竜の巫女~不愛想な剣士の冒険記~

飛知和美里

第1話 忘却のタリスマン#1

 汝、タリスマンを求めよ。

 富を欲すなら、その手を伸ばせ。名声を欲すなら、その手で掴め。

 タリスマンは汝の願いを叶えることだろう。

 だが、心せよ。

 タリスマンを求める者は皆、数多の屍を踏み越えることになるのだから。




 フランドールの大穴。

大陸の一角には巨大な穴が空いていた。

 そこには古びた遺跡のみならず、凍てつく氷壁や、灼熱の溶岩地帯が広がっている。いつしか、ひとびとはそれを『秘境』と呼び、恐れるようになった。

 ところが十年ほど前、奇妙な噂が流れ始める。

 フランドールの大穴には神秘の魔具『タリスマン』が眠る、と。それを手にすれば、どんな願いも叶うだろう、と。

 その数年後、ひとりの冒険者が大穴から宝石の剣を持ち帰った。これを機にフランドールの大穴には大勢の冒険者たちが集うことになる。 

名声を求めてやまない者、一獲千金を狙う者、真相を究明しようという者。

 彼らは城塞都市グランツを拠点として、秘境へと挑み続けていた。無論、志半ばで倒れる者があとを絶たないにもかかわらず。

 そして今日もまた、新たな冒険者が城塞都市の門をくぐった。

歴戦の剣士セリアス。大陸のあちこりで用心棒や傭兵を請け負いつつ、気の赴くままに旅をしている。タリスマンとやらに関心はなかったが、秘境には少し興味があった。

 連れの大男が自前のスキンヘッドを軽く叩く。

「やっと着いたか。確かに歩いていては、もっと掛かっておったなあ」

彼の名はハイン。大陸寺院のモンク僧であり、逞しい身体つきをしている。歳は三十を過ぎ、妻子持ちだけあって、相応の人格者ぶりを感じさせた。

 もうひとりの連れが軽薄な調子でにやつく。

「だから言ったろ? 乗せてもらうほうが利口だって」

「うむ。グウェノ殿がいてくれたおかげで、助かった。なあ? セリアス殿」

 小気味よい話術で荷馬車の一行と話をつけてくれたのが、このグウェノだった。城塞都市グランツには過去にも来たことがあるようで、道案内を買って出る。

「とりあえず今夜の宿だけ確保して、一杯、どうだい?」

「……そうだな」

 セリアスは仏頂面なりに口元を緩め、グウェノの誘いに乗った。

 前の仕事のおかげで蓄えはある。道中でモンスターを討伐し、報奨金も獲得していた。ハインやグウェノとはその時に共闘したのが縁である。

 城塞都市グランツは二層構造となっており、小高い『ハイタウン』の周囲に『ロータウン』が広がっている。

ロータウンはさらに堅固な外壁で囲まれ、モンスターの侵入を阻んでいた。セリアスたちはハイタウンへの階段を横切り、ロータウンだけを練り歩く。

「上は貴族たちの街、というわけか」

「こんな辺境でしか幅を利かせられない、可哀相な連中さ」

 グウェノの屁理屈はわからなくもなかった。セリアスの経験上、貴族というやつは変に意固地で、プライドが高い。そのくせ業突く張りで、とにかく印象は悪かった。

「こっちから関わることもないさ」

「まあまあ。お得意様くらいは見当つけてても、いいんじゃね?」

 適当なところで宿を取ったら、近場の居酒屋へと赴く。

 まだ午後の四時、飲むには早かった。酒場も店を開けたばかりで、席はほとんど空いている。奥のテーブルにつくと、恰幅のよい女将がメニューを運んできた。

「見ない顔だねえ。兄さんら、新入りかい?」

「……ああ」

 大抵のことを『ああ』の一言で済ませてしまうセリアスでは、間が持たない。その一方でグウェノは気さくな笑みを浮かべた。

「オレは一年ぶりに戻ってきたんだぜ? 憶えてねえのかよ」

「なんだ、誰かと思ったら、やっぱりグウェノの坊やじゃないかい。少しは酒の味がわかるようになったんだろうねえ」

「もう坊やって歳じゃねえっての」

 空いていることもあって、人数分のビールはすぐにやってくる。最初に手を伸ばしたのは、戒律が厳しいはずのモンク僧、ハインだった。

「旅の間はご無沙汰だったからなあ。こいつがないことには、始まらん」

 ぐびぐびと飲み、満足そうに一息つく。

「あんた、僧侶が酒なんかガブ飲みして、いいのか?」

「こっちの宗教と同じにせんでくれ。羽目を外さなければよいのだ」

 この三人でこうして盃を交わすのは、初めてのこと。実のところ、三日前に出会ったばかりで、まだお互いのことをよく知らなかった。

 肴を待つついでに、ハインが切り出す。

「改めて自己紹介をしておこう。拙僧はハイン。大陸寺院の僧をしとる」

彼の筋骨隆々とした身体つきは、寺院の『心の修練にはまずもって肉体を鍛錬せよ』という教えによるもの、らしい。黙々と祈るだけで偉くなったつもりでいる聖職者よりは、よほど話が通じる気がした。

