第14話
俄かにイーニアが血相を変える。
「ハ、ハイン! 上!」
「どうしたのだ、イーニ……うおっ?」
頭上にランプを掲げ、ハインもぎょっとした。
「モンスターだ! 離れろ!」
セリアスは剣を、グウェノは弓を構え、反射的に間合いを取る。
天井に巨大なコウモリがぶらさがっていたのだ。両目を赤々と光らせ、牙を剥く。
「驚かせやがって……図体だけのモンスターじゃねえか。オレに任せ……」
舌なめずりとともにグウェノが弓を引いた。しかし撃つより先にターゲットは分裂し、無数の小さなコウモリへと姿を変える。
「げえっ? まじで?」
「あっちだ! 中央まで走れ!」
セリアスはイーニアの手を引き、コウモリの群れをかいくぐった。ハインとグウェノも続き、背中合わせの陣形『ガードシフト』で守備を固める。
コウモリは再び一匹となり、急降下してきた。
「ここは拙僧が!」
それをハインが受け止め、力比べに持ち込もうとする。だが、またしても分裂され、天井いっぱいに逃げられてしまう。
「……ぬう?」
「チッ! 面倒くせえのに絡まれちまったな」
グウェノが何匹か仕留めても、数は一向に減らなかった。
「合体を指揮してるボスがいるはずなんだ。そいつさえ落とせば……」
「ど、どうやって見分けるんですかっ?」
こちらが戸惑う間にも、カンテラの片方を奪われ、頭上の視界は半分に狭まる。
全員で一匹ずつ倒すには、手間が掛かりすぎた。いっそ逃げるのも手だが、窮屈な通路で囲まれては、今より状況が悪くなる。
(ボスを見つけるのは無理か。だったら……)
とはいえ、要はコウモリの親玉を倒せばよいだけのこと。
「イーニア、雷撃のチャージはできるな?」
「え? あ、はい」
グウェノはコウモリを振り解きながら、反撃のチャンスを窺っている。
「いい作戦でも思いついたのか? セリアス!」
「一匹でいい、捕まえるのを手伝ってくれ。ハインはカバーを頼む」
「心得た! コウモリども、仲間に手出しはさせんぞ!」
ハインの巨体を盾にしつつ、セリアスはグウェノとともに適当な一匹を狙った。グウェノの矢が掠めたコウモリを、力ずくで手掴みにする。
「イーニア! 口の中だ!」
「っ! はい!」
その一言でイーニアも察してくれた。雷撃魔法をチャージしたものを、コウモリの口へと放り込む。それからセリアスはコウモリを逃がし、再びガードを固めた。
コウモリの群れが合体を始める。
「今だ、イーニア!」
「ええーいっ!」
合体の瞬間、青白い閃光が炸裂した。
巨大コウモリは電撃に焼かれ、空中でのたうちまわる。それはみるみる分裂し、続々と黒焦げになって落ちた。さっきの一匹が合体に混ざったせいで、全部が感電したのだ。
グウェノが小粋に指を鳴らす。
「なぁるほど! 冴えてんじゃねえか、セリアス」
「合体のタイミングを狙えば、まとめて倒せると思ったのさ」
この方法ならボスを探す必要もなかった。
イーニアはほっと一息つく。
「いつも冷静ですね、セリアスは……あっ、ハイン! その怪我は?」
「どうということはない。解毒もほれ、この通り」
ハインは何ヶ所か噛まれてしまったものの、持ち前の気功術で治療をこなしていた。毒は浄化され、噛まれた部分の血も止まる。
(いいパーティーだな)
この面子の連携プレーにセリアスは手応えを感じつつあった。
セリアスとて人間、ひとりでできることはたかが知れている。パワーではハインに及ばず、器用さでもグウェノには敵わなかった。魔法においても、スクロールの分しか使えないセリアスより、イーニアのほうが上に決まっている。
それを正しく認識しているからこそ、サポートも活きた。
「さっきの役割分担を忘れるんじゃないぞ、イーニア。……まあ、オレは特に何もしていなかったが」
「なんとなくわかってきました。これが『パーティー』なんですね」
互いに短所を補い、長所を伸ばすこと。それがパーティーならではの戦いである。
