第21話
週末には好天に恵まれ、ハイタウンの公園でフェスタが開催される。
城塞都市グランツはハイタウンとロータウンの二層構造とはいえ、それは身分や貧富の差によるものではなかった。噂を聞きつけ、ロータウンからも大勢が集まってくる。
「すごいハープの名手がいるんだって?」
「タブリス王都の楽隊も来てるらしいよ。どんなかなー」
主催者のジョージはすっかり鼻高々になっていた。
「見ろ、セバスチャン! これが吾輩の人望というやつだよ。ハッハッハ!」
「このセバス、感激のあまり涙が……うぅ」
その様子を遠目に眺め、グウェノはやれやれと肩を竦める。
「えらくご機嫌じゃねえの、子爵サマは。にしても、よくあいつの案が通ったよなあ」
「もちろん、理由はありましてよ」
セリアス、ハイン、グウェノのもとへマルグレーテが歩み寄ってきた。グランツの名士として、今日は深紅のドレスで華麗に決めている。
ハインが感嘆の声を漏らした。
「ほほお! こいつは拙僧の妻の次にお美しいですなあ」
「お上手ですのね。奥様へのお手紙はちゃんと届けておきましたので、ご心配なく」
「で? 理由ってのは何なんです?」
早々に本題に入ろうとするグウェノには、セリアスが軽く肘を入れる。
「少しはマルグレーテのドレスを褒めろ。また減点されるぞ」
「そっ、そうそう! すんげえ綺麗ですね!」
グウェノは慌てふためくものの、マルグレーレは意に介さなかった。無視ともいえる。
「……実は白金旅団の件以降、街の上層部は議論が紛糾する一方でして」
今日の演奏会にはマルグレーテたちの思惑が絡んでいた。
白金旅団が壊滅したことで、城塞都市グランツの屋台骨は今までになく揺らいでいる。そのせいで王国調査団、軍部、ギルド、上流貴族、資産家は幾度となく衝突した。ついには一触即発の緊張状態にも陥ったという。
そんな折、ジョージ=エドモンド子爵から暢気な提案が上がった。
『子爵は何か意見はないのか? ずっと黙りっ放しではないか』
『わ、吾輩は……そうだ! こういう時こそ、音楽で心を癒してはどうかな?』
いつもなら誰も相手にしないが、今回に限っては、殺伐としたムードを払拭するにはもってこいだったわけである。
「要はこのイベントを落としどころにして、全員で水に流そうという算段か」
「ええ。これ以上議論しても、進展はなさそうですし……っと。辛気くさいお話はこれまでにしましょうか。せっかくのフェスタですもの」
マルグレーテは扇子を広げつつ、本日の従者を呼びつけた。
「いつまで隠れてるおつもり? 観念して出てきなさい。イーニア」
「は、はい……」
後ろのほうからイーニアがおずおずと姿を現す。彼女はライトグリーンのドレスを身にまとい、髪にも清楚なコサージュを添えていた。
グウェノが口笛を鳴らす。
「ヒュウ! 似合ってんじゃんか。なあ? セリアス」
「ああ。見違えたぞ」
普段はすっぴん、服装は芋くさい(グウェノ談)イーニアが、美麗なまでに変身を遂げていた。ほかの客も美少女が気になるようで、ちらちらと視線を向けてくる。
(……驚いたな)
セリアスも顔には出さないものの、度肝を抜かれた。
ドレスはマルグレーテが見繕ったのだろう。普段は素朴でしかない少女が、社交界のレディーさながらの品格を漂わせている。
「おなごはそれくらいお洒落してるほうが、普通だぞ? はっはっは」
「いっいえ、私……こういう恰好は、は、初めてでして……お断りしたんですけど」
ただイーニア本人は恥ずかしがるばかりで、すっかり赤面していた。馴染みのセリアスたちが相手でもしどろもどろになって、しきりに言葉を噛む。
「ご、ごめんなさい! マルグレーテさん」
ついにはマルグレーテの背中に隠れてしまった。
そんな彼女を見かねて、マルグレーテは早々に踵を返す。
「しょうがありませんわねぇ。では、私たちの席はあちらですので」
「ああ。またな、イーニア」
ハイタウンの貴族らは専用のスペースを設け、日傘も差していた。一方で、冒険者用のものは組み立て式の椅子を並べただけだが、数は充分にある。
フェスタに乗じて屋台も繁盛していた。
「先に腹ごしらえでもせんか? グウェノ殿」
「そーだなあ。セリアス、フランクフルトでも食おうぜ」
「ああ」
ところが、不意に大きな叫び声が反響する。
「どどっ、どなたか、手を貸してくだされ! カシュオン様がぁ~!」
声の主は老戦士のゾルバだった。ぐったりとしたカシュオンを抱え、狼狽している。
カシュオンは真っ赤な顔で目をまわしていた。
「イーニアしゃんが……」
憧れの女性のドレス姿を目の当たりにして、一気に熱をあげたらしい。初心な少年の今後を思い、セリアスとグウェノは落胆する。
「こいつは見込みなしじゃね? イーニアも全然気付いてねえし」
「そう言ってやるな。俺もフォローはできんが」
「失恋も結構。そうやって男子は大人になってゆくのだ」
ハインに至っては、カシュオンの恋は実らないものと決めつけていた。
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