第34話 若き日の戦い
前人未到の領域『フランドールの大穴』に挑むべく、冒険者たちは城塞都市グランツへと集う。剣士のセリアスもそのひとりとして、モンク僧のハイン、トレジャーハンターのグウェノらとともに秘境の探索を続けていた。
その日も探索を終え、グランツのギルドまで無事に帰ってくる。
「それじゃあ、私はここで失礼しますね。セリアス」
「ああ。マルグレーテによろしく」
魔法使いのイーニアが引きあげたところへ、別の冒険者たちが近づいてきた。
「セリアスだって? おまえ、ひょっとして『あの時』の剣士か?」
「間違いねえぜ、こいつぁ! そうか、テメエもフランドールの大穴へなあ」
まるで旧友のように声を掛けられ、セリアスは目を点にする。
「……まさかウォレンに、ニッツか?」
ふたりの冒険者は親しみのある笑みを浮かべた。
「気づくのが遅ぇっての! なあ、ウォレン」
「さっきのお嬢ちゃんが『セリアス』と呼ばなかったら、おれも気づかなかったさ」
「あいつに『お嬢ちゃん』は禁句なんだ。ほかの呼び方をしてやってくれ」
話し込んでいると、ハインとグウェノが窓口のほうから戻ってくる。珍しく多弁なリーダーを目の当たりにして、仲間たちは唖然とした。
「こちらの御仁は知り合いか? セリアス殿」
「あれ、二年前にもいたよな? 確かタクティカル・アームズの」
筋骨隆々としたウォレンが腕を組む。
「そうそう、当時はそんな名前のパーティーだった」
「ギースの野郎にも挨拶しないとなァ、ヘヘッ」
やや猫背気味のニッツは愉快そうに笑いを含めた。嘲笑のようにも聞こえるが、これが彼なりの『穏やかな笑い方』だったりする。
懐かしい記憶を辿りながら、セリアスは淡々と呟いた。
「あれから六年……いや、もう七年か」
「だな。おまえの顔を見てたら、時間の流れってのを実感したぞ」
「男前になりやがって。あん時のてめえは十八だったから……今は二十四、五か」
立ち話で済ませるには話題が多すぎる。
幸いにも明日は日曜で、セリアス団も休暇の予定だった。美味い肴を見つけたとばかりにグウェノが酒を提案し、上戸のハインも乗ってくる。
「どうだい? どっかに落ち着いて、ゆっくり話そうじゃねえか。オレもあんたらのことに興味があるしさ」
「拙僧も付き合わせてもらうぞ。さぁて、店はどうするか」
ウォレンとニッツも相槌を打った。
「行きつけだった店があるんだ。挨拶ついでに、そこで飲もう」
「オレたちゃ昨日、グランツに戻ってきたばかりでねェ」
酒の席があまり得意ではないセリアスも、今回は乗り気になる。
「お前たちと一杯やる日が来るとはな……」
「こっちの台詞だぞ、そいつは」
「ヘッヘッヘ! 面白くなってきたじゃねえか」
一行は手頃な居酒屋へと場所を変え、七年ぶりの再会を祝うのだった。
偶然にして、ロッティがギルドに来ていたのが運の尽き。興味津々に混ざってきて、ちゃっかりセリアスの隣をキープしてしまった。
「セリアスの昔話するんでしょ? あたしも聞きたい、聞きたい!」
「あんまり遅ぇと、また少佐に怒られちまうぜ? ロッティ」
「帰りは拙僧らで送ってやるとも。今さら仲間外れにもできんし、のう」
この小生意気な少女は、セリアス団の妹分というポジションを確立しつつある。
ニッツがにやにやと小指を立てた。
「もしかして、セリアスの『コレ』かい?」
お約束じみてきたロリコン疑惑にセリアスは眉を顰める。
「十も下だぞ。考えたこともない」
乾杯に遅れて、ようやく肴も運ばれてきた。
「おまえたち、この店は初めてか?」
「拙僧らの家からは遠いからのう。どれ、いただくとしようか、グウェノ殿」
「おう! 今日は戦いっ放しだったから、腹も減っちまってさあ」
魚の揚げ物を摘みながら、グウェノが何気なしに問いかける。
「で、そっちは結婚してんのかい? どっちもオレより年上みてぇだけど……と、こっちのオッサンは三十路の妻子持ちなんだよ。なあ」
「ウォレン殿も拙僧とそう変わらんだろう」
左手の薬指に指輪は見当たらないものの、ウォレンは大人びた雰囲気を漂わせていた。七年前にも増して落ち着き払っており、それとなしに余裕を窺わせる。
「嫁と二歳の子どもを連れて、グランツに移ってきたんだ。冒険者じゃなくギルドのスタッフとして働くことになってな」
「こいつ、まだ式を挙げてねえのさ。だから指輪も作ってなくてよぉ~」
「こっちで一段落したら、挙げるとも」
セリアスたちのテーブルで拍手が響いた。
「その時は俺も参加させてくれ。賑やかしにはなるだろう」
「おいおい、てめえが『俺』だってぇ? カッコつけやがってよ」
やがて話題は昔話へとシフトしていく。
「あたしのお姉ちゃん、セリアスは帰ってくるたび変わってくのが……みたいなこと、よくぼやいてたけど。七年前っていったら、セリアスも駆け出しの頃でしょ?」
「ああ」
ウォレンやニッツもセリアスと同じ過去を思い返したに違いなかった。
「おれたちはスタルド王国で知りあったんだ」
「北のほうにある、寒くて小せぇ国さ」
ロッティがアッと声をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 七年前のスタルドって、例の『異変』があった?」
グウェノやハインも驚きを露にした。
「聞いたことあるぜ。『スタルドの異変』ってやつだろ」
「大勢の者が命を落としたそうだが……大陸寺院にも詳しいことは伝わっておらん。一体、あの国で何があったのだ?」
ウォレンたちはにやりと唇の端を曲げた。
「……そうだな。そろそろ話してしまってもいいか」
「どのみち避けちゃ通れねえ話だろォ? セリアスに会ったんだからな」
当時の出来事がセリアスの脳裏にありありと蘇ってくる。
「七年前、俺は――」
いつもは寡黙な口が開いた。
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