第81話 グウェノの青春

 翌朝にはメイアの緊急手術が始まった。

グウェノは酒場で必死に祈りながら、結果を待つ。

(もう充分だろ? 神様よぉ! メイアの命だけは持ってかねえでくれ!)

 一時間ほどして、レオナルド医師が酒場へとやってきた。

「ふう……年寄りには応えるわい」

「せ、先生! メイアは?」

 焦るしかないグウェノに対し、老医師はやり遂げた顔で微笑む。

「まったく素晴らしい薬を見つけてきおったのう。経過を見てみんことには、確かなことは言えんが……もう大丈夫じゃろうて。早ぅ行ってやれ」

「本当かよ? ありがとうな、先生!」

 期待を胸に、グウェノは恋人の部屋へ急いだ。

「メイア!」

メイアは少しやつれながらも、柔らかい笑みを綻ばせる。

「グウェノ! 信じられないの……あんなに重かった足が、急に軽く……ちゃんと感覚も戻ってきて、夢みたいだわ……!」

 彼女の足首は依然として石化したままだった。それでも症状の進行は止まったらしい。

「ほら、見て? 小指ならちょっとだけ動かせるのよ」

「すげえ……すげえよ、ハハッ! 治ったんだよ、こいつは!」

 嬉しさが込みあげ、涙が溢れた。

 マルコのひたむきな情熱が最後の最後で実を結んだのだ。メイアは歩けなくなってしまったものの、一命を取りとめ、もう石化に怯えずに済む。

 喜びながらも、メイアは視線を落とした。

「……ごめんなさい、グウェノ。私、あなたにとても酷いことを……なのに、私のためにすごい薬まで見つけてくれて」

「いいじゃねえか、もう。助かったんならそれで」

 そんな彼女を仰向かせて、グウェノは優しいキスを捧げる。

(メイアには話せねえよな。本当のことは……)

 エリクサーはマルコがメイアのために復元したもの。ただし、そのために彼は外道に手を染め、殺戮を繰り返した。それを知れば、メイアは深く傷つくとともに、罪悪感に押し潰されてしまうだろう。

 メイアが自分の足首を撫で、ぽつりと呟く。

「足はこのままなのね。私……あなたの重荷になったりしないかしら、グウェノ」

「何言ってんだよ、負い目を感じるのはなしだぜ。……それによ」

 未完成とはいえ霊薬のおかげで、彼女の命は救われた。しかしここで終わっては、マルコの最後の望みを無下にすることになる。

「聞いてくれ、メイア。その足……ひょっとすっと元に戻せるかもしれねえんだ。もっと純度の高いエリクサーがありゃあな。で、そいつはフランドールの大穴にある」

「グウェノ? あなた、それって……」

 覚悟は今、決まった。

「待っててくれ。オレ、フランドールの大穴に行ってくるぜ」

 グウェノの決意にメイアは顔を強張らせる。

「だ、だめよ! あんな危険なところに……私の足なら、もういいから」

 フランドールの大穴には数々の『秘境』が待ち構えているという。冒険者たちの中には命を落とす者、帰ってこない者も多かった。

 それでもグウェノは行かなければならない。親友との約束を果たすために。

 ただ、今回の探索で有意義な経験もした。デュプレのようなベテランに比べれば、自分はまだまだ未熟者であって、これからも学ぶべきことは多い。

「心配すんなって。オレだって闇雲に探したりはしねえ。まずは力をつけて、情報を集めて……そんで、仲間も集めるんだ」

「本気なのね……グウェノ」

「ちょくちょく帰ってくっから、しょげんなって。あと」

 寂しがり屋の恋人を抱き締め、グウェノは誓った。

「足が治っても治らなくっても、結婚だ。オレはお前じゃないとだめなんだからさ」

「……ふふっ、そうね。私もあなたとじゃないと、絶対に嫌だわ」

 シドニオにもやっと夏が訪れる。


 そして出発の朝がやってきた。

 グウェノは薄着で荷物を抱え、デュプレらとともに八月の朝日を拝む。

「悪ぃな。オレまでついてくことになっちまって」

「構わんさ」

 フランドールの大穴を目指して。今日からグウェノも一介の『冒険者』となる。

 見送りには両親とレオナルド、もちろんメイアの一家も来てくれた。メイアはグウェノの亡き祖母の車椅子を借り、アネッサに押してもらう。

「無理しないでね、グウェノ」

「おうよ。アネッサ、メイアをよろしくな。当分はシドニオにいるんだろ?」

「お城務めは懲り懲りですから。メイアさんの経過も気になりますし、このたびの報酬を元手にして、ここでハーブ屋を開こうかと」

 半年にも及ぶ冬を経て、シドニオは大魔導士マーガスから解放された。住民はすっかり減ってしまったものの、交易ルートの中継として、いずれ活気も戻るだろう。

 グウェノたちはマーガス討伐の功労者として、グランシード王国より褒美をもらった。とはいえ『はした金』だけで、勲章のひとつもない。

 そのうち自分の取り分を、グウェノはメイアの両親に譲った。

「本当にいいのかい? グウェノくん。きみの報酬なのに」

「メイアのために活用してくれよ。家の改装だって必要だろーしさ」

 旅立つ自分が恋人にしてやれるのは、この程度。

 結局、大魔導士マーガスを倒したのは自国の元騎士と宮廷魔術師、民間人だった。優秀な人材を確保したいという王国の思惑は空振りに終わっている。

 それどころか、領内の逆賊を半年も放置したことで、信用を落としてしまった。タブリス王国の二番煎じは大失敗となる。

「必ず生きて帰ってくるんじゃぞ、グウェノ」

「……ああ。約束する」

 レオナルド医師にだけは今回の真相をすべて話した。いずれメイアたちには、彼の口から『マルコは事故で亡くなった』と伝えてもらうことになっている。

 古城の方角を見上げ、グウェノは亡き親友に誓った。

(オレに任せとけって、マルコ。霊薬のひとつやふたつ、すぐ見つけてやっからさ)

 いつまでも故郷と名残を惜しんでいると、ジャドが急かす。

「そろそろ行こうぜ、グウェノ」

「おう! じゃあな、メイア! みんなも元気で!」

 追いかけられない分も込めて、メイアが声を張りあげた。

「あなたもね! 私、待ってるからぁー!」

 夏の朝、ひとりの青年が旅立つ。




 その後も彼はシドニオとフランドールの大穴を行き来しつつ、霊薬の情報を集める。トレジャーハンターとしての技術も身に着け、やがて一人前となった。

 そして二十二の春、運命的な出会いを果たす。

「よう、兄さんたち! 手配モンスターで一稼ぎってんなら、オレも混ぜてくれよ。オレはトレジャーハンターのグウェノってんだけどさあ……」

 大柄なモンク僧と不愛想な剣士。彼らもまたフランドールの大穴を目指していた。

「拙僧の名はハイン。よろしくな、グウェノ殿」

「……俺はセリアスだ」

 冒険者は集う。


 汝、タリスマンを求めよ。

 富を欲すなら、その手を伸ばせ。名声を欲すなら、その手で掴め。


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