「はい。この姿はエネルギーの摂取が必要ですから」

 今朝の献立は焦げ目の目立つトーストと、黄ばんだポテトサラダ。一応は食べ物の体を成しているが、味のほうは眉を顰めたくもなる。

(グウェノ……帰ってきてくれ)

 ハインやジュノーも渋い表情でソアラの手料理を味わっていた。

「洗濯は拙僧がやるから、ソアラ殿はよいぞ」

「いいえ。私の務めですので」

「女の子に下着まで洗わせるのは、さすがに僕も……ハハハ」

 男所帯が十四、五の少女に家事全般を任せっきりとなっては、世間体も悪い。

(もうじき学校が開校するんだったか。そっちに放り込むのも手だな)

 ひとまず今朝のところはソアラの世話になり、準備を済ませた。

「会合のこと、あとで拙僧にも教えてくれ」

「ああ。ソアラ、お前はついてくるんじゃないぞ」

「助手も必要と思いますのに……」

 ソアラに色々と念を押してから、セリアスは早朝のロータウンへ繰り出す。

「おはようございます、セリアス。……どうかしたんですか? ぐったりとして」

「わかるのか? 少しな」

 途中でイーニアと合流しつつ、情報部の詰め所へ。今日はここの大会議室で、脈動せし坑道の討伐任務についてミーティングの予定だった。

 次第に街の冒険者たちも集まってくる。

「早いな、セリアス」

「デュプレか」

人数が膨れあがりそうなので、会合にはパーティーごとに二名までの参加となった。それでも大勢の冒険者が一堂に介する。

「みんな参加するんですね。そんなに報酬が豪勢なのかしら……」

 イーニアの疑問にはデュプレが答えた。

「最近になって、脈動せし坑道で新ルートが発見されたんだ。お目当てはそいつさ」

(あのルートか……)

当然、セリアスとイーニアには心当たりがある。

 脈動せし坑道にはコンパスで開放できるプレートがあった。セリアス団はそれを隠し、また同時期にトロッコの化け物が出現し始めたため、発見は遅れている。

 坑道の出口は画廊の氷壁の裏エリアと繋がっており、そこにはセリアス団の拠点が設けられてあった。ただ、セリアス団のシンボル(ハープ)は外してある。

「例のトロッコを片付けて、新ルートに挑もうってわけか」

「そんなところだ」

 やがて情報部のバルザック少佐が部下を引き連れ、参上した。

「よく来てくれた、諸君。ご足労に感謝する」

 王国軍が冒険者に頭をさげ、丁重に迎えるのも珍しい。だからこそ、バルザックの要請には応えようとする冒険者も少なからずいた。

 補佐官のケビンが黒板に坑道のマップを張りつける。

「それでは作戦会議を始めます。今回の作戦の目的は、脈動せし坑道で暴れている、トロッコの化け物を撃破することです」

「トロッコの化け物、か……便宜上の名前が欲しいね」

 ふとイーニアが呟いた。

「お化けトロッコに名前を、ですか?」

 珍妙なフレーズに冒険者たちが噴く。

「お化けトロッコか! それでいいじゃねえか、バルザック」

「そうだね。じゃあ、作戦のうえでは『お化けトロッコ』と呼ぶことにしようか」

 いささか間の抜けたものとなってしまったが、呼称は決まった。

 脈動せし坑道のレールはその名の通り『脈を打つ』ため、ランダムに歪みが生じ、車両を走らせることができない。

 ところが、お化けトロッコはその上を自在に走る。

(ロッティ? あいつ、情報部のアドバイザーでもやってるのか)

 考古学者のロッティが壇上にあがった。

「先に言っとくけど、子どもだからって侮らないでよね? ……これまでの情報を精査した結果、レールについてわかったことがあるの」

 彼女によると、レールの脈動はお化けトロッコを運ぶためのもの。言い換えれば、お化けトロッコが移動するために鋼鉄のレールを脈打たせている。

 突拍子もない解釈だったが、冒険者たちも異論は挟まなかった。

「フランドールの大穴だからな……常識で考えてちゃ、いけねえよなあ」

「そんな怪物とどうやって戦うってんだ?」

 地図にはレールに沿って、赤い矢印が描かれている。

「レールの上に大きな障害物があるとね、お化けトロッコは進路を変えることが確認済みなの。この習性を利用して、地下二階に誘い込むでしょ?」

「二階にはロータリーがみっつある。三階にもひとつあるが……そのどれかに閉じ込め、勝負を決めるというのが、作戦の流れだ」

 大掛かりな作戦となりそうだった。実行するには、脈動せし坑道のほぼ全域に人員を配置しなくてはならない。

「障害物の設置はわれわれ王国騎士団で受け持ちます。冒険者のみなさんには、坑道内のモンスターの掃討のほか、各ロータリーで待ち伏せしていただきたいのです」

 血の気の多い冒険者たちは次々と名乗り出た。

「面白そうじゃねえか! おれのパーティーも作戦に参加するぜ」

 バルザックとしては、ついでに坑道のモンスターを一掃し、開発に着手する狙いもあるのだろう。脈動せし坑道には、それだけの資源が眠っている。

「掃討チームと迎撃チームは私のほうで決めたいのだが、何か意見はあるかな?」

「そのへんは任せるぜ。なあ?」

「迎撃チームでハズレを引くのが、理想だけどな」

 十人十色の冒険者たちはバルザックに采配を一任した。

 セリアスとイーニアはお化けトロッコとやらに想像を膨らませる。

「私たちはまだ出くわしたことがありませんね、それ」

「六大悪魔じゃないんだ。どうにでもなるさ」

 気楽に構えながらも、セリアスは脈動せし坑道の『正体』に勘付きつつあった。

 新ルートでセリアス団は宝箱を山ほど発見している。しかし期待とは裏腹に、ほとんどは宝箱に擬態するモンスター、ミミックだった。

 同じようにトロッコに『擬態』している親玉がいても、おかしくはない。

「ザザも呼ばないとな」

「セリアス、どうやってザザと連絡を取ってるんですか?」

 お化けトロッコの討伐作戦は、セリアスにも楽しめそうだった。

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