第2話

 翌朝、セリアスたちはロータウンのギルドへ。案内役のグウェノがまくしたてる。

「秘境を探検するってんなら、ここでパーティーを登録しておかなきゃなんねえんだ。出発と帰還の報告も毎回、な」

 ハインは感心気味にギルドの看板を見上げていた。

「なるほど。秘境で誰かが行方不明になっても、報告の有無でわかるわけか」

「そーゆーこと。まあ、入ってみようぜ」

 早朝にもかかわらず、ギルドには大勢の冒険者がたむろしている。掲示板には依頼書らしいものが所狭しと張られていた。

「こっちは冒険者向けの、街の仕事の依頼さ。やっぱ金は必要だろ?」

 内容は引っ越しの手伝いや薬の調合など、多岐に渡る。もう一方の掲示板は、秘境で武具の素材や薬の材料を集めてこい、という内容のものが多かった。

 ハインが早速、力仕事の依頼に目を通す。

「様子見ついでに、ひとつ引き受けてみるかな。セリアス殿は?」

「すまない。ほかに行きたいところがあるんだ」

 王国軍からのタリスマンに関する依頼書は、すっかり隅に追いやられていた。ハインはやれやれと坊主頭を撫で、嘆息する。

「……こいつは骨が折れるかもしれんなあ」

 大半の冒険者はタリスマンなど、とっくに興味が失せているらしい。この様子では『タリスマン』という言葉を口にするのも憚られた。

 グウェノが受付に肘を掛ける。

「とりあえず登録しちまおうぜ。……っと、リーダーは誰にしとく?」

「セリアス殿で構わんだろう。拙僧では、おぬしらまで寺院関係者と思われかねんし」

「ああ。それでいい」

 成り行きでリーダーとなってしまったが、この面子であれば異論はなかった。

ハインにしろ、グウェノにしろ、パーティーを組んだからといって、必要以上に干渉はしてこない。これくらいの距離感がセリアスにとっても気楽だった。

「そんじゃ、セリアスと、オレと、ハインとで……」

「冒険者諸君ッ! 息災であるかね?」

 不意にそんな激励の言葉が飛び込んでくる。

 ほかの冒険者らは一様に押し黙り、中央を空けた。そこを堂々と、小太り気味な貴族の男が闊歩し、丸まった髭を伸ばす。

「吾輩の名はジョージ=エドモンド! 誉れ高きエドモンドの子爵であるッ!」

 傍には老齢の執事がおたおたと付き従っていた。

「ジョージ様、みなが驚いております。もう少しお声を……」

「これくらいの声を出さねば、アピールにならんではないか。黙っておれ」

 冒険者らがひそひそと囁きを交わす。

「また来やがったぜ、ボンクラ貴族のドラ息子が」

「じっとしてろ。目ぇつけられっと、面倒だ」

 ジョージは我が物顔でギルドの中を練り歩いていた。

 情報通のグウェノも声を潜める。

「一年前と全然変わってねえよ、あいつ。ジョージ子爵っつってな。貴族社会じゃ立場がねえもんだから、秘境で一旗揚げようって、息巻いてやがんだ」

 どこにでもいる三流貴族の典型らしい。ギルドへは兵隊を探しに来たようだった。

 問題のジョージがセリアスの前で足を止める。

「チミは新入りだね? どうだい、我がエドモンド栄光団に入らんかね。見たところ、なかなか強そうじゃないか。タリスマンを見つければ、報酬は思いのままだぞ」

 セリアスは嫌悪感を顔に出さず、淡々とかぶりを振った。

「すまないが、用心棒の先約がある」

「ほう、どこの仕事だね? 吾輩なら二倍の給金を出してやるのだが」

 執事が慌てて子爵に歯止めを掛ける。

「ジ、ジョージ様! 無駄遣いをしては、お父上に怒られますぞ」

「うるさいッ! 優秀な人材を確保するためには、金に糸目をつけてはならんのだ」

 筋金入りのボンクラ貴族には、溜息しか出なかった。セリアスは依頼書で一番高額のものに目を遣り、そのクライアントの名を口にする。

「生憎だが、グレナーハ家を待たせるわけにはいかない。通してくれ」

「へ……グ、グレナーハ?」

 ジョージ子爵は驚き、あとずさった。セリアスの後ろにハイン、グウェノも続く。

 それでもまだ子爵は虚勢を張っていた。

「せっ、先約があるのなら、仕方ない。吾輩は寛容なのだよ」

「もうお屋敷に帰りましょう、ジョージ様」

 ギルドを出たところで、グウェノがげんなりと舌を吐く。

「あいつがまだグランツにいたとはなあ……。相手しなきゃいいだけなんだが、なんかこう、モチベーションみたいなのを吸い取られる気がすんだよ。はあ……」

「寺院の僧にも似たようなものがおるぞ。どこも変わらんな」

 子爵のおかげで登録もできなかった。

「……ん? あれは」

 ふと、セリアスはギルドの前にいる小柄な人物に気付く。

その少女はギルドに入ろうとしては下がるのを繰り返し、困り果てていた。冒険者にしては可憐で、歳も十五か十六といったところ。

杖を持っていることからして、魔法使いだろうか。

 ハインも彼女を見つけ、眉を顰める。

「こんなところにおなごがひとりとは、感心せんな。注意してくるとしよう」

「へ? 放っとけって、オッサン……あぁ、行っちまったか」

 少女はハインに二、三の言葉を掛けられると、心細い調子で頷いた。

「ここらには冒険者狙いの、タチの悪い泥棒もいよう。用事は上の街で済ませなさい」

「で、でも……」

「いいから、いいから。さあ!」

 ハインに押され、渋々とハイタウンへの階段を上がっていく。

 彼女の姿が見えなくなってから、グウェノはハインを小粋に茶化した。

「肩に触ったの、確信犯だろ? タチが悪いのは、オッサンのほうじゃねえか」

 しかしハインは弁解せず、むしろ陽気に笑い飛ばす。

「いやいや! 拙僧はただ……まあ、ああいうおなごにお酌をしてもらえたら、どんな酒も美酒に早変わりするだろうがなぁ。ワッハッハ!」

「ったく、妻子持ちのくせによお~」

 下世話な冗談にセリアスは苦笑しつつ、少女の風体を思い出していた。

(訳あり、か……)