 首には息子の手作りらしいお守りをさげている。

「へえ……奥さんは今、どうしてんの?」

「寺院で働いておる。息子も六つだ、そろそろ分別もついてきたことだし、な」

 肴を齧りつつ、ハインは神妙な面持ちで声を潜めた。

「……ここだけの話だが、拙僧は寺院から密命を受け、グランツに来たのだ。タリスマンを見つけ出し、持ち帰れ、と」

 セリアスとグウェノは押し黙り、『なるほど』と視線を交わす。

 ここグランツに冒険者が集まるようになったのは、十年ほど前のこと。フランドールの大穴には神秘の魔具『タリスマン』が眠る、という噂が流れ始めたのだ。

 それだけなら、眉唾物の話で済む。ところが、ある冒険家がここで宝石の剣を発見したことで、大陸じゅうに衝撃が走った。

「んなもん、本当にあるのかどうかも疑わしいけどな」

「拙僧とて存在を確信しておるわけではない。だが、見過ごすこともできんのだ」

 今や聖教会を筆頭に、タリスマンの捜索には躍起になっている。

 しかし最初に宝石の剣が発見されてから、この十年、特に進展はなかった。近隣諸国はむしろ、商業都市として発展したグランツに目をつけ、介入の機会を窺っている。

「拙僧は何度か寺院の仕事で、大陸の端まで遠出した経験があってな。この任務にはもってこいの男となったわけだ」

 グウェノは気怠そうに頬杖をついた。

「で? タリスマンの正体に心当たりはあるのかい?」

「いや……正直、どこから手をつけてよいのか、わからんのだ」

 依然としてタリスマンはすべてが謎に包まれている。指輪だと言い張る者がいれば、王冠だという説を唱える者もいた。

「この十年で、まだ見つかってないのだからな。まずは地道に情報収集と思っとる」

「ご苦労なこった。タリスマンなんざ、どうだっていいんだけどよ、オレは」

 続いてグウェノが自己紹介を始める。

「そんじゃ、改めて……オレはグウェノ。トレジャーハンターってやつさ。この街には慣れてっから、頼りにしてくれていいぜ? へへっ」

「ああ。期待している」

 セリアスは眉をあげ、寡黙な口を開いた。

「俺はセリアスだ。用心棒や傭兵をこなしながら、各地をまわってる」

 ハインがビールを置いて、つまみに手を伸ばす。

「その言い分だと、おぬしは別にタリスマンを探しにきたわけではないようだな」

「前の仕事がご破算になったんだ」

 さる王国でクーデターの陰謀に巻き込まれただの、成り行きで国王を救出しただのと説明する気にはなれなかった。初対面の彼らには誇大妄想と思われかねない。

 何より面倒くさかった。

「血の気の多い仕事だろ? トラブルもヤバそうだなあ」

「そんなところさ」

 グウェノの推測に相槌を打ちながら、セリアスもつまみを頬張る。

「セリアス殿はいけるクチか?」

「強くはない。だから、あまり飲ませないでくれ」

 酒も進んできたところで、グウェノが前のめりになった。

「で……兄さんら、これといったアテはねえんだろ? だったら、オレと組まねえ?」

 セリアスとハインは顔を見合わせる。

「だ、そうだが……」

「拙僧としては助かる。この街ではまだ、右も左もわからんからなぁ」

 確かにグウェノと組むメリットは大きい。

 秘境を探索するにしても、まずは生活の足場を固める必要があった。冒険者向けの宿は料金が安いとはいえ、食事の出ないパターンも多い。

モンスターの討伐以外でも仕事を探し、ある程度は稼がなくてはならないだろう。

 グウェノがいれば、そういった情報を仕入れることができる。

「どのみち秘境の探検にゃあ、メンバーもいるだろ? オレはお買い得だぜ」

「……そうだな」

 セリアスは彼にグラスを向け、はにかんだ。

「よろしく頼む。グウェノ」

「せっかくこうして出会った縁だ。拙僧も付き合わせてもらおう」

 ハインも同調し、改めてパーティー結成を乾杯する。

「そうこなくっちゃ! グランツのことなら任せとけって」

 大方、この男はセリアスやハインの強さに目をつけ、利用価値を見出したのだろう。同じようにセリアスも、グウェノに利用価値を見つけ、息を合わせたに過ぎない。

「明日は早速、ギルドを覗いてみようぜ」

「ああ」

「ふむ……面白くなりそうだな」

 かくして城塞都市グランツでの日々が始まった。

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