第80話 グウェノの青春
シドニオの空が晴れていく。
午後の七時を過ぎても、八月の空はまだ明るかった。古城の傍でグウェノとデュプレは焚き火を囲み、アネッサらが引きあげてくるのを待つ。
「少しは落ち着いたか? グウェノ」
「……悪ぃな。みっともねえとこばっか、見せちまって……」
「気にするな。俺もお前くらいの頃はそうだった」
グウェノの手には壊れた眼鏡と、マルコの手記があった。
それにはガーゴイル病を発症したこと、メイアも同じ運命を辿るであろうことが、悔恨とともに綴られている。大魔導士マーガスとして禁断の研究に明け暮れたのも、ガーゴイル病の治療法を求めてのことだった。
モンスターを石と融合させたのも、奇病のメカニズムを解き明かすため。そもそもガーゴイル病の症状は肉体と石の『合成』に近いという。
さらには四肢の移植を実現しようと、狂気じみた実験までおこなってしまった。街を出たはずのひとびとは城に捕らわれ、無残な姿に変わり果てている。
無論、マルコは『自分が助かりたい』というだけで非道に手を染めるような男ではなかった。おそらくは同じ奇病に冒されたメイアを救うために。
(あいつもきっとメイアのこと……)
つくづく自分の鈍さを思い知らされ、グウェノは焚き火の前でうなだれる。
「じきに気候も戻るだろう」
「ああ……暖炉の掃除しねえとな」
だが、十年にひとりの天才と称されたマルコでさえ、ガーゴイル病の治療法を確立することはできなかった。この半年を費やして、成果はエリクサーという霊薬の復元のみ。
デュプレが低い声に躊躇いを含めた。
「友人のことは残念だったが……この事件、どうにも腑に落ちんことがある」
「……なんだい? そりゃ」
「ひとりの魔導士に、夏を冬に変えるような真似ができると思うか?」
半年に渡って気候を変化させるなど、並みの芸当ではない。いくら魔導士として才能が抜きん出ていようと、不可能に違いなかった。
つまり今回の事件には何かしらの『裏』がある。
「あの研究所にしても、ひとりでどうこうできる代物ではない。……もっとも、こうなってしまっては確かめる術もないが」
「……だな。真実はマルコのみが知る、ってことか……」
やがてアネッサとジャドが荷物を抱え、戻ってきた。
「回収してきましたよ、グウェノ。これが『エリクサー』です」
マルコの手記によれば、もとはフランドールの大穴で見つかったものらしい。それがグランシード王国に渡り、魔導研究所に長らく保管されていた。
残念ながら経年劣化が見られ、効力も落ちている。しかしマルコによって、エリクサーは本来の純度を取り戻す工程の最中にあった。
ただし完全に復元するには、あと三十年も掛かる。
これで今すぐメイアの命を救えるかどうか、確率のうえでは五分五分だった。だからこそマルコは少しでも成功率を上げるべく、復元を進めていたのだろう。
だが仮に治ったとしても、石化した足は二度と戻らない。
親友の最期の言葉が脳裏で蘇る。
『あれをメイアに……そして、僕の代わりにフランドールの大穴へ』
『完全純度のエリクサーがあれば、メイアの石化もきっと……なぉ、る……』
唯一の希望はフランドールの大穴にあった。マルコの病んだ身体では行けずとも、グウェノなら完全純度のエリクサーを見つけ出せるかもしれない。
『フランドールの大穴では、これより純度の高いエリクサーも見つかってる。まだどこかに保存状態の良好なものもあるだろう』
手記にはそう記されていた。
焚き火の傍でジャドがいそいそと腰を降ろす。
「とにもかくにも任務は達成だな。研究所のあれはどうする? デュプレ」
「破壊するとも。いいな、アネッサ」
「はい。ですが……私の任務はまだ終わってません」
アネッサは押し黙り、報告用のノートを火にくべてしまった。
「……お前?」
「これで任務は失敗ですね」
大魔導士マーガスの研究の成果をグランシード王国に渡すわけにはいかない。使い走りのような彼女でも、今夜は己の正義に従った。
「安心してください。エリクサーの復元方法は引きあげましたので」
「……そっか。ありがとうな、アネッサ」
グウェノは夜空を仰ぎ、久しぶりの月に見惚れる。
「デュプレも、ジャドも。お前らのおかげだよ」
「フ……礼を言うには早いぞ。早く街に帰って、お前の恋人を助けてやらんとな」
「腹も減ったし、急ごうぜぇ」
あとはマルコの形見にすべてを託すのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。