 魔法使いはパーティーに欲しいが、厄介事は避けたい。

「さて……拙僧は一汗、流してくるとしよう」

「そんじゃあ、オレは情報収集かな。陽が落ちる前には、宿に戻るぜ」

「了解だ」

 それから夕刻までセリアスたちは別行動を取り、それぞれの要件に当たった。


 城塞都市での生活にリズムがついてくる。

 グウェノはあちこちで情報を集めたり、一年前の人脈を辿ったりしていた。ハインはギルドで力仕事を片っ端から引き受け、資金を蓄えている。

 そしてセリアスは都市周辺のモンスターを狩りながら、武器屋を巡っていた。品揃えを見ていれば、おのずと鍛冶の腕前もわかる。

 ここ数日はドワーフの大男が経営する、東通りの武器屋に通っていた。客商売にもかかわらず、ずっと黙り込んでいた髭面の店主が、三日目にして口を開く。

「兄ちゃん、その剣を見せてみな」

 セリアスはホルダーを外し、愛用の剣を差し出した。

 その輝く刀身を見詰め、店主がやにさがる。

「シルバーソードか……兄ちゃん、若いのに、大した得物を持ってるじゃねえか」

 セリオスも初めて口を開いた。

「打ちなおせるか?」

「もちろん。こいつはまだまだ使える、いい剣だ」

 それだけで信頼関係が成り立つ。

 先ほどの『剣を見せてみな』と『打ちなおせるか?』という台詞は、まさにお互いが相手を見極めるために放った、端的な一言だった。

 店主はセリアスが買い物に来たのではないことを見抜き、声を掛けている。

 その一方で、セリアスは自分の剣がまだ使えるのを知っていたうえで、店主に揺さぶりを掛けた。仮に『こりゃもうだめだ。新しいのを買うしかねえよ』と返されたら、早々に店を出るつもりだったのだ。

「兄ちゃんみたいな新入りは久しぶりだよ。どっから来た?」

「……………」

「フッ。話したくねえんなら、別にいいさ」

 店主は鍛冶の準備をしながら、セリアスに一枚の紙切れを寄越した。

「うちは武器の専門だ。盾や小手が欲しいなら、これに書いてあるとこに行きな。合言葉は『サーペントは泳げない』だぜ」

「助かる」

 今日の収穫は大きい。秘境探索に向け、これでひとまず武具の目処はついた。


 その夜、宿でグウェノから提案があがる。

「なあ、ふたりとも。ぼちぼち秘境に入ってみねえ?」

 ハインは腕組みを深め、頷いた。

「拙僧もそう思っていたところだ。とりあえず様子見程度にのう」

「……そうだな」

 打ちなおされたばかりの剣を確認し、セリアスも頷く。

 探索に必要な物資は一通り揃った。パーティーに魔法使いはいないものの、浅いところに行って帰ってくる分には問題ないだろう。

「オッサンは武器はいらねえの? ナックルくらい、セリアスに頼んどけば?」

「拙僧の気功は、金属が間にあっては伝わりづらいのだ。まあ、単純に物理的な攻撃力を高めたいなら、ナックルを使うのもいいが……」

 ハインがグウェノに視線を投げる。

「それより少し『秘境』について教えてくれんか。秘境、秘境とだけ言われてもなあ」

「いいぜ。フランドールの大穴ってのは、わかってるよな?」

 セリアスも武具の手入れをしながら、耳を傾けた。

 城塞都市グランツはフランドールの大穴に面している。その大穴には数々の『秘境』が存在した。謎めいた廃墟、険しい氷壁、複雑な溶岩の迷路……。

「あとは水没しちまった神殿とかな。なんでそうなっちまったのか、誰にもわかんねえんだ。古代文明の遺産って言うやつもいるし、やばい魔導士が作ったって説もある」

 ほかにも吸血鬼の住む城や、歯車だらけの塔など、フランドールの大穴には摩訶不思議な迷宮が点在している。

「とりあえず、肩慣らしには『徘徊の森』がいいかな」

「ほう。侵入者を惑わせる森か」

 グウェノはチッ、チッと指を振った。

「ちょいと違うね。徘徊すんのは冒険者じゃねえ。木に足が生えんだとさ」

 セリアスとハインは何のことやらと顔を見合わせる。

「……木が動くのか」

「そうらしいぜ? オレは見たことないんだけどよ。奥に進めば進むほど、それが酷くなって、ちょくちょく行方不明者も出てるくらいさ」

 これを『肩慣らし』として紹介したのだから、ほかの秘境はさらに複雑怪奇な危険地帯なのだろう。ただ、グウェノの話しぶりからはさほど難所には感じられない。

「まあモンスターは弱ぇし。ハーブでも拾って戻ってくりゃ、及第点じゃねえ?」

「うむ。それくらい慎重に挑むのが、ここでは懸命なのだろう」

 セリアスとて、勇敢と無謀を履き違える真似をするつもりはなかった。

「徘徊の森、か。それで行こう」

「オッケー! そんじゃ、ランプはひとつでいいな」

 いよいよ秘境の探索が決まる。

(退屈凌ぎにはなるか)

 セリアスの剣は切れ味を誇るように輝いていた。

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