ハインはカンテラを回収し、皆の分も視界を広げた。
「もうコウモリは残っていないな」
「……あっ?」
またもイーニアが強張り、声をあげる。
天井にはもう一匹、大コウモリがぶらさがっていたのだ。ハインとグウェノも間合いを取って構えなおす。
しかしセリアスは剣を収め、肩透かしを食ったようにかぶりを振った。
「安心しろ。そいつは人間だ」
「へえ?」
逆さまになって腕組みをしているのは、黒装束の男だった。覆面のせいで顔も見えないが、逞しい身体つきからして男性なのは間違いない。
「まさかお前もグランツに来てるとはな」
「……………」
「フッ。相変わらずのダンマリか」
セリアスは苦笑しつつ、風変わりな男を仲間たちに紹介した。
「こいつの名はザザ。といっても、オレも本人から聞いたわけじゃないんだが……忍者という職業柄、話さないんだ」
ハインが手で槌を打つ。
「忍者であったか! 確かに噂に違わぬ、見事な隠密ぶりだ」
忍者とは遥か東方の島国に伝わる武芸者のことだった。諜報や偵察に長け、戦闘においては一撃必殺の極意を知るとされている。
これをザザは徹底しており、未だにセリアスは彼の声を聞いたことがなかった。
「セリアスのダチかぁ」
「前の仕事でちょっと……な」
ソール王国の件で彼はクーデター派に雇われ、セリアスとは幾度となく敵対している。クーデターは頓挫したため、報酬も支払われなかったのだろう。
その意趣返しに来たのなら、こうして堂々と姿を見せるはずもない。暗闇に紛れて、すでにセリアスの背後を取っているはず。
(誰かに雇われたか?)
それ以前に、プロ意識の高い男が、単なる逆恨みで動くとも思えなかった。
セリアスとて、ここでザザと事を構えるつもりはない。
「こいつのことは気にしないでくれ。そのうち勝手にいなくなるさ」
「気にすんなって言われても、なあ……」
ザザは無言のまま、イーニアの右足を指差した。
「え、ええと……痛っ?」
その視線を避けようと、あとずさろとした拍子にイーニアが顔を顰める。コウモリから逃げる時に足首を捻ったらしい。
グウェノがチッチッと指を振った。
「だめだぜ、イーニア。そういう怪我は正直に言ってくんねえと」
「いえ、大した怪我でもありませんし……」
「グウェノの言う通りだ。遠慮ひとつでパーティーが危機に陥ることもある」
セリアスもイーニアを軽く窘め、念を押しておく。
ひとりの些細な嘘は時に全員の危機を招いた。この怪我のせいで足を踏み損ね、罠を発動させてしまうといったパターンは、充分に起こりうる。
とりあえず治療のスクロールを併用して、簡単に応急処置を済ませた。見た目には軽傷だが、ハインの診断も渋い。
「無理をするでない。悪化しないうちに引き返そう」
「はい。すみません……」
まだまだ冒険初心者のイーニアは申し訳なさそうに頭を垂れた。
「気に病むな。さて、誰に背負ってもらうか……グウェノは荷物が多いか」
「そこの忍者はどうなんだよ?」
ザザは何も答えず、成り行きを見守っている。
「ん~、ごほん」
「なら俺がおぶろう。イーニア、遠慮しなくていいからな」
「あ……はい。それじゃあ失礼しますね」
セリアスが屈むと、おずおずとイーニアが乗っかってきた。思っていたよりも軽い。
「ちゃんと食べてるのか? イーニア」
「食べてますよ? 昨夜もおかわりしましたから」
「拙僧は荷物が少ないんだがな~」
セリアスのカンテラは代わってザザが持つ。
さっきからアピールのやかましいモンク僧には、グウェノが突っ込みを入れた。
「自重しろっての、このスケベ親父が……ったく、置いてくぜ?」
「いっ、いやいや! 拙僧はただ、力もあるわけで……」
ハインをしんがりとして脱出を始める。
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