第85話

 やがて陽も暮れ、やけに赤みの多い夕食をご馳走になった。グウェノも明日の朝には回復する見込みだそうで、一同は安堵する。

 イーニアから順に入浴も済ませた。それぞれバスローブを借り、一息つく。

「拙僧には少し小さいかな?」

「その体格じゃあな」

 ハインはグウェノの様子を見るべく医務室へ向かった。

 シビトの城が怖いのか、イーニアは自分の部屋に戻ろうとしない。

「あの……さっきから誰かに見られてるような気が、しませんか……?」

「考えすぎだろう。……こんな場所だ、不安になるのも当然さ」

 セリアスは気休めで返し、仏頂面なりにはにかむ。

「……大分、落ち着いたようだな」

「はい」

 男女のペアとはいえ、怯える彼女を追い出すのは気が引けた。シビトの城は必ずしも安全とは限らず、セリアスとて不安は尽きない。

「ここから街まで、どうやって帰ればいいんでしょうか」

「ああ……」

 イーニアが懸念する通り、グランツへの帰還(生還)も課題となっていた。

 記憶地図のおかげで現在位置はわかるものの、街までは遠い。そのうえイーニアとグウェノはミスリル製の武器を失っていた。

(戦力は半分以下か)

 セリアスも逃げる最中に盾を放り投げている。

 救助を待つにしても、セリアス団は『画廊の氷壁へ向かう』と申請してきた。ほかのパーティーがセリアス団を捜索し、この城に来てくれる可能性は低い。

「グウェノが起きてから相談しよう」

「……そうですね」

 ふとイーニアが視線を落とす。

「タリスマンを探してて……本当にいいのかしら」

「どうした?」

 いつになく彼女の声は弱々しかった。

「私がタリスマンの捜索に付き合わせてるせいで……そう思ったんです。確かにタリスマンを見つけることは、私の使命ですけど……グウェノを傷つけてまで……」

 セリアスは肩を竦め、破顔する。

「それは違うぞ、イーニア。あいつもハインも、お前に巻き込まれたなんて思っちゃいない。目的があって、フランドールの大穴を探検してるんだ」

「目的……ですか?」

「俺も理由は知らんが、な」

 セリアスにしても、当初はコンパスを持つイーニアに便乗しただけのこと。

 しかし一緒に冒険するうち、仲間のことが少しはわかってきた。ハインやグウェノは金や名声のためにフランドールの大穴を探検しているわけではないらしい。稼ぐだけなら、もっとほかに融通の利くパーティーがある。

「じゃあ、セリアスの目的は……」

「俺の場合は単なる『興味』さ。それ以上でもそれ以下でもない」

 その一方で、リーダーのセリアスは冒険心ひとつで大穴に挑んでいた。

面白そうだから――我ながら子どもの探検ごっこと変わらない。だが、それこそがセリアスの行動理念であり、時には生き残る術を与えてくれた。

 イーニアと話し込んでいると、ノックの音がする。

「失礼致します。……おや、イーニア様もこちらにおいででしたか」

 チャリオットはドクロの目を赤々と光らせた。

「我らの王がお呼びでございます。おふたりとも、ご足労いただけますかな?」

 シビトの王エディンからの誘い。イーニアは不安の色を浮かべ、セリアスを見詰める。

「セリアス……」

「わかった。すぐに行く」

 それでもセリアスは招待に応じ、おもむろに腰をあげた。

 シビトの王など恐ろしいが、話を聞いてみたくもある。もしかしたら、タリスマンや例の白き使者・黒き使者について、何か知っているかもしれなかった。

「ヒヒヒ! では、どうぞ……こちらへ」

 最上階への道が開く。

 その先でセリアスたちを待っているのは、暗黒の城主。

「……行きましょう」

「ああ」

 セリアスとイーニアは覚悟を決め、長い階段を少しずつ上がっていった。

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